三重大学教授 成田正明
 
こんにちは。三重大学の成田正明です。本日は乳幼児突然死症候群のお話です。
それまで元気で、ミルクをよく飲み、機嫌もよく、すくすく育っていた最もかわいい盛りの生後数ヶ月の赤ちゃんが、ある日突然、なんの前触れもなく寝ている間に死亡してしまう。御家族や周りの人にとって、これ以上の不幸はありません。しかも原因も不明だといいます。乳幼児突然死症候群はそういった病気であり、これだけ医療の発達した現代においても、また完壁に育ててもおこり得るおそろしい病気です。原因も不明なだけに、医療事故や虐待の隠れ蓑にされるおそれもあります。
本日は、この乳幼児突然死症候群について、現状とともに、解決すべき問題点について論じて行きたいと思います。

乳幼児突然死症候群、sudden infant death syndrome , SIDS,略して“シズ”とも言いますが、医学上の定義としましては、「それまでの健康状態及び既応歴から死亡が予測できず、しかも死亡状況調査及び解剖検査においてもその原因が同定されない、原則として1才未満の児に突然の死をもたらした症候群」、とされ、つまり、それまで元気であった赤ちゃんが何の前触れもなく死亡してしまう病気です。

わが国における年間死亡数は、平成9年には538人でありましたが、平成19年には158人となり、徐々に減少してきてはいます。しかしながら今日においても、乳児、即ちゼロ才児では、先天奇形、周産期の呼吸循環障害についで、死因の第3位と高い位置を占めています。

SIDSは古くから存在していましたが、感染症や下痢・脱水などで多くの乳幼児が死亡していた時代においては本症による死亡はごく一部でした。しかし今日、医療の発達で、SIDSの重要性が相対的に増してきたといえます。

SIDSの発症を高めてしまう、いわゆる発症危険因子がいくつか知られています。
それは、うつぶせ寝、妊娠中の喫煙、栄養方法が人工乳、即ち母乳でないこと、などです。誤解のないようにして頂きたいのは、うつぶせ寝、妊娠中の喫煙、人工乳などはあくまでもリスク要因であり、たとえば人工乳、すなわち粉ミルクが、直ちにSIDSを引き起こしてしまうといったものではありません。これらの危険因子を避けるキャンペーンが行われ、その結果、世界各国でSIDSの発生頻度が減少してきており、わが国において広く普及が急がれます。

このように発症危険因子は明らかになって来たものの、SIDSという病気の原因については詳しいことはわかっていません。
今までSIDSと考えられていた症例の中には実は別の疾患、たとえばある種の感染症、心臓疾患などであることが、医学の進歩とともに後で分かってきたといったケースもあります。それでもどう考えてもSIDSとしか考えようがない疾患も存在します。その真のSIDSというべき病気の病態としては次のように考えられています。

普通どんな赤ちゃんでも、無呼吸、即ち寝ているときに呼吸を一時的に止めることがあります。これを生理的無呼吸と言いますが、正常ですと、無呼吸が一定時間続くと二酸化炭素がたまり、脳の延髄の呼吸中枢が反応して、自分ですぐ呼吸を再開するのですが、SIDSに至る赤ちゃんでは、この呼吸中枢が何らかの理由で未熟なままで、呼吸再開に至らないという説が有力です。しかしそれでは何故、呼吸中枢が未熟なままなのかはわかっていません。
 
SIDSは遺伝するかについても解明が必要です。
私たちはSIDSの遺伝的危険因子として、セロトニントランスポーターという遺伝子の多型、即ち個々の人のとる遺伝子のタイプを調べれば、SIDSが起こりやすいかどうかがわかるということを、世界に先駆けて報告しました。危険因子と考えられる遺伝子型を持てば、呼吸に関連する神経伝達物質であるセロトニンの濃度を下げてしまうと考えられています。呼吸中枢が未熟である説明にもなります。私たちのこの成果を応用すればSIDS発症の予測に役立つかもしれず、現在応用に向け研究中です。
 
病態の解明や予防には国を挙げての体制が必要です。厚生労働省のSIDS研究班では、SIDSの予防、啓発に向けた研究を展開しており、私も研究分担者として研究に参画しています。
研究班ではまた、アルテapparent life threatening event ALTE と呼ばれる乳幼児突発性危急事態、これは時にニアミス、軽症SIDSとも呼ばれたりもし、臨床現場ではその診断に混乱が生じてしまっていましたが、そのALTEの疾患概念の確立、病態の解明をも行っています。
 
SIDSをめぐる今後の課題には、どのようなものがあるのでしょうか。
正しくSIDSと診断するためにはどういったことが必要かの知識をしっかり広めることが必要です。
死因の明らかでない予期せぬ突然死を、SIDSと容易に診断せず、警察への届け出、及び、ご家族へは、つらい中ではありますが、解剖の必要性を誠心誠意ご説明するように努力する必要があります。これらはすべて予防法の開発につながります。
SIDSと、窒息など外因死との鑑別は、いまだ難しい問題です。
今後、妊娠中の喫煙、非母乳哺育、うつぶせ寝などのリスク因子について広くキャンペーンを展開するとともに、時代とともに変わり得るリスク因子の把握に努めていかなければなりません。
さらに、研究班をコアとしてSIDSの予防法に向けた研究をすすめ、たとえば赤ちゃんの呼吸に異常があったらすぐに検知できるモニタリングのシステムの開発も必要です。

SIDSで子を失った家族、特に母親に対する精神的なサポートも大切です。
SIDSを経験した家族の方たちが中心となって1992年、SIDS家族の会が発足しました。この会では、SIDSの他、流産、死産、SIDSその他病気等で子どもを亡くした家族への精神的援助、SIDS等に関する知識の普及、SIDS等に関する研究活動などを行い、子どもとその家族の健康、福祉の増進に寄与することを目的として活動を続けています。
 
次に重要なことは、研究でわかった結果を広く国民に知ってもらうことです。SIDSで子どもを失った母親の中には、自分が過失を犯したのではないかの自責の念にかられることも少なくありません。またSIDSの原因が未だ不明とされているのをいいことに虐待や医療事故のかくれみのにされることもあります。妊娠中の喫煙、遺伝的危険因子の存在はSIDS発症要因の一つに胎生期のものが有ることを示唆するものですが、では妊娠中のいつごろ、どういったことが原因で生後にSIDSになるかはわかっていません。乳幼児が突然死する病気は、SIDSのほか多くあり、その解明も必要で、日本SIDS・乳幼児突然死予防学会という学会が中心となり、乳幼児の突然死の予防・解明に努めています。「それまで元気な赤ちゃんが」といっても必ず何かそれまで徴候があるはずで、それを科学的に見つけることが予防につながると考えています。

このように乳幼児突然死の病態の正確な解明は社会的にも重要な使明であり、社会がひとつになってこそ本当の意味でのSIDSの予防がかなうのではないでしょうか。