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視点・論点 「山からクマが下りてくる!」2012年01月25日 (水)
森林総合研究所 鳥獣生態研究室長 大井徹
1.全国クマサミット
昨年12月に岡山県美作市で1回目の全国クマサミットが開催されました。14都道府県から約400名が参加し、クマの出没対策や保護について考える機会を持ちました。
サミット開催の背景には、クマの出没、人身被害の増加があります。一昨年には、本州の広い範囲で、たくさんのツキノワグマが人里に出没し、2名が死亡、145名が負傷し、被害防止のために約3500頭のクマが捕獲されました。サミットを企画した美作市と近隣市町村でも、人身被害こそなかったものの同様の状況でした。
実は、これらの市町村のある岡山県では、県内のクマの生息数を10頭程度と推定していました。ところが、一昨年は美作市だけで140件近くのクマの目撃がありました。クマがいないと考えられていた地域に、あまりにも多くのクマが出没したので、住民は不安に思い、市は対応に追われました。クマとその生息地に大きな変化が起きています。いったい何が起きているのか、現状と必要な対策についてお話します。
2.ツキノワグマとは
さて、ツキノワグマですが、体重100キログラムを超える個体もいる日本で最大クラスの哺乳類です。ライオンやイヌ同様、食肉類に分類されますが、植物の葉、果実が主食です。大きな身体を養うため、たくさんの食物を必要とするので、通常20から40平方キロメートルの大きな行動圏を持ちます。そして、その生態は生息地である森林の状態と密接に関係しています。
分布は、イランから日本までアジアの温帯域を中心に広がっています。しかし、生息地の破壊と過剰捕獲によりかつての分布域の約5割で絶滅したと推測され、残っている地域においても分布が孤立し、生息数が減少しています。そのため、国際自然保護連合のレッドリストでは絶滅の危険が増大している種として評価されています。
日本国内ではどうでしょう。
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中部以北ではおおむね連続した分布を持ち、生息数は多いと考えられています。一方、西日本の5地域では、東北の下北半島とともに、分布が孤立し生息数が少なく、環境省のレッドリストで絶滅の恐れがあるとされています。しかし、生息状況や生態は十分にわかっていません。
3.変化するクマの生活と人との軋轢の増加
このように保護への配慮が求められているクマですが、被害問題とくに人身被害の発生が人との共存を妨げています。ここで1980年代からツキノワグマによる人身被害者数の変化を見てみます。
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まず、2004年、2006年、2010年と他の年よりも際立って人身被害者数が多い年が目につきます。これらの年には例年の2から3倍の100名を超える方々が被害にあいました。クマが冬眠の準備をするために重要な食料であるドングリの木などの実り具合は年によって変化することが知られています。これらの年にはそのような木の実が不作で、たくさんのクマが食物を求めて人里に下りてきたことがわかっています。その結果、被害防止のため例年の3から4倍にあたる3000頭から5000頭近くのクマが捕獲されました。そして、被害防止の方法はないのか、数多くの捕獲によりクマが絶滅に向かうのではないかと繰り返し問題になりました。
さて、この図でもう一つ気になることがあります。人身被害者数が年々増えていることです。1980年代には年平均12人、1990年代には22人、2000年代には、大量出没年を除いても50人に上り、増加傾向は明瞭です。この原因は明らかではありませんが、クマの分布域の拡大が関係している可能性があります。環境省が行った2003年と1978年の分布調査の結果を比べると、分布域は約19%人里側へ拡大しました。人間の生活域に向かってクマの分布が拡大したことによって、人とクマが危険な遭遇をする機会が増えた可能性があるのです。しかし、分布拡大がクマの数の増加によるものなのか、クマの密度が薄く広がっただけなのかは明らかではありません。
4.境界の喪失
クマの大量出没の主な原因は、食物として重要な木の実の不作という自然現象です。しかし、山の中で飢えたクマを人里に誘い出し、出没を助長する原因、また、クマの分布が拡大し人間の生活圏を侵す原因が人間の側にあると考えられます。それは、農山村、里山の変化です。
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かつては、人里と奥山の間には、ウシ、ウマに与える草を育てるためや、薪を取り炭を焼くために、人間が活発に利用していた里山がありました。そこは管理や利用の結果、見通しがよくなり、人里への獣の侵入を阻んでいました。また、そこに出てくる獣は、食料などにするため狩り捕られていました。そのため、里山は、図らずしもクマなど獣と人間世界の緩衝地帯になっていたと考えられます。その緩衝地帯が日本の高度経済成長期に起きた産業・人口構造の変化、燃料革命にともない、利用されなくなることにより変化しました。現在、そこには、獣が潜み、集落への侵入経路となる藪が広がっています。また、農山村では過疎化が進み獣の侵入に対処できる人間や犬がいなくなりました。さらに、集落にはカキやクリなどおいしい実をつける果樹が放置され、獣の餌場となっています。農山村が空洞化する中で動物と人間の生活場所の境界があいまいになったのです。そして、人の存在に無頓着になった獣は、山村、中山間地域をも突破し、市街地にすら出没するようになりました。
5.科学的保護管理の必要性
クマの出没や人身被害増加の背景にあるのは自然現象であり、人間社会の変化でもあります。過剰捕獲による絶滅の回避など生態学的な問題や、クマと接して生活しなければならない人々のことも考える必要があります。問題の解決には科学的な方法による原因の探求と対策、その対策への地域の理解と協力が不可欠です。しかし、生息数はどれくらいなのか、木の実の成り具合に応じて繁殖力がどう変わるかなど、クマやその生息地としての森林の生態は十分わかっていません。クマの生態を解明し、有効な対策を開発するために研究予算と体制の充実は必須です。
6.境界の再構築
クマの被害を未然に防ぐとともに、クマなど野生動物を保護するためには、野生動物と人間の生活圏の境界を再構築する必要があります。そのために必要なことは、二つあります。一つは農山村周辺を野生動物が利用しにくい環境に整備すること。もう一つは、クマなど野生動物対策の専門家を育成し、地域に配置することです。現在、被害防止のため捕獲にあたっている狩猟者は減少し、老齢化が進んでいます。野生動物の専門官は、クマをはじめ、野生動物の生態調査や保護活動を行う一方、場合によっては駆除もするなど野生動物対策を総合的に担います。北海道、兵庫県、島根県に参考になる取り組みがあります。
また、社会教育も重要です。クマへの謂れのない恐怖心は、過剰防衛的に駆除を行う動機となるでしょう。また、クマはプーさんやテディベアのように常にかわいく安全な動物ではありません。何の心構えも備えもなしに接すると事故が起きます。そして、そのような思い込みがあると、被害の危険にさらされている地域の苦境を理解できません。クマなど野生動物の生態や被害について市民が正しく理解できるよう科学的な情報の共有や自然体験の機会をもっと作ることも重要です。
