時論公論 「スーダン南部 独立へ」2011年01月13日 (木)

出川 展恒  解説委員

こんばんは。
今年、アフリカに新しい国が誕生する見通しとなりました。
20年以上にわたって激しい内戦が続いたスーダンで、
いま、南部の独立の是非を問う住民投票が行われています。

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映像は、スーダン南部の中心都市ジュバの投票所です。
数千人の住民が行列をつくり、たいへんな熱気です。
投票は、あさって15日までで、このまま進みますと、
南部の住民の賛成多数で、分離独立が決まる見通しです。

しかし、スーダン南部の独立は、多くの困難や危険を伴います。
平和で安定した国ができるのか、それとも、再び流血と混乱を招くのか、
その影響は、アフリカだけでなく、世界に広がります。

たとえば、スーダンは、かつて、内戦の混乱で
国際テロの首謀者オサマ・ビンラディン容疑者の拠点となりました。
国づくりに失敗すれば、再び国際テロの発信基地となる恐れもあるのです。

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スーダンは、日本の7倍の面積があり、アフリカ大陸最大の国です。
豊富な石油資源を武器に、近年、高い経済成長を達成しています。
中国の進出が目立ち、スーダン産原油の半分以上を輸入するなど、
最大の貿易相手国となっています。

スーダンは、独立以来、内戦の連続でした。
1983年に始まった「南部と北部の内戦」では、
およそ200万人が犠牲になりました。

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そして、2003年から続く、
西部のダルフール紛争では、30万人以上が死亡し、
「世界最悪の人道危機」とも呼ばれています。
これに関連して、国際刑事裁判所は、
バシール大統領が自ら、大勢の住民の殺害を命じたとして逮捕状を出し、
国家元首が国際手配中という異常な事態です。

今回、南部で行われた住民投票は、南北の内戦の和平合意に基づくものです。

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スーダンは、19世紀以降、隣のエジプトとイギリスの支配を受けました。
イギリスは、異なる民族や宗教の対立を煽って支配する、
いわゆる「分割統治」の手法をとりました。

スーダンは、1956年に独立しましたが、
東西冷戦のまっただ中、
アメリカは、スーダンの共産化を防ぐため、独裁政権を容認し、
国内のイスラム原理主義勢力を支援したと言われています。

このように、外国の植民地支配や介入が続いたことで
スーダンの社会と経済は大きく歪められ、地域間の格差が広がり、
相次ぐ内戦の悲劇に見舞われたのです。

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スーダンの北部は、アラブ系のイスラム教徒が多く、
南部は、アフリカ系のキリスト教徒が多く暮らしています。

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83年、アラブ系が主導する中央政府は、イスラム法を導入し、
これに反発した南部の勢力が武装闘争を開始し、内戦に突入しました。

その後、政権を握ったバシール大統領は、イスラム化を徹底させ、
反対派を厳しく弾圧しました。
植民地時代から続いた社会の矛盾を、
民族や宗教の対立にすり替えながら、独裁体制を築いていったのです。

これに対し、反政府勢力は南部に結集し、バシール政権打倒を掲げて戦い、
22年に及ぶ内戦で、およそ200万人が死亡しました。

欧米や周辺諸国が仲介にあたり、
2005年1月、「包括和平合意」が結ばれ、ようやく内戦が終わりました。

この合意に基づいて、北部と南部の「暫定統一政府」がつくられ、
去年4月には、大統領選挙と議会選挙が行われ、
バシール大統領が再選されました。

そして、この和平プロセスの最終段階として、
南部の分離独立の是非を問う住民投票が行われたのです。

有権者登録した南部の住民およそ400万人が
今月9日から15日までの間に投票します。

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南部は、文字を読めない人が多く、
投票用紙には、絵が描かれています。
分離独立に賛成する人は、「手を挙げている」方の絵に、
インクをつけた指を押し、投票します。

投票率60%以上で、住民投票は成立し、
投票した人の過半数の賛成があれば、スーダンからの分離独立が決まります。

これまでのところ、大きな衝突や混乱は起きていません。
このまま無事に投票が終われば、
圧倒的多数の賛成で、南部の独立が決まる見通しです。

南部では、大部分の住民が、
長年にわたって北部の中央政府から差別され、
虐げられてきたと感じているからです。
統一国家スーダンの将来に希望はない、と考える人が多いのです。

住民投票の結果は、来月までに確定し、
今年7月にも、新しい国家が誕生する見通しです。

しかし、多くの問題や障害が待っています。

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■まず、バシール大統領が
住民投票の結果をすんなり受け入れるかどうかです。
バシール大統領としては、資源が豊富な南部は手放したくないのが本音で、
国際社会からの圧力を受け、しぶしぶ住民投票に同意しました。

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とくに、アメリカのオバマ政権は、
「スーダン政府が和平合意を尊重し、住民投票の結果に従うなら、
 経済制裁やテロ支援国家の指定解除も検討する」と伝えてきました。

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国際的な孤立から抜け出したいバシール大統領は、
今月初め、自ら南部を訪れ、
「どんな結果でも、住民の判断に従う」と表明しました。

ただ、実際に、「南部の分離独立」という結果が出た場合に、
バシール大統領がどう対応するか、予測できません。

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■次に、南部と北部の境界線の画定問題です。

実は、南北の境界線のおよそ20%は未確定のままで、
今後、両者の交渉で決めることになっています。

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とくに、南北の境目付近にある「アビエイ地区」は、
大きな油田があるため、双方が領有を主張しています。

南北どちらに帰属するかは、
アビエイ地区独自の住民投票で決めることになっていましたが、
実施方法をめぐる対立で、延期されました。

そのアビエイ地区では、数日前、
アラブ系の遊牧民とアフリカ系の住民が衝突し、20人以上が死亡しました。
アビエイ地区の帰属問題は、大きな対立の火種となります。

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■そして、豊富な石油資源を、南北でどう配分するかという難問があります。

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スーダンは、国家収入のおよそ6割を石油に頼っていますが、
そのうちの80%は南部で生産されています。
南部に大きな油田が集まっているからです。
これを北部に延びるパイプラインで輸送し、
紅海の港から外国に輸出しています。

「包括和平合意」により、南北で半分ずつに分けてきた石油収入を、
今後、どう配分し、どういうルートで輸出するのか。
取り扱いを誤れば、戦争にもなりかねないデリケートな問題です。

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■次に、南部が独立した場合、国家として自立できるかという問題です。

長い内戦と中央政府の偏った政策の影響で、南部は開発から取り残され、
大学や病院、舗装された道路などはほとんどなく、
小学校に通える人も、6人に1人しかいません。

住民の2人に1人は、1日1ドル以下の生活で、
外国からの食料支援で命をつないでいます。

外国に避難していた人々が、大勢帰ってくることが予想されますが、
働く場所も、職業訓練の機会もありません。
兵士ばかり大勢いて、国づくりの人材は育っていません。

■さらに、南部の中にも、異なる民族や部族どうしの対立抗争があり、
衝突や流血事件も相次いでいます。

語り尽くせない苦難を経験した南部の人々にとって、
スーダンからの分離独立は、長年の悲願と言えますが、
たちまち、その道の険しさに気づくことでしょう。
そして、南部の独立は、西部のダルフール紛争や、
アフリカ各地の独立運動を刺激し、波及する可能性もあります。

アフリカでは、50年前、多くの国が独立しましたが、
民族や宗教、文化のつながりを無視した植民地時代の国境線がそのまま残り、
今日の紛争の原因となっています。
スーダンは、植民地時代の負の遺産をどう克服し、
新しい国づくりを成功させるかという、重い課題に直面しています。
もし、失敗すれば、再び戦争を招き、世界の安全を脅かす恐れもあります。
スーダンを安定に導けるよう、国際社会全体でとりくむべき時だと思います。

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(解説委員室 出川展恒)