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原発事故発生から12年~福島の復興と避難者は

松本 浩司  解説委員

福島第一原子力発電所の事故発生からあすで12年になります。唯一、住民がいなかった双葉町でも住民の帰還が始まりましたが、原発周辺の町では帰還者が伸びずに町の存続をかけて帰還や移住、経済再生の努力が続けられています。一方で避難を続けている人の調査や支援は先細る傾向が見え始め、支援のありかたや避難者の全体像の把握も課題になっています。

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▼住民の帰還やなりわいの再生
▼縮小する避難者支援事業
▼前例のない長期避難の調査の必要性、を考えます。

■住民帰還となりわい再生の取り組み■

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住民の帰還はどこまで進んだのでしょうか。11市町村の避難指示が出された地域の居住率はほぼ回復したところもありますが、原発周辺の町では数パーセントから十数パーセント、全体でも25パーセントほどにとどまっています。

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帰還のために不可欠な買い物や医療など生活環境の整備は一定程度進み、公営住宅5000戸が整備されました。働く場の確保は、官民の組織が5000事業者を訪問や支援し、半数が事業を再開。国は「ロボット」や「再エネ」など先端産業を集約させる大型事業を進めていて、研究都市づくりの拠点として福島国際研究教育機構を来月、発足させます。
新たに移住する人も少しずつですが増えていて、この5年間で1000人近くが移住。移住者に200万円、起業をした場合400万円を支援する制度も始まっています。

■縮小する避難者支援事業■

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一方で、原発周辺には立ち入りが厳しく制限されている帰還困難区域が広く残されていて、いまも2万1000人が福島県から県外に避難をしています。
自治体などのアンケートからは避難先で生活再建を進めた人が少なくない一方、収入の減少や孤立化、生きがいの喪失などで困窮度を深めている人も多いことがわかっています。震災関連死が2333人と被災3県で突出して多い背景にも長期避難があると考えられています。

福島県は避難者を支援するため全国各地のNPOなどに委託をして拠点を設け、相談を受けたり、交流会を開くなどの取り組みを続けています。

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そうした中、今年度から避難者の支援事業のひとつが縮小されNPOなどに戸惑いや反発が広がっています。県外に避難している人が福島で開かれる交流会に参加する費用を県が補助する事業で、復興状況を聞いてもらったり情報交換をしてもらったりすることで帰還や生活再建を後押ししようというものです。

今年度からその参加条件が厳しくなったほか、これまで交流会の前後1週間程度、帰還の検討などのため自分の町に戻って自費で滞在することが認められていましたが、事実上できなくなりました。また主催をするNPOの運営補助も縮小されました。このため採択された団体は例年のほぼ半分の25に減少し、参加者が大幅に減ったNPOが少なくありません。

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これについて福島県は「運用の基準は変えていないが、公金で行われているので交流会に参加するという本来の趣旨にあっているかやNPOの支出が事業に必要な範囲内か適正に判断した」と説明しています。

一方、毎年30人から50人ほどいた参加者が2人になった支援団体の代表は「支援をしている避難者の半数が帰還するか悩んでいるが、事業の縮小でふるさととのつながりが弱まるとショックを受けている人もいる」と話しています。
また参加者が半減したというNPOの担当者は「公金を適正に運用するのは当然だが、要件が厳しくなりすぎたと思う。交流会を続けてほしいという声は多いが、来年度うちで主催するのは難しくなるだろう」と話しています。

適正さや効果の検証は不可欠で、帰還や生活再建などの目的が達成されれば役割を終わる事業です。ただ「帰還できなくてもふるさととのつながりを持ち続けたい」という被災者の切実な声を受けて始まったという経緯も忘れてはなりません。いま、どういう段階にあるのか、県は現場の声をよく聞いて支援に取り組んでもらいたいと思います。

■避難の全体像把握と記録をする必要性■

ここからは3つめのポイント、避難者全体の調査についてです。

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避難者に対するアンケートは自治体や研究者などが行ってきましたが、避難者全体に対する調査は行われていません。
避難元の市町村が行ってきた調査は主に帰還意向を確認するためのもので、継続しているのは4町だけになっています。避難先の県などの調査もありましたが、ほとんど打ち切られています。

この12年間、避難者ひとりひとりがどういう状況に置かれたのか。どういう選択を迫られ、人生設計の変更を強いられたのか、そうした事実の集積こそが原発事故被害の実相にほかなりません。しかし、こうした観点からの避難者全体への調査は行われていません。

12年がたち帰還状況などに大きな動きがなくなってきたいま、風化が進む前に避難者全体への調査をしておく必要があるのではないでしょうか。

では、どういう調査が必要なのか。避難元での調査ですが、12年間の影響を継続して追ってきた調査があります。

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福島県川内村の毛戸地区と荻・貝ノ坂地区です。
山間に集落と農地が点在し、64世帯が暮らしていましたが、事故で全員が避難を強いられました。

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避難指示が解除されて7年になりますが、いまは26世帯と半分以下になり、荒れた家や更地が目立っています。農地には太陽光発電パネルが敷き詰められ、畜産施設も荒れたままになっています。

追手門学院大学の田中正人教授の研究グループは、この地区を対象に、各世帯の避難と帰還、帰還後の生活などを継続調査しています。

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世帯ごとにどこで避難生活を送り、何回転居を強いられたのか。
帰還できるようになったものの親世帯は戻っても子や孫は戻らず、世帯が2つ、3つになる分断がどう進んだのか。
農地や農業施設が放棄され、太陽光発電に代わっていった分布もつぶさに記録しています。

調査によって前例のない長期災害によってコミュニティーの破壊や家族の分断が進んでいった被害の全体像が明らかになりました。

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12年がたった今、できるだけ多くの避難者を対象にした調査が必要な理由は3つあると思います。
▼ひとつは前例のない長期災害、長期避難で困窮度を深めている人を確認し、必要な支援を行うため。
▼分散しているため見えにくくなっている避難者が受けた被害や長期的影響を正確に把握し、原発事故被害の全体像を明らかにするため。
▼そして原発事故に備え国や原発立地自治体、避難者を受け入れる自治体が、広域かつ長期の避難による二次被害を小さくする対策を考えておくためです。

【まとめ】
原発事故発生から12年がたちましたが、去年、ようやく一部で住民が住めるようになった双葉町をはじめ被災地の復興は始まったばかりと言えます。国は責任をもって復興を推し進める必要があります。
さらに避難者全体が受けた被害を調査して原発事故の全体像を記録し、教訓を継承することも大きな課題になっています。


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