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H3ロケット打ち上げ失敗の衝撃 危機を乗り越えるには 今何をすべきか解説します

水野 倫之  解説委員

日本の宇宙開発が危機的な状況に直面。
新型の大型主力ロケットH3の初号機が打ち上げに失敗。
日本のロケットの失敗は去年の小型のイプシロンロケットに続くもので、大型小型ともに強みだった信頼性が失われる事態。今後の日本の宇宙利用計画、そして最大の目標としてきた世界の衛星打ち上げビジネス参入へ大きな影響が避けられない。
きょうは
▽打ち上げで何が起きたのか
▽今後の原因究明は
▽影響を最小限にするために
以上3点から今回の打ち上げ失敗の意味について水野倫之解説委員の解説。

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おととい種子島宇宙センターから打ち上げられたH3の初号機。順調に上昇していき、およそ2分後に補助ロケットを切り離す様子も地上から確認できた。
そしておよそ3分半後に衛星を保護するカバーを分離、さらにおよそ5分後には第1段のメインエンジンの燃焼も終了して分離。と、ここまではほぼ計画通りだった。
異常が起きたのはその直後。打ち上げ5分16秒後に第2段エンジンが燃焼を始める予定だったが、着火できなかった。
ロケットは発射台を離れれば地上から遠隔操作で飛行させることはできず、エンジニアたちは第2段が立ち上がってくれることをひたすら願ったというがそれもかなわず、ロケットは徐々に失速し高度を落とした。このままでは衛星を軌道に投入できないと判断。打ち上げから14分後、指令破壊信号を送りフィリピン東方沖の上空でロケットを破壊、打ち上げは失敗した。

H3は今の大型の主力H2Aの後継機でJAXAと三菱重工業が2000億円余りかけて共同開発、今後20年間、日本の宇宙輸送の主力となることが期待されたロケット。その失敗だけでも大変な事態だが、今回、より手痛いのは、去年10月の小型のイプシロンロケットに続く失敗だという点。この半年間で大型・小型ともに強みだった信頼性が失われたわけで、関係者は大きな衝撃を受けている。

では失敗の原因は何なのか。

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まだ詳しいことはわかっていないが、JAXAでは第1段分離から2段着火予定の13秒間に何が起きたのかを中心に調べている。
第2段は1段の分離後、機体に取り付けられている制御装置から着火信号が出て、その信号をエンジン側の電子機器が受け止めて着火し、燃焼を開始する仕組み。
JAXAによると、着火信号は予定通り出て、エンジン側でも受信したことは確認されたが、この間に電圧が異常な値を示していたということ。JAXAではこうした電源系統を中心に調査を進めているが、まだ今は、飛行データを収集して時系列に並べている段階。予断を持つことなく、まずはデータを詳細に解析し、ほかにも異常がなかったかどうか洗い出しを急ぐ必要。
加えて今回は、日本の主力ロケットの連続の失敗なわけで、JAXAの開発体制や民間との役割分担など、これまでの開発の進め方に問題がなかったのかどうかまで掘り下げて究明することが求められる。

次に失敗の影響。
日本の宇宙利用計画と世界の衛星打ち上げビジネスへの参入、ともに大きな影響は避けられない。

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まず日本の宇宙利用計画、今回搭載していた地球観測衛星だいち3号が失われた。地上の80㎝のものを見分けられる高性能の望遠鏡で、地震や津波で被災範囲の緊急観測を行うことなどが期待されていただけに、防災関係者の間には落胆が。
またH3では来年度3回、さらにさ来年度に6回など、2029年度までに少なくとも24回、政府の衛星や探査機、輸送船の打ち上げが計画。
今のH2Aはすでに部品も生産されておらず、H2Aで代わりに打ち上げることは不可能で、こうした計画の大幅な見直しも予想。

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そして最も手痛いのが世界の衛星打ち上げビジネス参入への影響。
そもそも今、H2AがあるのにH3を開発したのは、H2Aのコストが高く、世界の衛星打ち上げ市場で苦戦を強いられたから。
H2Aはこの20年余りで失敗は1回のみ、成功率98%と世界最高レベルの信頼性を誇る。
一方で打ち上げコストが100億円とほかより高く、商業打ち上げは5回にとどまり、ビジネスはうまくいかなかった。

これを教訓に衛星打ち上げビジネスで世界と競えるよう、高い信頼性と低コストを両立するロケットとして開発されたのがH3。
目標は半額の50億円に設定。
しかしコスト削減のカギを握るメインエンジンでトラブルが相次ぎ開発は難航、当初計画より2年遅れてしまった。

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この間に、世界の衛星打ち上げ市場は激しく変化。多数の小型衛星で世界のどこでもネットにつなげたり、インフラ点検や農作物の生育状況を宇宙から確認するサービスが広がり衛星需要が拡大。年間数10機だった小型衛星の打ち上げは、今や2000機に迫る勢い。

それに伴い、世界のロケット打ち上げも増え続け、過去最多を更新。
最も多いのがアメリカ、中でもイーロンマスク氏のスペースX社が最多。
スペースXはロケットの第1段を再利用することで1回65億円の安さを実現し、世界の衛星事業者から打ち上げを受注。またアメリカ政府の協力も得て国内の複数の発射場を利用して毎週のように打ち上げを行ってなど、市場を席巻。

これに対して日本はH3の遅れと、イプシロンの打ち上げ失敗が重なり、去年は18年ぶりに打ち上げ成功ゼロとなり、世界との差は大きく広がっている。
この差を何とか縮めようと、今回万全の態勢で打ち上げに臨んだはずだったが、失敗で信頼性も失われ、世界との差がさらに拡大する結果に。

ただ日本にもチャンスは残されていると思う。

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ウクライナ危機でロシアがロケットの打ち上げサービスを拒否し、世界は今ロケット不足。三菱重工には世界の衛星事業者から問い合わせも来ていたということで、今回の失敗の影響を最小限にして、衛星打ち上げビジネスに乗り遅れないようにしていかなければ。
そのために今重要なのは、原因究明と再発防止の作業を、スピーディに進めること。
というのも宇宙ビジネスのテンポは速く、今年はヨーロッパも新型ロケットを実用化する見通しで、競争はますます激しく。
ここでもたついていると、シェアのほとんどを海外ロケットに奪われ、入り込む余地がなくなってしまう。
ただイプシロンロケットの原因究明作業も失敗から5か月たっても終わっていない。
こうした原因究明作業、これまでJAXAと文部科学省がそれぞれ対策本部を設置して行われ、同じ論点が繰り返し議論されるような場面もあり、時間がかかる原因の一つと。
今回はこうした形式的な検証はやめて、技術的な究明はJAXAが、また開発体制の検証は文科省の対策本部が行うなど役割分担をはっきりさせて効率よく作業を進めていかなければ。

ロケット開発に失敗はつきもの。スペースXも当初は失敗が相次ぎ、それを乗り越えて今がある。
日本もここで慎重になりすぎて打ち上げビジネス参入に乗り遅れるようでは開発の意味がない。
今回の失敗を糧に信頼性をさらに一段上げて、いかに早く再開につなげていけるかが、今問われている。


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