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ロシアで村上春樹さんなど内外の作品の統制か?! 背景を解説

安間 英夫  解説委員

ロシアで、日本の人気作家、村上春樹さんの小説など、内外の作品が図書館から廃棄されてしまうのではないかと懸念される動きが伝えられました。
背景について聞きます。

Q)村上春樹さんはロシアでも人気なのでしょうか。

A)
村上春樹さんはロシアでも作品の翻訳が書店で平積みされるほどの人気作家で、熱心な読者がたくさんいます。

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ことの発端は、独立系メディアの去年暮れの報道でした。
首都モスクワの図書館に、廃棄処分の対象となるリストが届き、あげられた内外53の作品のなかに村上さんの「スプートニクの恋人」が含まれているとされました。
吉本ばななさんの「とかげ」も含まれていました。
このリストの存在をモスクワ市当局は否定したのですが、今後、イラストのように廃棄されてしまうのではないかと懸念が広がりました。

Q)背景にはどんなことがあるのでしょうか。

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A)
プーチン政権が去年12月に定めた法律が関係していると見られています。
その内容は、同性愛やLGBTなど性的マイノリティーを含め、当局が「非伝統的」だと見なす性的関係やし好(※法律の文言による)を宣伝したり情報を拡散したりすることを厳しく禁止するというものです。
これまで未成年者を対象とした法律がありましたが、成人にも拡大し、また本や映画、ネットも含めたメディアも対象となり、統制が強化されました。
当局がこの法律の運用について詳しく説明していないため、はっきりしていないのですが、村上さんの「スプートニクの恋人」などリストには、この法律に触れる可能性があるものが含まれているのではないかなど、憶測が広がっています。

Q)なぜ、こうした法律がつくられたのでしょうか。

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A)
プーチン大統領はかねて、欧米のリベラルな価値観、特に性的マイノリティーの権利を広めることは、ロシアの伝統的な価値観にそぐわないとして反対する姿勢を強めてきました。
去年9月、ロシアがウクライナの4つの州の併合を一方的に宣言したときの演説でも、欧米が性的マイノリティーの権利を広げようとしているとして、「堕落と絶滅につながる」と主張し、非難したほどです。
また10月には「欧米が価値観を自国の国民や社会に根付かせるのは構わないが、他国に同調を要求する権利はない」と述べています。
一連の動きは、ウクライナ侵攻の中で、プーチン政権が欧米の価値観の流入に警戒感を強めていることの表れだと思います。

Q)こうした統制は論議を呼びそうですね。

A)
ロシアではプーチン大統領の主張を支持する人たちは保守派を中心に多いのですが、検閲は憲法で禁じられているうえ、少数者の弾圧につながると危惧する指摘が上がっています。
すでにロシアでは、当局が偽と見なす情報の拡散を禁止する「フェイクニュース禁止法」や当局から指定されたメディアや個人は出版物にスパイを意味する「外国の代理人」と表示しなければならない法律が施行され、言論統制が進んでいます。
文学作品の統制は、ロシアを欧米から守るという、ウクライナ侵攻につながる考えが根底にあり、思想をも統制しようというもので、今後の動きを見過ごすことはできないと思います。


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安間 英夫  解説委員

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