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波乱の冬の英仏海峡

鴨志田 郷  解説委員

ヨーロッパの2つの大国の罵り合いが続いています。
鴨志田郷(かもしだ・ごう)解説委員に聞きます。

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Q1、
これはイギリスのジョンソン首相とフランスのマクロン大統領の一騎打ちでしょうか?
A1、
歴史上たびたび火花を散らしてきたイギリスとフランスが、いままた険悪な関係に陥っています。きっかけは11月に両国を隔てる英仏海峡でおきた遭難事故でした。密航業者の手引きでフランス側からイギリス側に渡ろうとしていた、中東やアフリカの移民を乗せたゴムボートが転覆し、子どもを含む27人が冬の海に投げ出され命を落としたのです。海峡では以前から移民の悲惨な事故が起きてきましたが、これほど多くの犠牲者が出た例は近年ありません。
ジョンソン首相とマクロン大統領はそろって哀悼の意を表したものの、事故の責任や再発
防止策をめぐって、たちまち激しい非難の応酬となりました。このところ英仏関係は、この海峡の漁業権をめぐる問題や、アメリカなどとの安全保障政策をめぐって、ギクシャクしていたんですが、この事故を受けて双方とも怒りを爆発させてしまいました。

Q2、
2人の首脳は何に怒っているんでしょうか?

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A2、
ジョンソン首相は、フランス側の密航対策が不十分だという考えで、今後はイギリスに渡った不法移民をすべてフランスに送り返す協定が必要だと主張しました。これに対しマクロン大統領は、移民をフランスに押しつけるもので、イギリスこそ対策に本気で取り組めと猛反発し、先週開いた沿岸国の対策会議からイギリスを閉め出してしまいました。こうした首脳たちの頑なな姿勢の陰には、それぞれがお膝元に抱える政治的な事情も見え隠れしています。イギリスのEU離脱を進めたジョンソン首相は、国境を厳しく管理し移民を制限するという建前を崩せず、一方来年に大統領選挙を控えたマクロン大統領は、国内で反移民を掲げる極右勢力が勢いづいている手前、移民政策で弱気な姿勢は見せられないといわれています。

Q3、
この痛ましい事故の教訓は活かされるのでしょうか?

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A3、
実は英仏が罵り合っている間も、危険な海峡を渡る移民の流れは途切れていません。政情が不安定な中東諸国やアフガニスタンなどから安全で豊かなヨーロッパを目指し、とりわけ母国語が英語で労働市場が開放的なことから仕事にも就きやすいと見られているイギリスを、最終目的地にする人は増え続けています。今回の事故を受け、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所は、「人命を最優先して海峡の両側で協力してほしい」という声明を出しましたが、いまのところ双方が歩み寄り新たな対策を打ち出す兆しは見られません。
「世界の人権の擁護者」を名乗り経済的にも豊かな2つの大国の目の前で、紛争や貧困から逃れてきた人たちがまたもや命を危険にさらしている姿は、様々な格差が広がる世界の厳しい現状を映し出していると思います。

(鴨志田 郷 解説委員)


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