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法政大学教授 下斗米 伸夫
 
 ウクライナでの2月の民衆革命は玉突き現象のように3月クリミア紛争(戦争)に発展しました。ソチ五輪開会式ではロシア史の絵巻物が示されましたが、あたかもそれを再現するかのような展開であります。ただし今回の政治的絵巻物は歴史の順番が違ったようです。
 それには私は理由があるように感じられます。今回の問題はプーチン氏の世界観というかロシアのアイデンティティーが背景にあるからだと思えるからです。ロシアの保守主義とでもいうべき潮流です。

ロシアは言うまでもなく政治経済でも大国ですが、同時に独自の歴史と文明を持つことでも有名です。そしてこの問題にウクライナ問題は直接つながります。
というのも千年あまり前にキエフがキリスト教化したことがロシア国家のはじまりであるからです。昨年7月に正教の受礼1025年祭がキエフであり、プーチン大統領とキリル総主教も出席しました。ロシアとウクライナとはその意味で同祖であり、兄弟国ということです。
 
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もっともウクライナにはその後宗教的にカトリックの影響が強まり東方カトリック(ユニエイト)教会が西部を中心に影響をのばしましたので、違いが生じました。クリミアをめぐる紛争は、ロシア側から見れば歴史的にいえばどちらのものかという問題をめぐる一種の兄弟げんかのようなものでした。
もちろんソ連崩壊から23年もたってその国境線を変えるということは国際法からいえば、ロシアの行動は国際法違反といえます。日本政府がこの点でロシアを批判するのは当然です。
  ロシアはクリミアの地を自らの歴史のゆかりの地としてきました。エカテリーナ女帝による併合に始まり、19世紀半ばのクリミア戦争です。それ以前はクリム汗国というイスラム系の地、そしてさらにその前にはカライムというユダヤ教徒がいて、これがクリミアの語源かもしれません。歴史は現在につながります。戦後一時期ユダヤ人国家をここに作る計画もありました。
 クリミア帰属はソ連崩壊後も大問題でした。1954年、ウクライナに関係の深いフルシチョフ第一書記が、ロシアとの合邦300年記念でロシアからウクライナに引き渡したのが原因です。当時国境意識はなかったのですが、それがソ連崩壊で別の国となりました。渡した理由はドイツに占領されたウクライナ、とくに激戦地だったこの地をロシア兵がウクライナ・パルチザンとともに取り戻したからでした。崩壊後、戦略部隊であるソ連黒海艦隊は継承国ロシアのものであるという主張もありました。
 今回メルケル首相はプーチン氏が今回「別世界」にいると評しましたが、現在ロシア政治を動かすイデオロギーが歴史や宗教といった文明論を基盤としていることを指すのかもしれません。
そしてそれは国際政治にも反映されてきます。ロシアは地理的にも東西南北に多くの文明と接する超大国です。なかでもロシアの外交と安全保障の基軸はピョートル大帝の近代化以来東西の軸で揺れた歴史があります。
19世紀には西欧派とスラブ派という二つの流れがぶつかりました。クリミア戦争で英仏トルコに負けたとき、ロシアは東に顔を向けました。戦争末期の1855年日本と下田条約を結び、その後中国との北京条約、そして1875年に樺太と千島を交換したのもこのような東方シフト外交のもたらすものでした。
ソ連外交はイデオロギーを巡る外交が重要だったといわれますが、その崩壊後ロシアになったときは再びこの地政学的な東西軸が外交論争の中心となりました。
大西洋主義というのは欧米協調の傾向でした。ロシアがNATOに入るという考えも、エリツィン前大統領の頃は本気で議論されました。しかしクリントン大統領が再選時、東欧移民票の支持をもあてにしてNATOの東方拡大を宣言したことで、ロシアの大西洋主義は挫折します。
これに代わったのは現実主義ですが、ユーラシア主義という東との関係を重視する流れが強まります。外相になったのはプリマコフ氏、有名な東洋学者でした。以来ロシアはむしろユーラシア、アジアとバランスをとる戦略をとりました。中国、インドを重視する方針でしたが、これがBRICs会議の起源です。
実はロシアから見ると日本は東にもあり、川奈会談など橋本外交はロシアとのユーラシア外交をはかります。もっともこのときはロシアの経済破綻でうまくいきませんでした。
プーチン大統領の統治にもこのふたつの潮流の葛藤が見られました。最初は反テロ、対米協調でした。この大西洋主義を引く傾向は、現在の民主化を求める反対派に強いといえましょう。政権内でもメドベージェフ首相周辺にこのヨーロッパ志向が強いのです。2011年はじめにはモスクワでも大規模デモが見られました。
しかしロシア経済はエネルギー重視ですが、2008年以降ヨーロッパ経済は停滞、アメリカはシェールガス革命もあり、ロシア経済には関心がありません。いきおいロシアの新市場は中国やインド、日本などアジア向けとなります。
この点で再選を決意したプーチン大統領周辺には保守派の潮流が強まりました。経済的にはロシアは北極海も利用してアジアに資源を売るという東志向が顕著です。間接的ですが宗教意識もまた関係しました。改革派はモスクワなどの世俗的層が多いのですが、保守派は正教会支持の地方層が多いのです。
ソチ五輪は同性愛問題で西欧首脳が開会式を結局ボイコットしましたが、宗教色が強まっているロシアからは不可解でした。五輪に集まったのは国連事務総長も含めると日本の安倍首相を含め「東」側の首脳であることに皆さん気づかれたでしょうか。
現在のウクライナの傾向を「脱露入欧」といった人がいますが、その意味ではロシアは今回の兄弟げんか、ウクライナ・クリミア紛争を契機に「脱欧入亜」する東方シフトが強まりそうです。シベリア・極東開発とアジア太平洋国家を目指すのが21世紀ロシアの課題とプーチン氏は昨年末にいいました。
かといってロシア人がアジア人になるのも大変です。なにより超大国としてアメリカと新しい関係を目指している中国との同盟も議論されています。もっとも冷戦当初は弟分だった中国ですが、儒教的秩序観のないロシアが今の中国を兄とみることもできません。バランスをとるプーチンはあくまで経済近代化を目指す以上、先進国G7でしかも東の国日本とのパートナー関係強化に乗り出しそうです。
ロシアはクリミアという、彼らのいう「固有の領土」を取り戻しました。プーチン氏が尊敬するスラブ主義者作家ソルジェニツインは北方領土はロシアのものでないといいましたが、日本との条約交渉は進むという観測もあります。そういえば北方領土の起源もヤルタ、つまりクリミアでの協定にありました。日本としてもプーチン氏の世界観と言動にますます注視が必要です。
 

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