時論公論 「悪化するシリア情勢」2011年08月18日 (木)

出川 展恒  解説委員

今年3月以来、反政府デモが続く
中東のシリアの情勢が悪化の一途をたどっています。
軍による市民への無差別攻撃など、
アサド政権による武力弾圧がエスカレートしており、
この5か月間の死者数は、2000人を超えたと伝えられます。

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国連のパン・ギムン事務総長は、17日、日本時間のけさ、
アサド大統領と電話で会談し、
市民に対する弾圧を直ちに停止するよう要請しました。
これに対し、アサド大統領は、
「軍や警察の作戦は中止した」と答えたということです。

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しかし、その後もシリアからは、
治安部隊による激しい攻撃が伝えられており、
アサド政権が、本当に武力弾圧をやめる意思があるのか、
それとも、国際社会からの非難や制裁をかわすためのポーズに過ぎないのか、
慎重に見極める必要があります。

国際社会は、シリア情勢への対応に苦慮しています。
リビアのカダフィ政権に対しては、
国連安保理決議に基づく武力行使や制裁が行われていますが、
シリアに対しては同様の措置はとられていません。
今夜は、悪化するシリア情勢の背景と影響を考えます。


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人口およそ2300万人、資源大国とは言えないシリアが
注目されている理由は、「地政学的な重要性」です。

イスラエル、レバノン、ヨルダン、イラク、トルコの5か国と国境を接し、
中東のあらゆる問題に関わっています。
ですから、アサド政権がどうなるかは、シリア一国にとどまらず、
中東地域全域の勢力地図を大きく変える可能性があります。

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シリアでは、アラブ社会主義を掲げる「バース党」のもと、
強固な独裁体制が半世紀近く続いています。
2000年、ハーフェズ・アサド前大統領が死去すると、
息子のバッシャール・アサド大統領が後を継ぎ、
この親子で40年あまり権力を独占してきました。

アサド親子は、イスラム教徒の中でも極めて少数のアラウィー派に属しています。
シリアの人口の10%程度のアラウィー派が、政権と治安機関を握り、
圧倒的多数のスンニ派を支配する構図で、
秘密警察を動員して、反対派を徹底的に弾圧してきました。

チュニジアとエジプトの政変が、シリアに波及するまでに時間がかかったのは、
アサド政権に対する人々の「恐怖心」が、いかに大きかったかを物語っています。


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象徴的なのは、中部の都市ハマです。
先月末、軍の戦車部隊が市街地に攻め込んで、無差別に発砲して、
100人以上が死亡しました。

このハマでは、1982年、父親のハーフェズ・アサド前大統領が、
スンニ派の反政府運動を、徹底的に弾圧しました。
一説には、数万人の市民が虐殺され、
街から成人男性の姿が消えたと言われています。

現在起きているデモに対しても、
戦車部隊や狙撃兵を送り込み、参加者を情け容赦なく殺害する一方、
住宅一軒一軒に入りこんで逮捕しています。

また、外国の報道関係者の入国と取材を厳しく制限するなど、
情報統制も徹底的です。

国連やシリアの人権団体のまとめによりますと、
これまでに2000人以上が死亡し、
およそ3000人が行方不明になっているほか、
少なくとも1万3000人が逮捕され、
治安当局による拷問も行われているということです。

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アサド大統領は、その一方で、若干の融和策も示してきました。
政治改革を約束し、新しい内閣を発足させ、
複数政党制を認め、非常事態令を解除するなどの措置を
小出しにしています。

しかし、民衆の側は、
「改革のポーズにすぎず、実際には何も変わらない」として、
アサド大統領の退陣を求め、抗議行動を続けています。

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今月は、すべてのイスラム教徒が、
日中、飲食を断って祈りを捧げる「ラマダン」です。
アサド政権は、民衆の宗教心が高まってデモが拡大することを恐れて、
ハマ、デリゾール、ラタキアなどで、武力弾圧を強化しています。
大統領の出身地であるラタキアでは、
パレスチナ人の難民キャンプも攻撃され、1万人以上が避難しました。

このままでは、大量虐殺が起きるという懸念が広がり、
国際社会もようやく、アサド政権への非難を行動で示し始めています。

▼国連安全保障理事会は、今月3日、
武力弾圧によって多数の犠牲者が出ていることに重大な懸念を表明したうえで、
アサド政権に対し、すべての暴力行為をやめるよう求める
「議長声明」を採択しました。
ただ、「議長声明」に拘束力はなく、制裁措置も盛り込まれていません。
シリアと関係が深いロシアと中国が難色を示したため、
拘束力のある「安保理決議」の採択は見送られたのです。

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▼これを受けて、アメリカのオバマ政権は、武力弾圧を厳しく非難したうえで、
各国と連携して、アサド政権を孤立させる方針を明らかにしています。
アサド大統領とその家族・側近に加えて、
シリアの国営銀行や携帯電話会社の資産を凍結する制裁措置を発動しました。
さらに、ロシア、中国、インド、ヨーロッパ諸国に対し、
経済制裁を行うよう働きかけています。
そして、オバマ大統領は、先ほど、アサド大統領に対し、
「国民のために身を引く時が来た」と明確に退陣を要求する声明と
追加の経済制裁を発表しました。

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▼EU・ヨーロッパ連合は、
アサド政権の幹部に対する資産凍結と渡航禁止の制裁を行い、
その対象を拡大しています。

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▼アラブ諸国やイスラム諸国の間にも、シリア非難の動きが広がっています。
サウジアラビア、クウェート、バーレーン、チュニジアが、
それぞれ、シリアに駐在する大使を召還しました。

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ヨルダンとトルコも、
「武力弾圧で大勢の市民が殺される事態は容認できない」と表明しています。
トルコは、外相をシリアに派遣し、
アサド大統領の説得にあたりましたが、不調に終わりました。

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このように、国際社会による非難の動きが広がっていますが、
弾圧をやめさせるだけの、一致した行動とはなっていません。
シリアに対する国際社会の対応が「及び腰」なのは、
仮に、アサド政権が倒れた場合、
中東地域全体が不安定化する恐れがあるからです。

誰が政権を担うのか、「政権の受け皿」が全く見えておらず、
最悪の場合、シリアが無政府状態に陥り、
内戦が起きたり、国際テロ組織の拠点になったりすることが懸念されています。

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▼長年、敵対してきたイスラエルも、アサド政権の崩壊は望んでいません。
政権の重しがなくなって、この地域が混乱すれば、
自らの安全が脅かされると警戒しているのです。

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▼次に、長年にわたってシリアに支配されていたレバノンでは、
国内の各政治勢力のバランスが大きく変わって、
政情がいっそう不安定になることが心配されます。

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▼年末までに、アメリカ軍が撤退を完了するイラク情勢にも影響が出ます。
シリアとイラクは長い国境で接しており、武装勢力が行き来してきました。
もし、シリアが混乱すれば、イラクも安定に向かうことはできません。

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▼トルコも、シリアの安定を強く望んでいます。
両国の国境をはさんで、少数民族のクルド人が暮らしており、
アサド政権が倒れれば、クルド人の独立運動を刺激する可能性があるからです。

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▼もうひとつ、重要なプレーヤーは、イランです。
イランは、アサド政権と、事実上の同盟関係とも言える緊密な関係を築いてきました。
核開発問題などで孤立するイランは、
重要なパートナーを失う事態を強く懸念しています。

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このように、
アラブの中で最も強権的と言われるシリアのアサド政権が、もし崩壊すれば、
中東地域のパワーバランスが大きく変わります。
激しい反政府運動が起きているリビアやイエメンなど、
ほかのアラブ諸国にも波及し、
この地域の安全保障やエネルギーの供給に、
予想のできない大混乱が起きる可能性があります。

難しいジレンマに直面した国際社会は、対応を先送りしてきましたが、
大量虐殺の悲劇だけは、何としても避けなければなりません。
今こそ一致して、アサド政権に対し、経済制裁などの強い圧力をかけ、
武力弾圧をやめさせることを、事態収拾への第一歩とすべきだと思います。

(出川展恒 解説委員)