2008年09月02日 (火)視点・論点 「ヒトはなぜゾウに似ているか」
国立科学博物館人類研究部長 馬場悠男
人間は、チンパンジーに似ています。当然です。しかし、私たち人間、ヒトが、ゾウに、似ていると言われても、納得できませんね。では、ライオンのいるアフリカの平原を、悠々と歩いている動物は、ヒトとゾウくらいしかいないといったら、どうでしょうか。普通の動物たちは、ライオンにあったら、走って逃げます。ゾウはあの巨大な身体ですから、逃げる必要はありません。ヒトは、ライオンから逃げられるほどは、速く走れないのに、どうして平原で暮らしているのでしょうか。そもそも、なぜ、私たちは速く走れないのでしょうか。
そんな疑問に答えるために、さまざまな哺乳動物たちの体型、つまり身体の構造の大枠が、生活の仕方との関係で、どのように「デザイン」されているかを見てみましょう。考え方のヒントになるのは、動物たちの身体の支え方、歩き方や走り方、そして、餌の採り方です。
地上で生活している哺乳動物の「脚」の格好を見ると、二つの違った傾向があることが分かります。一つは、ウマのような状態です。脚が長く、特に、脚の付け根が太く短いのに対し、足の先の方がきわめて細長く伸びています。
つまり、後ろ脚では、腿(モモ)が、最も太くて、短く、 踵(カカト)から先の足、つまり靴をはく部分が最も細長く、その間にある脛(スネ)が中間の太さと長さです。ウマでは、踵(カカト)の位置が、後ろ脚全体の半分ほどの高さにあります。また、膝(ヒザ)の関節はいつも曲がっていますが、足首の関節はあまり曲がっていません。さらに、地面に着いているのは、指先の蹄(ヒズメ)だけです。もちろん、前脚も、後ろ脚と同じようです。このような構造は、4本の脚を、素早く、前後に往復運動させて、高速で、長い距離を走るために好都合です。足の先の方が太くて重かったら、素早く動けないことは、直感的にわかります。
もう一つの傾向は、ゾウのような状態です。脚の太さが、付け根の方も、先の方も、あまり変わらず、脚の先の方が、元の方に比べて短いのです。後ろ脚なら、腿(モモ)が長く、踵から先の足が短く、あいだにある脛(スネ)は中間の長さです。膝の関節は伸びているので、腿(モモ)と脛(スネ)はまっすぐです。足首は、ほぼ直角に曲がっていて、足の裏全体で、体重を支えていますが、足の裏に、極めて厚い皮下組織、つまりパッドが発達しているので、人間が踵の高い厚底靴を履いたような状態になっています。
このような構造は、体重を楽に支えられ、また、脚を蹴り出す力が強いので、大型の動物が、能率良く歩くのに適しています。前脚も後ろ脚と同じようです。その結果、ゾウは、走れませんが、長い距離を速く歩くことができます。
さて、私たちの脚は、どちらに似ているでしょうか。ご自分で確かめて下さい。太腿(フトモモ)は脛(スネ)より太いとはいえ、ウマのように何倍も太いわけではありません。長さに関しては、股関節から膝までの太腿(フトモモ)が、膝から踝(クルブシ)までの脛(スネ)より、長いことが分かります。踝(クルブシ)から先の足が短く、踵から爪先までの足の裏全体を、地面に着けています。ヒトでは、立っているときは、膝がまっすぐ伸びています。このような構造は、ウマとは全く違っていて、ゾウによく似ています。
実際、私たちは、筋肉の働きがほとんどなくても、楽に立っていられます。走るのは、お世辞にも速いとは言えません。脚の短いネコと競争しても、負けてしまいます。しかし、長い距離を歩くのは、得意です。なお、ヒトの足にはアーチ構造があり、いわゆる「土踏まず」ができるので、体重をうまく支えられますが、ゾウでは、前足にも後ろ足にも、ヒトのアーチ以上に強固なアーチ構造があって、6トンにも及ぶ体重を支えています。
ところで、ゾウのような構造は、大型の動物には必要ですが、ヒトのように中型の動物が、なぜ、ゾウとよく似た構造をしているのでしょうか。それは、普通の動物が4本の脚で歩いているのに対して、ヒトは2本の脚で歩いているからです。もちろん、ヒト以外にも2本の脚で歩く動物はいますが、そのような動物では、前脚が非常に小さいのが普通です。たとえば、ダチョウは、後ろ脚だけで速く走りますが、羽は退化していますし、頭は小さくて、負担になりません。ヒトは、腕や肩がかなり大きく、しかも大脳が拡大して頭も大きいにもかかわらず、2本の脚だけで全体重を支えています。したがって、ヒトは、中型の動物でありながら、大型の動物と同じなのです。
私たち人類は、およそ700万年前に、アフリカで誕生しました。その前は、サルの仲間として樹の上で暮らしていました。そのため、肩の関節や股関節は柔軟で、腕や脚をどの方向にも伸ばすことができ、手や足は枝をしっかり握ることができました。今のチンパンジーと、似たような身体の構造だった、ことでしょう。このような軟らかい、可動性の高い身体の構造は、ウマやゾウの、硬い頑丈な身体の構造とは、正反対のものです。ただし、脚の元の方が長く、先の方が短い点では、ゾウの脚と共通点がありました。
さて、サルの仲間だった私たちの祖先が、人類になったきっかけは、二本の脚で地上を歩き始めたことでした。そのときに、私たちの祖先は、ウマやダチョウのような、走るための脚ではなく、ゾウと同じように、安定して、長時間、体重を支えられる脚を目指して、柔軟な脚を頑丈な脚に改革したわけです。そのような脚があるからこそ、自由になった手を、有効に働かせることができたのです。そして、人類の進化とともに、発達した大脳の協力もあって、つまり洗練された手が生み出す道具を使って、文化を生み出し、今日の文明を築くようになりました。
では、どうして、ヒトはライオンのいる平原を歩いていられるのでしょうか。それは、いつも群れで行動し、みんなで棍棒を振り回したり、石を投げたり、あるいは、そろって大声を出したりして、ライオンを追い払ったからでしょう。もちろん、初めの頃は、ライオンに食われることも多かったに違いありません。しかし、やがて、ヒトが鋭い槍を持つようになると、ライオンの方がヒトを恐れるようになったはずです。つい先日、アフリカのタンザニアで聞いてきたのですが、ライオンは、現地で暮らしているマサイ族の人々を見たり、身体の臭いをかいだりすると、すぐに逃げだすそうです。
さて、実は、もう一つ、ヒトがゾウと似ているところがあります。それは顔です。ヒトもゾウも、口を餌の方に近づけるのではなく、ヒトは手で、ゾウは鼻で、餌を口に運びます。だから、口が出っ張っていないのです。ゾウの顔を横から見てください。牙を取り除いて、鼻を小さくした状態を想像すると、人間とそっくりです。骨で見ると、人間のように、顎の先も出っ張っています。額が高くふくらんでいるところも、ヒトとそっくりですが、さすがに中身は、ヒトのように脳ミソがいっぱいではなく、重い牙と鼻を支えるために、中空の骨の構造になっています。
皆さん、是非、動物園に行って、生きているゾウを見てください。また、私どもの国立科学博物館に来て、ゾウやヒトの骨格を比べてみて下さい。驚くような発見が、たくさんあるでしょう。
投稿者:管理人 | 投稿時間:23:50
