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視点・論点 「ジョブズ氏と米国西海岸文化」2011年10月13日 (木)
東京大学教授 西垣 通
スティーブ・ジョブズが亡くなりました。ジョブズと言えば、アップル社でiPodやiPhone、さらにiPadを作って大成功したカリスマ経営者として世界的に知られていますし、斬新なIT製品感覚に熱狂的なファンも多いのですが、その存在が文化的に果たした意義についてはそれほど語られることがありません。ジョブズの足跡をたどると、それはパソコン開発の歴史と重なりますし、また二〇世紀後半のアメリカ西海岸文化の特徴がくっきりと浮かびあがってきます。
ジョブズは1976年、カリフォルニアで親友ウォズニアックとアップル社を創業し、アップルⅡという玩具のようなコンピュータを売り出して、20代初めにたちまち大金持ちになりました。ビル・ゲイツと同い年でライバルと言われますが、二人とも、それまでの汎用大型コンピュータとはまったく異なる個人用のコンピュータ、つまりパソコンをめざしたのです。アップルⅡはまだ使いにくかったのですが、その後、1984年にジョブズが売り出したマッキントッシュこそ、今のパソコンに標準装備されているアイコンやマウスといったグラフィカル・ユーザ・インターフェイスをそなえた、史上初の本格的パソコンでした。その後、世界を制覇したマイクロソフト社のウィンドウズも、この方向を踏襲したのです。
パソコンは、それまで主流だったメインフレーム、つまり汎用大型コンピュータとは、機能も目的もまったく異なる製品でした。とくに注目すべきは、高価なメインフレームが政府や軍部、大企業など体制側のツールと見なされていたのに対し、安価なパソコンは連帯する反体制市民のツールと見なされたという点です。端的には、アメリカのベトナム戦争に反対する対抗文化(カウンターカルチャー)の一部といってよいでしょう。とくに60~70年代にかけ、カリフォルニアなど西海岸でこの運動が盛り上がりました。ロックやドラッグ、座禅などに傾倒するヒッピー文化が有名ですが、パソコン開発もその重要な柱で、多くのカリスマが出現しました。ジョブズもまさしくその中の一人だったのです。
個人のかぎりなき自由と民主主義を旗印にしたこの動きは、今でもソーシャル・メディアの中に残っているとも言えます。最近のいわゆるアラブの春でフェイスブックやツイッターが活躍しましたが、ここに西海岸カウンターカルチャー運動から連綿と続く、文化的DNAを見ることもできるでしょう。
とはいえ、ジョブズにこういった政治運動を直結するのは飛躍がありすぎます。反体制といっても、ジョブズは超一流のグローバル企業であるアップル社の創業者であり、お金持ちのCEOだったわけで、いわゆる市民運動家とはかなり違います。ただし、あまりお金に執着はなかったらしく、CEOとしての報酬を断ったというエピソードはよく知られています。一言でいえば、ジョブズは経営者であり技術者である以上に、未来志向の夢想家であり、自分の美意識に忠実なアーチストだったような気がしてなりません。
たとえば、マッキントッシュのグラフィカル・ユーザ・インターフェイスは、ジョブズが考案したのではなく、ゼロックス社で開発されたアルトという実験用システムですでに実現されていた技術です。ジョブズは1979年にそのデモを見てインスピレーションを得たと言われています。実は私も同じ頃にスタンフォード大学でアルトを使っていたのですが、その技術的先進性は驚くべきものでした。しかし、ジョブズの功績は、その技術をうまく取り入れ、コンパクトで美しく、しかも手頃な値段の、ワクワクするような製品にまとめあげたことでした。
同じことがiPhoneにもiPadにも言えます。あのタッチパネルの感触に魅せられた人は少なくないでしょう。ジョブズは人々がどんな対象に喜びを感じるのか、潜在的に何をもとめているかを直感し、その具体化にむけて自分の美意識を鋭く収斂させていったのです。
こういった一種の芸術家気質の人物は、実はとくに珍しいわけではありません。しかし、そういう美学は概して、近代の工業生産や企業経営の理念とは相矛盾することが多く、したがって成功することは稀なのです。たとえばライバルのゲイツは徹底的に近代的な経営理念を追求したからこそ、成功をおさめたのです。ジョブズがきわめて例外的なのは、まさにこの点にあると言えるでしょう。
実際、ジョブズは変わった人物だったようです。高い理想をいきいきと語って他人を惹きつける一方、独断専行で周囲との摩擦を繰りかえしたとも言われます。マッキントッシュはすばらしいコンピュータでしたが、経営的には赤字で、ジョブズは社内の同僚と激しく対立したあげく、アップル社から1985年に追い出されてしまいました。その後、1997年にCEOに復帰してヒットを連発し、アップル社の経営を建て直したことはよく知られていますが、この経歴からもわかるように、ともかく個性的で激しい性格だったようです。
そういうジョブズを特別な「天才」と見なすことは簡単です。しかし、むしろ大切なのは、周囲とかならずしも同調できず、かぎりなく自由と美を愛する完全主義者が、マーケットを通じて夢を体現し、大成功できる文化がアメリカ西海岸にあった、ということなのです。これこそ、驚くべき事実ではないでしょうか。
西海岸文化に支えられたITの伝統は、まだ絶えたわけではありません。しかし、その内容は以前とはかなり違ってきたように思えます。新たな旗手はグーグル社でしょう。そこでは「オープン(開放)」と「シェア(共有)」が旗印になり、処理の重心はパソコンのような端末からネットの内部に移行します。つまり、個人が素敵なネット端末を楽しむというより、人々が互いに公開情報を共有しあい、コミュニケートしあう、という流れなのです。クラウド・コンピューティングやオープンソースがすぐ連想されますが、とくにグーグル社がスマートフォン用に開発し、基本的に無償で提供しているアンドロイドOSはその典型例です。つまり、みんなでソフトやハードを互いに融通しあおうというわけです。これに対して、ジョブズのつくる製品は、あくまで設計者が個人的美意識にもとづいて、ハードもソフトも一体としてつくりあげるものですから、ここには大きな違いがあります。
一般的には今後、グーグル社の方針のほうが主流になると考えられます。ということはもはや、ジョブズの価値観は古典的なものとなりつつあるのでしょうか。けれども私は、ふたたび第二、第三のジョブズが出現して欲しいと願う人はたくさんいる、という気がしてなりません。
