2008年06月02日 (月)時論公論 「原爆症認定 急がれる救済」

(金子キャスター)
広島や長崎で被爆した人たちが、自分たちのがんなどの病気を原爆症と認定してほしいと求めていた裁判で、被爆者の訴えを認める判決が先週仙台と大阪の高等裁判所で相次ぎました。判決の持つ意味について早川解説委員がお伝えします。

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(早川解説委員)
 一連の原爆症認定訴訟で国は8回連続の敗訴。「1審での判決にもかかわらず国が争う姿勢を維持していたことは、被爆者援護法に示された救済の精神に照らすと柔軟な対応に欠けていた」と仙台高裁は指摘しました。国は4月から原爆症認定の条件を緩和して審査を始めましたが、いずれの判決も、それではなお、十分ではないことを示しました。判決の持つ意味について考えたいと思います。

 原爆の被害への国の対応としては、14年前に被爆者援護法ができて、被爆者健康手帳を持つ人に対して無料の健康診断や月3万円あまりの健康管理手当が受けられるようになっています。こうした中、被爆者の平均年齢が74歳と一段と高齢化が進み、がんや白血病などの病気を発症する人たちが増えています。とりわけ、爆心地から遠く離れた場所で被爆したり、肉親を探したりするため、あるいは被害者の救援に当たったりするためにあとから被爆地に入った人たちの中に、年を経て体調を崩す人が少なくありません。最近の研究で、爆心地近くの塵や水に残された放射線がからだに取り込まれた結果、からだの中が被爆した状態になる「体内被爆」の影響が指摘されています。
 被爆者健康手帳を持つ人は25万人あまり。これに対して、原爆症、放射線による影響で病気や障害の治療が必要と認定された人は、認定の条件が緩和される以前は2200人あまりと被爆者全体の1%にもなりませんでした。というのは、「科学的根拠」を理由に、直接の被爆以外は原爆症とは認められないとする国の基準によって、認定を申請しても却下されるケースが相次いだからです。原爆症と認定されますと毎月13万7千円あまりの医療特別手当が支給されます。

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 申請が却下されたのを不服とする人たちが、日本被団協・日本原水爆被害者団体協議会の呼びかけに応じて、5年前から各地で自分たちのがんなどの病気を原爆症と認めてほしいと集団訴訟を起こしています。訴えを起こした人は全国23の都道府県合わせて305人にのぼっています。一連の集団訴訟では、おととし5月の大阪訴訟以来、広島、東京など6つの地方裁判所で被爆者の訴えを認める判決が続いています。国からしますと6回連続の敗訴です。被爆者救済への対応を見直すよう迫る判決でしたが、いずれも国は控訴して争ってきました。

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 原爆症の認定をめぐっては、国が新しい基準を設けて認定条件を緩和したことが繰り返し報じられてきましたので、この問題は解決したと思い、まだ裁判が続いていたのかと思った方も多いかもしれません。しかし、先月から始まった国による審査で、原爆症と認定された人は270人あまり。裁判を続けている305人のうち105人が認められただけです。
 先週の判決で、仙台高裁では、胃がんになり切除手術を受けた人について、国は「胃がん自体は放射線による被害の可能性は認めるが、切除したあとの2次障害までは放射線による影響とは言えない」と争っていましたが、判決はこうした主張を認めませんでした。
 また、大阪高裁は、国が「科学的根拠」としてきた放射線量の計算式には限界があり、機械的にあてはめて判断するのは妥当でないと指摘し、その上で一人一人の被爆時の状況やその後の生活状況などを総合的にみて病気が原爆による影響なのかを判定すべきだと、新しい基準でも対象になっていない貧血や白内障なども原爆症と認めるべきだとしました。
 今回の判決は、新しい基準が適用されて以降、初めての判断でしたが、厚生労働省は「これまでの国の主張が認められず、厳しいものだと判断している」という内容の談話を発表しています。この談話の通り国にとっては、地方裁判所段階に続いて、高等裁判所でも主張が受け入れられなかったという厳しいものでした。それには2つの意味があります。一つは、原爆症の認定にあたって国が基準に機械的にあてはめて判断していては被害者救済にならないという裁判所の基本的な判断が繰り返されたこと。もう一つは、批判を受けて新しい基準を設けたのに、それでもなお厳しすぎると指摘されたこと。この2点です。司法の立場として抑制的な表現がとられてはいますが、国の被爆者救済策が十分ではないとその姿勢が厳しく問われたことになります。

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 新しい基準についてもう一度見てみたいと思います。
 基準が改められることになったのは、安倍前総理の指示がきっかけでした。地方裁判所で国の敗訴が続いたのを受けて、去年8月の広島の原爆の日を前に検討を求めたのです。被爆者の救済を検討してきた与党プロジェクトチームが後押しする形で基準の緩和案をまとめ、ことしの3月に厚生労働省が改めたものです。
 それまでの基準では、被爆時点で受けた放射線の量を爆心地からの距離や遮蔽物の状況などをもとに作られた計算式にあてはめ、出てきた数値で発病の確率を推定し、判断していました。新しい基準では、こうした計算式によらずに、被爆時点で爆心地から3点5キロ以内であったり、あとになって被爆地に入った人についても時間が推定できたりすれば、がんや白血病など5つの病気については積極的に認定すると改めらました。条件に当てはまらなくても、被爆線量や生活歴などを総合的に判断するとして、救済に含みを持たせました。しかし、総合的に判断するのがどういうケースなのかは明らかにされていませんし、適用例もありません。被爆者の人たちは、救済の範囲がどれぐらい広がるのか見通せない、満足すべき内容ではないと批判しています。

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 今後は、国が上告するかどうかが焦点です。原告の人たちは、国に上告を断念して集団訴訟を一括して解決することを求めています。これに対し、舛添大臣は福田総理とも相談して慎重に検討したいとしています。
 こうした間にも、被爆者の高齢化が進み、この5年間で3万人の被爆者が亡くなっています。大阪訴訟の原告の一人、佐伯俊昭さんは、65歳になって声帯にがんが見つかり、10年前に原爆症の認定を申請しましたが、却下され裁判を起こしました。認定基準が緩和され4月7日に原爆症と認められましたが、一緒に裁判を起こしていた人たち全員が認定されるのを心待ちにしていたこともあってか、認定書が届けられても笑顔はなかったということです。その5日後に亡くなりました。

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 気力を振り絞って裁判を続ける人は、被爆者のごく一握りに過ぎません。からだが不調でも、かえってあまりに病状が深刻なために、あるいは経済的な理由で裁判に訴えようと思ってもできない人たちが大勢います。そうした人たちのことを考えますと、裁判で認められた人たちのケースが一つの判断基準になれば、裁判には訴えなくても、自分も認定の可能性があると厚生労働省に申し出る機会を広げることにつながるかもしれません。
 裁判所が指摘した「被害者の救済の基本精神」が国によってどこまで生かされるのか。被爆者の高齢化を考えますと、もはや裁判で争うという段階から、国が政治決断、行政判断によって救済を急ぐべきです。一刻の猶予も許されません。

投稿者:早川 信夫 | 投稿時間:23:56

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