2008年07月07日 (月)視点・論点 「自殺実態白書」から見えてきたこと

NPO法人ライフリンク代表 清水 康之

【イントロ】
みなさん、こんばんは。
自殺対策に取り組むNPO法人、「ライフリンク」代表の清水と申します。

先月、警察庁から「平成19年の自殺の概要資料」が発表されて、新聞やテレビでも大きく取り上げられました。そのポイントは、大きく三つありました。

ひとつは、昨年一年間の自殺者も「3万人」を超えて、これで10年連続「年間自殺者3万人」という事態になってしまったということです。
「年間3万人」と言えば、交通事故で亡くなる人のおよそ6倍。一日90人もが、この10年間毎日自殺で亡くなっているという計算になります。
10年間で30万人以上。実に、盛岡市や那覇市、新宿区などの人口と同じだけの数の人たちが、わずか10年で忽然と姿を消してしまったことになるのです。

ふたつ目のポイントは、都市部で自殺が増えているということです。
これまで自殺率が高いと言われてきた秋田や山形、沖縄などでは自殺率が下がってきているのですが、その一方で、東京や大阪、神奈川などでは、10%以上も去年は年間の自殺者数が急増しました。
自殺率がさほど高くないからと対策が遅れてきた都市部で、自殺者が増加しているわけです。

そして三つ目のポイントは、自殺の原因・動機が細分化されて発表されるようになり、その結果、去年までは「健康問題」や「経済生活問題」、「勤務問題」といった大まかな括りだけしか分からなかったものが、「うつ病」や「多重債務」、「職場の人間関係」などといった、より細かい項目が分かるようになったということです。

 

自殺対策に役立てるためにと、今年からそうやって細かく自殺の統計が分類、発表されるようになったことは確かに評価できることです。

しかし、それでもまだ、十分に自殺の実態が分かったとは言えません。
実践的な対策を講じていくためには、もっと細かい地域の特性や、それぞれの要因同士にどういった関連性があるのかを、明らかにしなければなりません。

東京都で自殺者が増えたと言っても、それが千代田区なのか、荒川区なのか、あるいは武蔵野市なのか、どこで増えたのか。また会社員の過労による自殺が増えたのか、無職者の生活苦による自殺が増えたのか。そうしたことが分からなければ、自殺対策の対象を絞ることができないのです。

また要因の因果関係も、警察庁の発表からだけでは見えてきません。
警察庁の発表では、うつ病が原因だったという人が6000人を超えていますが、その人たちがなぜうつ病になったのか、他のどんな要因と関連性があるのかが、そうしたことが警察庁の統計発表からだけでは分からないのです。


そこで、民間の有志が集まって自殺の実態調査を行い、それを報告書にまとめました。
この「自殺実態白書2008」です。

これは、弁護士や精神科医、経済学者や現場で活動するNPO、遺族などが協力して、自殺の実態を明らかにしようとまとめたものです。
年間3万人という異常な事態が10年間も続いてきたのは、そもそも自殺の実態が解明されておらず、実態に即した対策が実行できてこなかったからです。

この「白書」は、研究報告書というよりも、実践的な対策につなげていくための基礎資料として、実務家が中心になってまとめたというのが特徴です。


ここですべてを紹介することはできませんが、今日はポイントを3つに絞ってお話ししたいと思います。


1.ひとつめは、自殺の背景には様々な「危機要因」が潜んでおり、平均すると4つの要因が自殺の背景にはあるということです。

今回の調査では、ご遺族から聞き取りをするという形で、305人の方の「自殺の実態」を明らかにしたのですが、自殺の背景には68もの要因がありました。
警察庁の統計でもありましたが、うつ病や多重債務、過労、あるいは介護疲れや配置転換など。
そして、そうした要因を複合的に、平均すると4つ抱えているという実態が浮き彫りになりました。
自殺に至る理由が決して単純ではないことがデータ的に裏付けられた。

危機要因の認定については、遺族からの聞き取り調査の結果を基にして、自殺実態解析プロジェクトチームのメンバーが行った。亡くなる直前に抱えていた危機要因だけでなく、そうしたものと明らかな因果関係が認められる要因については、危機要因と認定した。
また過労やうつ病などの、ある種の判断が求められる要因については、プロジェクトチームのメンバーでもある専門家(弁護士や精神科医)が判定にあたった。

2.ふたつめは、そうした自殺の危機要因が連鎖しながら「自殺の危機経路」を形成している
「自殺の危機経路」とは、事態がそのまま進行していくと自殺に至る可能性の高い経路(プロセス)のこと。ほとんどの場合、自殺の危機要因は、それ単独で自殺の要因となっているわけではなく、305人の内、ひとつしか要因を抱えていなかったと思われる人は11人のみで、その他96%(11÷289)の人が複数の要因を抱えていた。
危機要因が互いに連鎖しあいながら、「自殺の危機経路」を形作っているということです。

例えば、会社員であれば、
1.配置転換→過労+職場の人間関係→うつ病→自殺

あるいは自営業者であれば、
2.事業不振→生活苦→多重債務→うつ病→自殺

また
「夫からのDV→うつ病+離婚の悩み→生活苦→多重債務→自殺」したという女性や、
「介護疲れ+生活苦→将来生活への不安→自殺」という高齢者もいました。


3.自殺の危機経路には、3段階の進行度があるということ
プロジェクトチームでは、自殺の「危機複合度」によって、自殺に追い込まれる危機の進行段階を3つに分類した。 

第一の段階は、自殺のきっかけとなる最初の危機要因が発生した段階
第二の段階は、最初の危機要因から問題が連鎖を起こし始めた段階
第三の段階は、危機要因の連鎖が複合的に起こり事態が深刻化した段階

「危機複合度」とは、それぞれの危機要因が平均して含有している危機要因の数だ。なにも含んでいなければ(つまり問題の出発点は)、1と数える。新たに一つ要因を抱え込んでいくごとに2、3と複合度は増していく。
289人の平均を計算すると、自殺は5だった。単純化すれば、4つの危機要因を抱え込んだ時に自殺に追い込まれるという計算である。 

第一の段階に該当するのは、危機複合度が1点台の「事業不振」「職場環境の変化」「過労」。ここでは、危機要因がまだ複合化されていないので、対策も比較的シンプルなもので済む。要因にターゲットを絞って集中的に対策を講じて、この段階で危機の芽を摘むことが重要である。

第二の段階に該当するのは、危機複合度が2点台の「身体疾患」「職場の人間関係」「失業」「負債」。ここでは、最初の危機要因から問題が連鎖して、問題が複合化し始めている。対策においては、危機の連鎖を食い止めながら、多分野の専門家が連携して問題解決にあたることが重要である。

第三の段階に該当するのは、危機複合度が3点台の「家族の不和」「生活苦」「うつ病」。ここでは、危機要因が複合化して問題が深刻化の度合いを強めている。当事者だけで問題を抱え込み、自殺のリスクが高まっている可能性があるため、表出している問題に対しての危機介入的な対策とあわせて、その背景にある危機要因に対しての重層的な対策が重要である。

「うつ病」の危機複合度は3.9と、自殺の一歩手前に位置している。逆の見方をすれば、「うつ病」になった時にはすでに、平均して3つの危機要因を抱えているということになるわけだ。(危機複合度の高い要因というのは、それ自体が問題の出発点なのではなく、むしろ他の要因からの連鎖によって引き起こされている問題だということになる。) 

自殺に至る危機連鎖度が最も高いから「うつ病」への対策が自殺を防ぐ上で最も効果的かと言えば、実はそう単純ではない。うつ病は「危機複合度」が高く、背景にある問題が複合し、複雑化している場合が少なくないために、治療が必ずしも容易でないことが多いのである。

自殺対策に取り組む際は、対策の対象となる危機要因の特性をまずよく知ることである。そうして、ある危機要因がどういった連鎖を生みやすいのか、あるいはどういった連鎖によって生じやすいのかを理解すること。その上で、どういった専門家がどういった連携の下で対策に取り組んでいけばいいのかを検討し、実践に移していくことが重要なのである。


最後になりますが、もうひとつ分かったことがあります。
自殺で亡くなった人たちも、実は生きたかったのではないかという、そう思わずにはいられないデータです。

自殺で亡くなるまえのひと月以内に、相談機関に行っていた人が62%にも上るということ。
その内の半数以上が精神科に行っていたということも分かっています。

生きたいと思いながら、自殺せざるを得ない人たちがこれ程までに多いということ。
私たちは、自殺で亡くなっていった人たちからもっとたくさんのことを学び、それを自殺対策という生きる支援の充実につなげていかなければなりません。
いまようやく、その最初の一歩を踏み出したのだと思います。

投稿者:管理人 | 投稿時間:23:05

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