<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
時論公論 「諫早湾干拓に開門命令」2010年12月07日 (火)
合瀬 宏毅 解説委員
こんばんは。時論公論です。
佐賀県や長崎県などの漁業者が、諫早湾の干拓事業で被害を受けたと訴えた裁判で、福岡高等裁判所は昨日、一審に続き堤防の排水門を、5年間開けるように、国に命じる判決を下しました。「諫早湾干拓が、漁業被害を引き起こした」とする漁業者側の主張を、全面的に取り入れた形です。
諫早湾干拓の開門を巡っては、国と漁業者の間で長い間、意見が対立してきました。国は判決を受け入れて、開門調査を行うのか。今夜は高裁判決の意味と諫早湾干拓の行方を考えます。
諫早湾干拓は、大規模な農地の造成と、高潮や洪水に対する、防災機能の強化を目的に、平成元年、国の直轄事業として工事が始まりました。
平成9年には諫早湾の3分の1に当たる3550ヘクタールが、全長およそ7キロの堤防で締め切られ、堤防内に、海水が入らないように、南北2カ所にある、排水門も閉じられました。
2500億円を掛けた干拓工事は、おととし3月に完了し、現在は41戸の農家がトマトやジャガイモなどを栽培しています。
![]()
裁判を起こしたのは佐賀や長崎など有明海沿岸の漁業者ら、およそ2500人です。
堤防の締め切りで潮の流れが変わるなど、環境が悪化した上、諫早湾の干潟が失われて、漁業に大きな被害をもたらした。国に堤防を撤去するよう求めるというものです。
有明海は干満の差が最大6メートルに及ぶ海です。この潮の満ち引きと広大な干潟が海の水を攪拌し、水質を浄化して「宝の海」と呼ばれる豊かな海を作ってきました。
しかし諫早湾が堤防で締め切られたことで、赤潮の発生が増加し、堤防の締め切りの3年後には、養殖ノリは歴史的な不作に見舞われたほか、貝などの水揚げも激減したと言います。
裁判の最大の争点は、有明海の漁業不振と、諫早湾を堤防で締め切ったことに因果関係があるのかということでした。
一審の佐賀地方裁判所は、堤防の撤去は認めませんでしたが、有明海のうち諫早湾の付近に限って、堤防の締め切りによる漁業被害を認めました。そして詳しい調査のために堤防の排水門を5年間にわたって常時、開放するように国に命じたのです。
![]()
被告の農林水産省はこれを控訴し、(1)漁獲量の減少はここだけでなく全国的な傾向。(2)堤防は高潮や洪水時の防災に高い効果を発揮している。それに(3)水門を開放すれば内部の水が塩水となり、これを使っている農業が存続できなくなると主張しました。
そして調査には、対策を含め630億円という莫大な費用が掛かり、開門調査はマイナスの方が大きいと主張していました。
これに対し、高裁は「諫早湾の付近では堤防の締め切りで水質が悪化し、カレイや車エビなど、全国と比較しても、遙かに漁獲量が減少している。堤防の締め切りが諫早湾付近の漁業被害を引き起こした可能性がある」としてこれを棄却しました。
また防災機能などについては、河川改修や排水路の整備も大きく、堤防の防災機能は限定的だとしました。
さらに、下水処理水などを利用すれば農業を続けていくことは可能で、対策のための費用も国が言うほど掛からない。
そして防災上やむを得ない場合を除いて、堤防の排水門を5年間、開放するよう国に命じました。
国の訴えは全面的に否定されたというわけです。
この判決をどう考えれば良いのかです。
自然環境に大きな影響が、出る恐れのある、巨大プロジェクトの推進に当たっては、事業の効果や恩恵を強調するだけでなく、デメリットも含めた説明が欠かせないと思います。
しかし農林水産省は、これまでたびたび裁判などで、中長期の開門調査などを求められていたにも関わらず、これを先延ばししてきました。
裁判所としては、行政の説明責任として、因果関係について自らが証明することを求めたと言えそうです。
さて国は開門調査をどうするのでしょうか。
鹿野農林水産大臣は今日の会見で「厳しい判断がされた。関係省庁とも相談しながらどう対処するか検討したい」と述べ、上告するかどうか協議するとしています。
しかし農林水産省は今年3月、当時の赤松農林水産大臣の元で、「開門調査をすることが妥当だ」とする判断をしています。
しかも菅総理は、これまでも、諫早湾干拓を「無駄な公共事業の象徴」と位置づけ、一審の判決の時には判決を支持していました。
こうした経緯を考えると、国は開門調査の判断を早めにすべきではないでしょうか。
では開門調査で何が分かるのかです。
漁業関係者が最も関心を寄せているのが、諫早湾干拓と、有明海全体の、環境悪化との、因果関係です。裁判では干拓事業が、諫早湾付近への漁業に影響を与えていることは指摘しました。しかし有明海全体については認めていません。
有明海での赤潮の発生は、干拓工事が始まった1997年の17回から翌年には30回に増加し、その後も増加傾向が続いています。
またタイラギやアサリと言った2枚貝は諫早湾の締め切り以前と比べ、半分近くになっています。
農林水産省が2002年に行った短期間の開門調査では、海流の流れが弱くなっていることで、酸素の少ない層が出来やすくなり、アサリなど貝類の減少に影響があると指摘したものの、詳しいことは分からないとしています。
長期の開門調査では、こうしたデータを元に、諫早湾干拓事業の、有明海全域に及ぼす影響について詳しく調べることになります。
しかし開門調査実施には課題も山積しています。
例えば長崎県など地元への配慮、対応です。諫早湾干拓にはすでに41軒の農家が入植しトマトやじゃがいもを作っています。中には大規模化を目指して8000万円もの投資をした人もいます。長期の開門調査をすれば、塩害など、農作物に様々な影響を与える恐れがあります。
また堤防付近の漁業への影響も心配です。
堤防の内部にはヘドロの蓄積が指摘されています。短期開門調査では、堤防内からの排水で、養殖あさりが大量死したほか、魚介類の水揚げにも影響を及ぼしました。このため国は関係漁協に6000万円の補償金を支払っています。この対策をどうするかです。
さらに有明海全体の環境への影響です。堤防が締め切られてすでに10年以上が経過し、有明海には新たな環境が出来つつあります。排水門を開けることで、環境に負荷がかからないか、注意が必要です。
![]()
このように長期の開門に当たっては、様々な課題があります。
このため農水省では現在、開門調査のための環境アセスメントを進めており、5月には評価案が出される予定です。
開門調査に当たっては、こうした様々な影響を考えて、最も影響の少ない最善の方法を考えるべきでしょう。
環境の変化が生態系にどのように、そしてどの程度影響を与えるのか、科学的に定量的に導き出すのは極めて難しい作業です。しかしいつまでも曖昧にしておくと、漁業と行政、農業と漁業などとの間の対立は解けません。
開門の是非を巡る争いに終止符を打ち、有明海再生へ踏み出すためにも、国の迅速な決断が求められていると思います。
