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時論公論 「ソマリア飢きん再び 世界に求められているもの」2011年08月03日 (水)
二村 伸 解説委員
アフリカ北東部が干ばつに見舞われ、食料不足が深刻化しています。中でも危機的な状態にあるソマリアの南部に「飢きん」が宣言されました。日本でも今日、現地で援助活動を行っている国連の4つの機関の駐日事務所代表が、合同でソマリアへの緊急支援を訴えました。
【WFPモハメッド・サレヒーン日本事務所長】
「命を救うのに遅すぎることはありません。国際社会と政府・市民すべてに訴えたい」
去年から干ばつの被害が懸念されていながら、なぜこんな状態になるまで見過ごされたのか、また国際社会は何ができるのか、きょうはアフリカ北東部の危機を招いた原因と、解決の手立てを考えたいと思います。
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危機に見舞われているのは、アフリカ北東部、「アフリカの角」と呼ばれる地域です。国連によりますと、現在この地域ではおよそ1300万人が緊急の支援を必要としています。その中でも憂慮すべき状態にあるのがソマリアです。国連のパン・ギムン事務総長は先月20日、ソマリア南部の2つの地域が「飢きん」の状態にあると宣言し、国際社会に支援を呼び掛けました。
「飢きん」は国際的な援助機関が、食糧事情を5つの段階に分類した中で最も深刻な状態です。
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20%以上の世帯が極端な食糧不足に直面し、急性の栄養失調にかかっている子どもの率が30%を超え、1万人あたり大人2人以上が毎日死亡している状態、これを飢きんと定義しています。ソマリアでは全人口の4割にあたる370万人が危機的な状態にあります。ユニセフ・国連児童基金によれば南部で64万人、子どもの3分の1が重度の栄養不良です。1万人あたり6人が毎日命を落としている地域もあります。このまま何もしないと2か月以内に南部全体に飢きんが広がりかねないと国連は警告しています。
アフリカの角地域では過去に何度も飢きんに見舞われてきました。最近では1980年代半ばにエチオピアで100万人が死亡したと言われます。ソマリアでは20年前、1991年から92年にかけておよそ22万人が命を落としました。
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今回飢きんを招いた主な要因は3つあります。
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▼干ばつ、
▼食糧価格の高騰、
▼そして治安の悪さです。
干ばつは、ケニアからエチオピア、ソマリアにかけて広い地域に広がっています。この1年間の降雨量は過去60年間で最も少なくなっています。内戦状態のソマリアは正確な記録がありませんが、国境を接するケニアとエチオピアの降雨量を見るといかに乾燥しているかが分かります。1950年以降、最も多かった年には千ミリを超えていた地域でも、去年の6月から今年5月までの1年間は100ミリから200ミリ程度にとどまっています。次の雨期が始まる10月まで雨は期待できず、状況はさらに悪化する可能性があります。
干ばつは食糧価格を押し上げました。不作で市場に出回る量が少ない上、世界的な食糧価格の高騰もあって多くの住民が食べ物を手にすることができなくなったのです。食糧価格の高騰は援助物資の量にも影響しています。山羊一頭で買えるトウモロコシの量を見ますと、1年前は100キロ買うことができたのに、今では5分の1の20キロほどしか手に入れることができないのです。
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こうした自然現象に加えて、飢きんを招いた大きな要因が、「治安の悪さ」です。1991年に内戦で政府が崩壊して以来、ソマリアは無法地帯と化しました。この映像は前回の飢きんのときです。
ソマリアはこれまで私が取材してきた中でもっとも危険な場所で、街には武器が溢れ、略奪が横行していました。その後も援助団体のスタッフが次々と誘拐され、2千年代には国際テロ組織アルカイダが活動、インド洋では海賊行為が野放しの状態です。現在もイスラム過激派勢力アッシャバーブが南部を実効支配し、暫定連邦政府と対立しています。まさに世界最悪の破たん国家です。
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ソマリアの隣、ケニアの国境地帯にある難民キャンプには、毎日1000人以上が飢えと迫害から逃れて来ています。その数は収容可能な9万人の4倍以上、40万人近くに上っています。エチオピアにも今年に入ってすでに7万人以上が難民として流入しました。どこもこれ以上受け入れる余裕はありません。
では今回の飢きんは防げなかったのでしょうか。去年9月、OCHA・国連人道問題調整事務所は、ケニアやエチオピア、ソマリアなど東アフリカの国々が干ばつに見舞われていると緊急アピールを出していました。WFP・国連世界食糧計画も、エチオピアで940万人、ソマリアで200万人が食糧支援を必要としていると警告していました。
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その後雨期になってもまとまった雨が降らず、食糧不足が深刻化したものの、国連やNGOは十分な援助活動ができませんでした。イスラム過激派組織に妨害され、援助を必要としている住民のもとに物資が届かなかったのです。つまり、ソマリアの飢きんは人災でもあるのです。1993年、国連はソマリアにPKF「平和執行部隊」を派遣しました。
人道援助だけでなく停戦から武装解除、国家の再建まで平和を強制するという国連史上はじめての試みでした。しかし、アメリカ軍兵士18人が民兵に殺害され、市内を引きずりまわされるなどしたためアメリカ軍は撤退、「希望の回復」と命名された作戦は、失敗に終わりました。現在ソマリアでは、アフリカ連合の部隊が平和維持活動にあたっていますが成果は上がっていません。過去の失敗を繰り返さないよう、人道支援から国家の安定と再建につながる枠組みを構築し直すべきです。
現在のソマリアの正確な状況を把握するのは難しいものの、現地から送られてくる情報や映像を見る限り20年前のような事態にはまだ至ってないように思います。前回の飢きんのときは、1万人あたりの死者が多いところでは1日に12人以上と、現在最悪の地域の2倍で、まさに手の施しようがない状態でした。しかし、事態は日増しに悪化しており、このままだと20年前のような悲劇が再び起きかねません。手遅れになる前に国際社会は速やかに行動を起こすべきです。ようやく先週から世界食糧計画によって、栄養失調の子供のための食品80トン余りが首都モガディシオに空輸されるようになりました。また、ICRC・赤十字国際委員会は、南部に食糧3000トンを届けました。16万人分の食糧です。しかし、まだまだ足りません。また、国連は飢きんがこれ以上広がらないようにするために24億ドルの資金援助を呼び掛けていますが、これまでに集まったのは、その半分にも満たない額です。緊急の食糧・資金援助が求められています。
慢性的な食糧不足に対処するためには、長期的な支援も欠かせません。食糧の安定供給のために、干ばつに強い作物の生産など、農家への技術指導や資金援助、それに灌漑施設の整備や食糧の貯蔵・流通のためのインフラ整備を進める必要があります。いつまでも外国の援助に頼らないよう自立につながる支援が重要です。ただ、どんなに援助をしても物資が届かないのでは危機は収まりません。
国際社会は、無法状態が続くソマリアに秩序と平和、安定を取り戻すために本格的に介入すべきです。それには国連の平和維持活動も選択肢の一つです。20年間、身の危険にさらされ続けてきた女性や子ども、お年寄りといった声なき人々をこれ以上見捨てないためにも、国際社会が結束して動き出すときです。
(二村 伸 解説委員)
