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時論公論 『最前線の消防団をどう守るのか』2011年09月06日 (火)
山﨑 登 解説委員
《前説》
東日本大震災では、多くの消防団員が犠牲になりました。高齢化の進展や地域のコミュニティが薄れる中、いまや消防団は地域の防災に欠かせない存在です。紀伊半島を中心に大きな被害をだした台風12号の被災地でも、消防団は土砂崩れの危険箇所の警戒をしたり、住民への避難の呼びかけをしたり、行方不明者の捜索にもあたっています。今晩は、消防団が東日本大震災の津波の最前線でどのような活動をしていたのかをみながら、消防団の安全対策と地域の防災について考えます。
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《消防団員の犠牲》
東京など都会で暮らしていると、市町村の職員である消防本部の消防職員と消防団員の違いがわかりにくいかもしれません。
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消防団員は普段は会社員だったり、農業や漁業などの仕事をもっている人が、火事が起きたり、地震や津波、水害などが発生した際には、仕事を中断して、すぐに現場に駆けつけて防火や防災活動にあたります。非常勤の特別職地方公務員として位置付けられていますが、報酬は一般の団員の全国平均で、1年間におよそ2万5000円、一回の出動手当が3300円ほどですから、生半可な気持ちでは続けられないボランティア精神に支えられた仕事です。
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総務省消防庁のまとめでは、東日本大震災で犠牲になった消防団員は、岩手県が119人、宮城県が107人、福島県が27人の、合わせて253人にのぼっています。同じ東北3県で犠牲になった消防本部の職員は27人、警察官は30人で、消防団員の犠牲者は際立って多くなっています。
また、過去の大きな災害と比べても今回の犠牲者は多くなっています。
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これまでに消防団員が犠牲になった災害は、昭和34年の伊勢湾台風が63人、昭和47年の高知県の土砂災害が15人、平成3年の雲仙普賢岳の火砕流災害が12人でした。
《消防団の活動報告会》
なぜ、これほど多くの消防団員が犠牲になったのでしょうか?大震災の発生から半年ちかく経って、その状況が少しずつみえてきました。
先日、東京で、被災地の消防団の活動報告会が開かれました。会場には、全国の消防団や防災関係者など600人が集まりました。
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壇上に上がった岩手県山田町の大石秀男分団長(58)は、大震災での主な仕事は水門などの閉鎖と住民の避難誘導、それに地震後の長い捜索活動だったと報告しました。大石さんが所属する分団は33人で、町から管理を委託されている水門などが23ありました。普段から水門ごとに担当者を決めていて、訓練通り8分ほどで全てを閉鎖することができました。
その後住民の避難誘導を行いましたが、10mを超える津波が堤防を越えて押し寄せ、中には住宅の2階や屋根に登って救助を求める人がいました。津波が引いてから救助に向かい、高齢者は背負って避難所まで運びました。またガレキの中で火災が発生し消火にもあたりました。
大石さんはじめ分団員のほとんどが漁業をしていて、住宅と仕事を失い、最初の5日間は2台の消防自動車で仮眠をとって活動を続けました。当初は燃料がなかったためにエンジンを止めて過ごしましたが、3月の岩手県山田町は雪やみぞれが降って寒く、眠れない夜もあったといいいます。
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その後は警察や自衛隊と連携して捜索活動にあたりました。行方不明になった家族の気持ちを思うと休むこともできず、捜索活動は4月17日まで一か月以上続けられました。
大石さんは、最後に、今回役に立ったのが、分団が独自に整備したトランシーバーだったと話しました。もともとは火災現場でホースの先にいる団員と消防自動車に残って機械を操作する団員との連絡用に用意したものですが、役場や消防署も被災し、道路が寸断されて分団が孤立状態となった中、トランシーバーで団員と連絡を取り合いながら活動したということです。
大石さんの分団では1人が犠牲になったほか、山田町全体でも9人の団員が殉職しました。
こうした報告は宮城県や福島県の消防団からもありました。どの消防団の活動にも頭が下がる思いがしました。と同時に、地域の防災の要となって活動した消防団の安全対策を講じなければいけないと痛感しました。
《最前線にいた消防》
どんな対策が必要でしょうか?一つは、水門の閉鎖を安全に行えるようにすることです。多くの消防団が津波警報がでた際に水門を閉鎖する役割を担っていますが、現在、全国の海岸の堤防にある水門6668ヵ所のうち、開閉が自動化されているのは、全体の11%にあたる742か所しかありません。津波が襲ってくる中、避難とは逆に海に近づいて水門を閉めるのは危険極まりない仕事です。実際に、水門の閉鎖にあたっていて亡くなった団員がいますし、地震の起き方によっては、数分で大津波が襲ってくることがあります。水門を自動的に閉鎖できるようにしたり、高台の安全なところから遠隔操作できるようにする必要があります。
二つ目は、無線など装備の充実です。市町村の消防本部では、平均的な5人乗りのポンプ車の場合、現場に向かう隊長と消防自動車に残る運転手の二人が消防無線を持つようになっていますが、消防団の装備は自治体によってまちまちです。先ほどの岩手県山田町の33人の団員がいる分団では、無線は2台の消防自働車に一つずつしかありませんでした。全国的にみても、山田町と同じようなところが多くなっています。消防団も消防本部の職員と変わらない危険な現場で活動しています。仕事に見合った装備を整えるべきです。
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《消防団と地域の防災》
消防団というと火事の消火や防災活動のイメージが強くありますが、今や地
域の様々な活動でなくてはならない存在です。
最近の消防団の活動状況をみると、住宅火災や山火事の消火、火災予防や防災の指導、地震や津波などの際の特別警戒や避難誘導、風水害の時の土のう積み、それに施設などから行方不明になった高齢者の捜索といった様々な現場に出かけています。
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かつて地域には、青年団や婦人会などがあって活発に活動していましたが、農業や漁業の後継者が減ったり、小さな商店がなくなるなど産業構造が変化したり、高齢化の進展などの影響で、多くの住民組織が弱体化し、今やいざという時に集団で活動できる組織は消防団しかないという声をよく聞きます。
消防団員が災害で亡くなった際の補償をしている消防基金によりますと、東日本大震災で、消防団員が亡くなった原因として最も多いのが住民の避難誘導中というもので、全体の50%を占めています。中には、逃げなくてもいいと言う住民を説得していて、一緒に津波に巻き込まれた消防団員もいました。被災地で取材すると、逃げない住民をそのままにして、自分が避難することはできないという消防団員が数多くいました。
したがって消防団の安全を確保する面からも、津波の犠牲者を減らす面からも、地域ぐるみの対策、つまりは地域のコミュニティの力、地域の防災力を高めることが重要なのです。
日頃から、一人では避難できない高齢者などについて、消防団を交えて話し合って避難態勢を整備し、訓練を繰り返しておくとともに、助けがなくても避難できる人は危険が迫ったら、自ら進んで避難することを確認しあっておくことが重要です。
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大震災で犠牲になった消防団員の年齢をみると、多いのは40歳代と30歳代で、ともに30%前後を占めています。まだ子どもが小さい働き盛りの年代です。総務省消防庁には消防団の安全対策を早急に検討し、実施して欲しいと思います。と同時に、犠牲になった団員への十分な補償にも力を尽くして欲しいと思います。
(山﨑 登 解説委員)
