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時論公論 「中国の高速鉄道 事故から見えてきたのは」2011年07月26日 (火)
加藤 青延 解説委員
こんばんは、時論公論です。今月23日、中国東部の浙江省・温州で起きた高速鉄道の追突事故は、車両の一部が脱線して高架から転落し、これまでに39人が死亡、200人近くがケガをするという大惨事になりました。そこで、今夜は、この惨事から浮き彫りになってきた、安全性軽視の姿勢と、事故の背景にある問題点を見てまいりたいと思います。
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日本の新幹線は、開業以来すでに半世紀近くになりますが、乗客に一人の死者もださずに安全運転を続けてきました。新幹線は安全であるという私たちの感覚からしますと、中国の今回の事故と当局のその後の対応は、信じがたいことの連続でした。
【VTR:事故の映像】
これは事故直後に撮影された現場の映像です。追突した列車は先頭の三両が高架から転落し、四両目も宙に浮く形でぶら下がっています。高速鉄道の列車が、別の高速鉄道の列車に追突すること自体、あまりにも単純で、その安全性が問われる致命的な事故といわざるを得ません。
今回事故がおきた路線は、在来線を利用するタイプの高速鉄道です。それでも、普通列車を追い越しながら、時速200キロという猛スピードで運行するわけですから、当然、追突事故をおこさないよう、その運行システムには二重、三重の安全装置が施されていたはずです。それなのになぜ、そうした安全装置がまったく機能しなかったのかが大きな謎となっています。当局には、徹底的な事故原因の究明を求めたいと思います。
事故が起きて、もうひとつ驚かされたことは、事故で壊れた車両の先頭部分の残骸を、重機で破壊し、現場近くに大きな穴を掘って埋めるという行為が行われたことです。
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重大事故を起こした車両の残骸は、どのようにぶつかったのか事故の状況や原因を突き止める上で、重要な手がかりを与えてくれるものです。
また、車体がどのように壊れたかを知ることは、今後、より頑丈な車体を開発する上での貴重な技術資料にもなり得ます。
ところが、今回の事故では、事故車両を、重機で破壊した上、土の中に埋めてしまったのです。それは、自分たちにとって都合のわるいものは、人前に晒したくない、はやく隠してしまいたいという、中国特有のメンツから来ているのではないかと思います。
しかし、かえって、それは、事故の真相究明や高速鉄道の安全技術確立に向けた中国鉄道当局の意欲の欠如を世界に知らしめるという皮肉な結果になりました。
当局は、きょうになって、いったん埋めた車両を掘り起こし、別の場所に運んだということですが、すでに重機によって壊され、新たな力が加えられた車両がどこまで事故の原因究明につながるかは、疑問を持たざるをえません。
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今回、さらに驚かされたのは、事故発生早々、あっという間に、現場の運行を管理する上海鉄道局の局長や幹部あわせて3人を解任してしまったことです。まだ、事故の原因すらはっきりしない段階での大胆な処分。そこには中国が誇りとしてきた高速鉄道の威信を傷つけたとことへの懲罰的な意味がこめられているものと見られます。
もし、他の地域で高速鉄道が重大事故をおこしたら、責任者は即クビだという一罰百戒の見せしめにすることで、事故の再発防止を徹底させようという当局の意図が透けて見えます。
しかし、解任された責任者は、本来なら事故の後先頭に立って、原因究明や、遺族や負傷者へ対応に尽くすべき立場にありました。
責任者を失った鉄道当局の被害者や遺族への対応は、かなりお粗末で、不満の声が噴出しています。しかも、そうした被害者や遺族が、逆に、当局の監視を受けているといった報道まで伝えられていることには、ただ驚くばかりとしか言いようがありません。
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当局の安全性軽視の姿勢は、事故の後、わずか1日半、35時間で、現場を復旧し、列車の運転を再開させたことからもうかがい知れます。事故がおきた地点、この絵では高架の壁の内側になりますが、線路脇には、まだ、事故車両の車輪など残骸が残されていました。しかし列車は、なにも無かったかのように運行を再開したのです。これは、海外の目には、安全軽視の運行という強引なやり方に映りました。都合の悪いことは、一刻も早く忘れたい。
無かったことにしたいという思惑が働いているのではないかとすら、疑われたのです。
このように、今回の事故は、事故そのものの重大さもさることながら、その後、車両を埋めたり、運転再開を急ぐなど当局が打ち出した対応策が裏目に出て、かえって、悪い印象を世界に植え付けることになりました。どうしてそんなことになったのか、私は、中国にとって高速鉄道こそメンツにかけても損ないたくない、国威発揚のシンボル的存在だったからではないかと思います。
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中国の高速鉄道計画の発端は、1978年、当時復活したばかりの鄧小平副首相が、日本を訪れ、新幹線に試乗したときに始まります。その速さと、乗り心地のよさに感動した鄧小平氏は、帰国するとすぐに、改革開放政策の青写真を作り上げ、日本の新幹線のような高速鉄道を中国に走らせる計画がスタートしました。北京オリンピックの時期に、高速鉄道を開通させる。それは、かつて東京オリンピックの時に新幹線を開通させた日本のやり方を意識したものだったといえます。高速鉄道はまさに、高度成長のシンボルと考えられたのです。
中国高速鉄道の技術も、当初は、日本の方式を導入する方針がかなり先行しました。ところが、2001年以降、まず、総理大臣の靖国参拝問題をめぐって、日中関係が冷却化し、中国の国民の間に日本の新幹線技術を中国に導入することへ反発が強まります。
結局中国は、世界中の高速鉄道の技術を取り入れながら、独自の国産新幹線を作る方向へと舵を切ることになりました。
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中国には、四不象という名前のおもしろい動物が生息しています。角は鹿のようだが鹿ではない。顔は馬のようだが馬ではない。尻尾はロバのようだがロバではない。足は、牛のようだが牛ではないという不思議な動物です。
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実は、中国の新幹線もまさにこのような不思議な乗り物として作られてきました。日本やドイツ、カナダ、それにフランスからそれぞれ車両製造の技術を導入、フランスからは、また信号システムの技術を取り入れ、それらを組み合わせてひとつの高速鉄道の独自システムとして作り上げたのです。日本の新幹線の列車運行システムは、時速300キロという高速列車を分刻みのダイヤで安全に運行できる優れものです。しかし中国は、そのシステムを採用しませんでした。当時、中国に技術提供をした日本のメーカーは、中国独自のシステムでは、時速200キロを上回るスピードで在来線を走らせることには大きなリスクがあると進言したといいます。
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それは、たとえてみれば、あたかも一般道路にレーシングカーを走らせるような危うさを秘めていたからです。よほどしっかりとした安全システムを構築しなければ、万一のときに対応できないという懸念があったのです。それでも中国は、時速200キロ以上という速度にこだわり日本の技術に改造を加えスピードアップを達成しました。それこそ、中国が独自の技術と主張するゆえんです。
中国は、現在、アメリカやロシア、ヨーロッパなど、将来、高速鉄道の整備を計画している国々に、高速鉄道技術の特許を次々と申請し、本格的な売込みをめざしています。
しかし死傷者200人以上という今回の大惨事によって、その計画も、おおきな打撃を受けたことは間違いありません。中国を訪れる外国人観光客にも、高速鉄道を敬遠する動きが出ています。地に落ちた信頼を回復するために中国がまずなすべきこと、それは、車両のスピードを誇示することでも、建設コストの安さを誇ることでもありません。まず、安全を最優先する心構えしっかりと示すこと、そして何より、安全運行の実績を一年一年、地道に積み上げてゆくことが欠かせないのではないでしょうか。いま、世界中の目が、中国当局の事故後の対応その一挙一動に注目しています。
(加藤青延 解説委員)
