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ミャンマー・クーデターから2年 日本はどう向き合うか

二村 伸  専門解説委員

ミャンマーでクーデターが起きてから2年たちました。国軍は非常事態宣言を半年間延長し、8月に実施するとしていた民政移管に向けた総選挙の実施は難しい情勢です。アジア最後のフロンティアと呼ばれ世界の熱い視線が注がれていたミャンマーはどこへ向かうのでしょうか。ミャンマーと歴史的にも経済的にも深い関係を築いてきた日本はどのように向き合えばよいのか考えます。

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ミャンマーで独立以来4度目となる国軍のクーデターが起きたのはおととし2月1日。前年の総選挙でアウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主連盟が圧勝し2期目の政権がスタートする直前でした。国軍はスー・チー氏ら民主派勢力を次々と拘束し、スー・チー氏は裁判所から19件の罪、あわせて33年の禁固・懲役刑を言い渡されました。去年10月には北部の少数民族に対する国軍の空爆により50人が死亡、この2年間の市民の犠牲者はおよそ3000人に上っています。

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日本政府は、クーデター以降、国軍に対して▼暴力の即時停止、▼被拘束者の解放、▼民主的な政治体制の早期回復を求めてきました。今月1日には外務大臣談話を発表し、スー・チー氏の解放など政治的進展がないことと非常事態宣言が延長されたことに深刻な懸念を表明し、ミャンマーの国民や国際社会が受け入れられる平和的な問題解決に真剣に取り組むよう改めて求めました。

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ただ、対ミャンマー政策は欧米の国々とは大きく異なります。アメリカはクーデター2年にあたりミャンマーの選挙管理委員会と軍関係者をはじめ国軍の重要な収入源となっている国営石油ガス会社の幹部を対象とした追加制裁を発表。イギリスやカナダ、オーストラリアも新たな制裁に踏み切りましたが、日本は制裁に消極的です。日本は欧米のように厳しく締め上げるのではなく、対話を通じて国軍に働きかける戦略をとってきました。しかし、今の状況を見ればそのやり方がどれだけ効果があったのか検証する必要があるのではないでしょうか。
日本はクーデター後もミャンマー軍の将校らを防衛大学校などで留学生として受け入れ、「国軍に加担している」と批判されてきました。ようやく去年9月防衛省は民主化運動の活動家4人の死刑執行を受けて来年度以降国軍からの留学生を受け入れない方針を発表しましたが、守るべき自国民に銃を向けるような国軍との関係をもっと早く断ち切るべきだったのではないでしょうか。

ODA・政府開発援助についても議論が続いています。政府はクーデター後、新規プロジェクトを凍結しましたが、クーデター以前からの事業は継続中です。

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最大都市ヤンゴンと日本の企業が多数進出しているティラワ経済特区のある地域に架かる全長3.6キロの橋の建設は、日本の企業にとっても重要なプロジェクトですが、国軍系企業の子会社の関与が指摘されています。この他、農村地域の保健サービス、マラリア対策、職業技術訓練などが進行中です。ODAの全面中断を求める声もありますが、中断すれば人々の生活への影響が予想されるものもあるだけに、まずは市民生活の向上にどれだけ役立っているか、国軍を利することがないか慎重に精査し検証していくことが必要だと思います。

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また、日本やミャンマーから手を引いたら中国やロシアなどがとって代わるだけだと言われます。たしかに外国からの直接投資はクーデター後激減したものの去年は大幅に増え、半分強が中国です。ロシアは原子力分野や軍事面の協力を強化し、ミン・アウン・フライン司令官は去年7月に続いて9月にもロシアを訪れ、両国の緊密な関係をアピールしました。だからといって国軍に配慮し続ければ日本の信頼を損ないかねません。ミャンマーを変えるには国際社会が結束して圧力をかける必要がありますが、国際社会は分断を深め、欧米の国々はウクライナ危機への対応に手いっぱいで、ASEANも一枚岩ではないだけに日本が主導して改革を迫ってほしいと思います。

では日本の企業はクーデター後どうなっているでしょうか。
ミャンマーは2010年以降民主化を進め、アジア最後のフロンティアと注目されてきました。2012年には日本とミャンマーを結ぶ直行便が12年ぶりに再開されました。第1便には日本の大手企業トップがこぞって乗り込み、ミャンマー政府による歓迎を受けたあと投資の候補地だったティラワ経済特区を視察しました。ここはその後日本の円借款で道路や港湾施設、電気、水道などが整備され、日本の企業50社以上が進出しました。それが一転して先の見えないトンネルの中に入り込んでしまったのです。

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現在ミャンマーに進出している企業は400社あまり。数自体はクーデター前と大きく変わっていません。しかし、投資環境は激変しました。
JETRO・日本貿易振興機構が現地の日本企業を対象に行った調査の結果を見るとそれは歴然としています。▼クーデターの前年は5割近い企業が事業の拡大を見込んでいました。ところがクーデター後は2割を割り、縮小か移転・撤退が3分の1を占めました。わずか1年で事業拡大と答えた企業の割合がアジアオセアニアの19の国と地域の3位から最下位に落ち込みました。さらに去年は縮小・移転が4割を占めました。
▼営業利益も赤字見込みがおととし7割、去年は5割を占め、これも地域で最悪でした。企業関係者はしばらく様子見、じっと我慢だと話しています。

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国軍系企業と合弁で事業を展開したキリンホールディングスは強い批判を浴び合弁を解消、撤退を余儀なくされました。フジタは国防省所有の土地の開発を中断しました。企業にとっては現地従業員とその家族の生活もかかっているだけに簡単には撤退できませんが、これまで以上に徹底したリスク管理が求められています。

最後にミャンマーの圧政に苦しむ人たちに日本は何ができるか考えます。

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国連によれば国外に逃れた難民は130万人、国内の避難民は160万人に上ります。日本はそうした人たちに食料や保健医療など4700万ドルあまりの人道援助を行ってきましたが、状況が改善されないだけに長期的な支援が不可欠です。また、日本国内にも迫害から逃れてきた人や留学生や技能実習生など祖国に戻れなくなった人が大勢います。緊急避難措置としてこれまでに9000人が在留資格の期限が切れたあと就労可能な在留資格を付与されましたが、ウクライナから避難してきた人たちのような官民あげての支援態勢はありません。難民認定された人もおととしは32人だけでした。ミャンマー出身者の支援にあたっている渡邉彰悟弁護士は、「祖国で身の危険にさらされ、日本でも十分な保護と支援を受けられない人たちは、『二重の迫害』を受けているようなものだ」と述べ、人権を尊重し、難民認定を国際的な水準に近づけるよう政府に求めています。

クーデターから2年たちミャンマーへの関心は大きく低下しています。
同じアジアの一員、そしてG7議長国として日本は国軍にこれまで以上に強く働きかけるとともに身の危険にさらされながら世界から忘れさられようとしている声なき人々のために私たちももっと声を上げていく必要があるのではないでしょうか。


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