時論公論 「B型肝炎和解へ 残された課題」2011年01月27日 (木)

後藤 千恵  解説委員

【前説】集団予防接種が原因でB型肝炎に感染したとして患者らが国を訴えている裁判で、政府と原告がともに和解案を受け入れることを決め、裁判は全面解決に向けて動き出しました。しかし、救済のための財源を確保するために国民の理解をどのように得ていくのか、過ちを繰り返さないための検証作業をどのように進めるのかなど、課題は山積みです。今夜は、B型肝炎訴訟の残された課題について考えます。

【「ひとごと」ではない裁判】

今回の裁判ほど、私たち多くの国民に関わりのある、いわば「ひとごと」ではない裁判は、これまでにありません。

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日本では、昭和23年に予防接種が義務付けられ、多くの人がジフテリアや百日咳など、様々な集団予防接種を受けてきました。最高裁判所は5年前、患者ら5人が訴えた裁判で、B型肝炎に感染したのは、その予防接種で、国が注射器の使い回しを放置したのが原因だとして、全面的に国の責任を認めました。

国は、注射器を使い回すことの危険性を昭和23年にはすでに認識していました。しかし、注射針と筒、その両方を使い捨てにするよう指導したのは、昭和63年。この40年の間に、政府の推計では最大で47万人がB型肝炎に感染したとみられています。この間に幼い頃、集団予防接種を受けた人、正確に言いますと、昭和16年の7月2日から昭和63年の1月27日までに生まれた人で、満7歳になるまでに予防接種を受けた人は、もしかすると感染していたかもしれない、ということになります。中には、感染していることに気付いていない人も多くいるとみられます。この裁判は、まさに「ひとごと」ではない裁判だということを、私たちはまず頭に入れておく必要があります。

【和解案の概要】

最高裁判所の判決で、責任が認められた後も、国は原告以外のB型肝炎の感染者に対して、救済策をとろうとしませんでした。そこで、国の姿勢を改めさせ、広く救済策を取らせようと、各地で再び裁判が起こされました。

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全国の10の裁判所で、630人の患者や感染者、遺族らが原告に加わりました。このうち、札幌地方裁判所が和解案を示しました。この中で、病気を発症した患者には、最大で3600万円の和解金を支払う。最も大きな焦点となっていた、感染しているけれども症状が出ていない原告については、一人当たり50万円の和解金を支払うほか、今後の定期検査の費用や交通費などを支払うとしています。もしもこの先、病気を発症したときには、その症状に応じた和解金を支払います。

【苦渋の選択を迫られた原告】

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この案を受け入れるかどうか、原告の人たちは先週末、全国各地から東京に集まって話し合いました。この中で特に、感染しているけれど症状が出ていない原告からは、50万円の和解金は受け入れがたいという声もあがりました。いつ発症するかわからない不安。就職や恋愛、結婚などでの差別など、これまで受けてきた被害の大きさを考えれば、十分ではないというのです。しかし、最終的に、原告団は、発症から時間が経って賠償を求める権利がなくなっている患者も含めて、全員を救済することなど、いくつかの条件を提示した上で、和解案を受け入れることを決めました。患者の中には症状の重い人も多く、一刻も早い解決を求めるべきだという声を受けての苦渋の選択でした。

【国に課された課題 (1):謝罪と説明】

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一方、政府も、和解案を受け入れることを表明しました。ただ、救済のための具体的な枠組みづくりはこれからです。何よりも重要なのは、謝罪と説明です。
原告のうち、24人は亡くなっています。医師から余命を宣告された人も多くいます。肝臓がんの治療を続けている東京原告団の田中義信さんは、手術で切り取った肝臓の一部の写真を私たちに見せて、その苦しみを訴えました。田中さんは50代。半世紀も前に受けた予防接種が原因で突然、言い渡された「命の危機」に言葉を失ったと云います。和解金を支払うだけでは、原告の人たちの辛さ、苦しみは癒されません。

また、政府の推計では、感染の被害を受けた人は40万人を超えていますが、実際には感染に気付いていない人が多くいるとみられます。B型肝炎は、感染しても、自覚症状が少ないのです。でも、放っておけば、知らないうちに症状を悪化させてしまうことがあります。本来なら、5年前、最高裁判所で責任が認められた時点で、政府は、予防接種の感染被害について、国民に知らせ、検査を呼びかけるべきでした。でも、そうはしなかった。今、改めて国民に丁寧な説明を行い、B型肝炎への差別や偏見をなくす啓発にも合わせて力を入れ、検査を促していかなければなりません。

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一方、政府の試算によりますと、和解案に沿って、被害を受けた人全員を救済した場合、最大で、はじめの5年間で1兆1千億円、その後の25年間で2兆1千億円、合わせて3兆2千億円の財源が必要になるといいます。これは、今、感染に気付いていない人も含めて、予防接種でB型肝炎に感染した最大で47万の人たちが全員、裁判所の被害認定を受けると仮定した上での試算です。国は、救済のための基金を作り、対応するとしていますが、厳しい財政状況の中、財源をどう確保するかは決まっていません。国民に負担を求めるからには、なぜこんな事態に至ったのか、きちんと説明する必要があります。それが十分に行われなければ、負担増に対する批判の矛先が、原告の人たちに向けられることにもなりかねません。責められるべきは被害者ではなく、被害を広げた国であること。その事実を、国民にしっかりと伝えることです。

【国に課された課題 (2):徹底した検証】

そのためにも必要となるのが、徹底した検証作業です。

政府の責任の重大さを伺わせる一つの文書があります。

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昭和62年。WHO=世界保健機関が出した勧告文です。「一回ごとに注射器の針と筒を換えるように」という勧告なのですが、その文書にはこうあります。

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「注射の針は換えても、筒は換えずに連続して使うという危険な行いが、特に開発途上国において、一般に行われている」。つまり、当時、多くの先進国では、注射の際、一回ごとに針と筒を変えるのが当たり前になっていました。ドイツでは、昭和40年代から、針と筒の両方を換えていたといいます。しかし、このとき、当時の厚生省は、そうした指導を行っていませんでした。昭和20年代、30年代であれば、医療事情も厳しく、政府としても対応が難しい面があったかもしれません。でも、使い捨ての注射器が普及し始め、世界的にもその使用が当たり前となっていた時になお、厚生省がその使用を徹底させなかったのはなぜなのか。厳しく検証してほしいと思います。

厚生労働省の担当者に、この時のことを聞くと、「20年以上も前のことだから、担当者はいないし、どうしてなのか、私にはわからない」と口を揃えます。「当時の担当者がいない」。これまでも、後になって行政の過失が問われたとき、何度も聞かされてきた言葉です。担当者がいないから、責任は問われないということにはなりません。

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徹底した検証を行うには、厚生労働省の内部だけではなく、有識者や被害を受けた人たちも参加する検証委員会を作る必要があります。なぜ、こんな事態が起きたのか、原因を厳しく追及するとともに、責任の所在を明らかにし、再発の防止につなげなければなりません。自らの過失についてしっかりと検証し、その検証過程をすべてオープンにして、国民に説明し続ける。医療行政への信頼を取り戻すにはそれしか道はありません。裁判は和解に向けて進みますが、政府に課された課題は山積みです。

(後藤千恵 解説委員)