<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
視点・論点 「205万人が意味すること(3) 対策」2011年12月01日 (木)
北海道大学教授 宮本太郎
東日本大震災やヨーロッパ発の金融不安などが重なり、雇用情勢が再び深刻になりつつあります。こうしたなか、10月1日から求職者支援制度が始まりました。求職者支援制度とは、雇用保険の受給資格のない失業者に対して、無償の職業訓練を受けることを条件に、最長1年間、月額10万円を給付する制度です。
この制度は、2009年から導入された緊急人材育成支援事業による基金訓練という制度を恒久化したもので、第二のセーフティネットとも呼ばれます。今、なぜ求職者支援制度が必要になり、どうして第二のセーフティネットと呼ばれるのか。まずここから考えてみましょう。
セーフティネットとはサーカスの綱渡りのロープの下に張られた安全網で、この場合、ロープとは雇用のことです。かつて日本社会は、長期的雇用慣行が定着し地方に仕事をつくる公共事業予算も潤沢であったため、雇用が安定していました。男性正社員に関するかぎりたくさんのロープがしっかり張ってあったのです。ところが、このような安定雇用が崩れて久しく、雇用というロープの張られ方はまったく変わってしまいました。非正規労働の増大でロープが細くなってしまいました。なかでも派遣労働などの場合はロープが途中で切れていることになります。あるいは製造業などでは産業空洞化で国内の雇用が減少してしまった、つまり、ロープそのものの数が足りないということになってしまいました。
こうなってくるとロープから落下してしまう、つまり雇用を失う人が増えるため、セーフティネットの役割が問われることになります。ところが、安定した雇用を前提にしていた日本社会では、雇用のセーフティネットは脆弱でした。雇用保険はもともと男性正社員を主な対象としていたことから、非正規の人たちを受給対象と考えない傾向がありました。2000年代には、受給資格の制限もすすみ、失業者のなかで失業手当の基本給付を受給している人の割合は、1995年には40%でしたが、これが2007年には24%にまで落ち込んでいます。
雇用を失って、しかも失業手当を受給できないとなると、収入が途絶え、生活保護の申請を考えざるを得なくなります。実際のところ、生活保護の受給者は急増しています。2011年7月には受給者が205万人を突破し、戦後最高の水準に達しました。生活保護制度は、法律の上では「自立を助長する」ことを目的とすると記されているものの、実際には高齢者世帯、障がい者世帯、傷病者世帯など、はたらくことが困難な人々を受け止めることを主体とした制度になっています。ところが、こうした就労に困難を抱えた世帯以外の、「その他世帯」と呼ばれる世帯が急増し、10年前の4倍、全体の17%に達しています。
そうなると新たなセーフティネットの必要性が高まります。つまり、雇用保険と生活保護の間で、まだ働くことが十分可能な人たちを支援するためのセーフティネットです。この第二のセーフティネットは、単に雇用を失った人たちを受け止めているだけではなく、トランポリンのような弾力もち、人々が雇用に戻ることを支援する仕組みであることが求められます。それゆえにこの求職者支援制度は、受給の条件として、就職するための当事者の努力を求めています。10万円の給付金を受け取るためには、ハローワークに求職の申し込みをすると同時に、相談の上で職業訓練コースを選び、これを受講する必要があります。理由なく受講を欠席したりすると、給付が止められ、遡って返済を求められることもあります。
さて、この求職者支援制度は、雇用をめぐる不安を解消していくことができるのでしょうか。いくつかの課題が浮上していると思います。
第一に、職業訓練の中身をどれだけ地域経済のニーズに沿ったものにしていくか、職業訓練の質をいかに確保するかという問題があります。求職者支援訓練と呼ばれる職業訓練のプログラムは、ほとんどが民間の専修学校などに委託されたもので、必ずしも地域のニーズに沿ってコースが準備されているわけではありません。訓練の質が低く就職率の低い訓練機関は、次回の認定から外されることになりますが、それ以外に訓練の質を向上させる仕組みがあるわけではありません。
厚生労働省は、2009年から、都道府県に労働局、経営者団体、労働組合、教育訓練機関の団体などを構成員とした地域訓練協議会をたちあげ、地域の職業訓練のニーズについての協議を開始しています。こうした場をとおして、雇用に直結した職業訓練のメニューを整え、併せて訓練の質の向上を図る必要があります。
第二に、失業者が就職するために求められるのは、単に職業訓練による技能や知識の習得だけではありません。どのような仕事を目指すかという目標やモティベーション、他の人々とのコミュニケーション能力なども重要です。あるいは、ご当人が心身の不調を抱えていたり、家族の介護や育児などで悩んでいるということもあるでしょう。ハローワークにおけるカウンセリングなども重要ですが、個人の抱える多様な問題に包括的な支援をおこなうためには、NPOなどによる柔軟な支援体制とつなげていく仕組みをつくりだしていくことが必要です。
第三に、この制度が、求職者の生活をどこまで支えることができることがかも問われます。制度を利用するためには、本人の月々の収入が8万円以下、世帯収入が25万円以下でなければいけませんが、とくに世帯収入についての制限は、親との同居を余儀なくされている若年層には厳しい条件となるかもしれません。逆に、世帯主であるような場合、10万円という給付水準で生活を維持することは困難でしょう。仕事に就く準備をしている、あるいはすでに仕事に就いているのに貧困から脱却できない人々に対しては、たとえば給付就きの税額控除などで、働く意欲に報いる所得保障を強めていくことも大事です。
さて、求職者支援制度の背景と課題をお話ししてきました。求職者支援制度がうまく機能するためには、地域にもっと雇用を創出していく取り組みも必要でしょう。また、日本では全体として就労支援に向けた支出が小さく、GDP比で見ると先進国の平均の半分以下の水準です。求職者支援制度においても、財源の半分を雇用保険の会計に頼っていて一般歳出からの支出は半分に留まっています。財政危機も確かに深刻なのですが、就労支援のための支出は、多くの人を仕事に就け、税収も増やしていくという点で、長期的に見ると財政を強化する効果もあることを強調したいと思います。
経済危機からであれ大震災のような自然災害からであれ、誰でも雇用を失うことがありうる時代になっています。失業しても、育児や介護などの事情で仕事を離れても、再び就労し能力を発揮できる社会をつくっていかなければなりません。求職者支援制度は、そのような仕組みをつくっていく第一歩となるべきでしょう。
