岸田総理大臣が掲げる次元の異なる少子化対策を巡って
国会では与野党の論戦が熱を帯びています。
こども予算をめぐって、各党がこれほど様々な提案を
競い合うことは異例のことと言えます。
(担当は竹田忠解説委員)
「論戦!“異次元”の少子化対策 ~問われる家族観」と題しまして三つのポイント
① 議論再燃!「こども手当」
② 「N分N乗」方式とは?
③ そして“異次元”に求められるもの
この3点について考えたいと思います。
【 深刻な少子化 】
まず、危機的な状況となっている少子化の現状です。
1970年代は200万人を超えることもあった出生数。
それが去年は、11月までに生まれた子どもの数は、73万5000人あまり。
半分を大きく下回り、前年と比べても5%減少しています。
過去10年の平均の減少率は年2.5%ほどですから、
倍の速さでこどもが減っていることになります。
調査開始以来、最も少なかった前年の出生数81.1万人をさらに下回り、
80万人を初めて割り込むことは確実です。
この事態について岸田総理大臣は、先月の施政方針演説で
「我が国は、社会機能を維持できるかどうかの瀬戸際と呼ぶべき状況に置かれている」
と危機感を露わにしました。
その上で、「出生率を反転させなければならない」
「年齢・性別を問わず皆が参加する、従来とは次元の異なる少子化対策を実現したい」
と決意を述べました。
【 焦点は所得制限 】
では、どのよう対策を行うべきなのか?
大きな焦点となるのが、経済的支援の柱である児童手当の拡充です。
児童手当は、中学生以下の子どもに対し原則月1万円~1万5千円を支給しています。
拡充する案としては、高校まで延長したり、
第2子、第3子にはもっと多くの額を支給したりと、様々な提案が出されています。
この国会で特に大きな話題となっているのが、所得制限の撤廃です。
波紋を呼んだのが、自民党の茂木幹事長の代表質問です。
この中で茂木幹事長は
「全ての子どもの育ちを支える観点から児童手当の所得制限は撤廃すべきだ」
と主張したんですが、その時、衆議院本会議場では、どよめきが起こりました。
なぜなのか?
それは、かつて旧民主党政権が、
所得制限をつけない「こども手当」を実施したんですが、
それに対して、単なるバラマキだと強く批判し、
ねじれ国会の状況もあって、
わずか2年後に所得制限を復活させたのが、自民党だったからです。
野党の中からは「言っていることがこれまでと違う」、
「変節だ!」などの批判があがりました。
茂木幹事長はその後、NHKの日曜討論に出演し、
これまで所得制限が必要だと主張していたこととの整合性を問われ、
「反省する。時代の変化に応じ、
必要な政策の見直しをちゅうちょなく行う。一緒にやりましょう」と、
出演していた与野党幹部に呼びかけました。
国会では今の所、所得制限の撤廃を求める声が強まっていますが、
自民党の中ではまだ異論も残っていて、
与野党の足並みが揃っているとは言いきれない状況です。
さらに問題は財源の規模です。
政府によると、所得制限の撤廃だけなら1000億円から2000億円程度。
しかし、支給対象を高校まで広げたり、
第二子、第三子の額を増やしたり、ということになると、
その額にもよりますが、
さらに数千億円から兆円単位の巨額のお金が必要になる見通しです。
そもそも岸田総理はこども予算の倍増を掲げていますが、
その道筋については今年6月までに大枠を示す、ということしか言っていません。
言い換えれば、それまでは具体的な議論も進まないということになります。
岸田総理は答弁の中で
「所得制限の撤廃を含め、様々な提案をいただいた。
国会での議論を踏まえつつ、具体策の検討を進めたい」と話しています。
【 N分N乗方式とは 】
そして、もう一つ、今国会で注目を集めているのが、N分N乗方式です。
与野党の間から導入を求める声があがっています。
これは一言でいうと、
子どもが多いほど税の負担が軽くなるという、子育て減税の一つです。
フランスで実際に導入されていて、出生率の向上に一役買ったとされています。
仕組みはこうです。
まず、わかりやすくするため
課税所得が1000万円のサラリーマンと専業主婦、
それにこども二人の4人家族を想定します。
控除などの条件を全て除外して
あくまで単純化したイメージで言いますと、
日本ではこの場合、適用される所得税率は33%。
その結果、最終的な税額はおよそ176万円になります。
これがもし、N分N乗だとどうなるか、
ちなみにNというのは家族の数、この場合は4です。
4で割って、また4でかける、という意味です。
どういうことかと言いますと
まず、世帯所得1000万円を家族の数の4で割ります。
そうすると、1人当たりの額は250万円になります。
これを課税所得として計算します。
すると、適用される税率はグッと下がって10%。
これを使って計算した1人当たりの税額は15万円となります。
それを今度は家族の数の4でかけて戻すと、
最終的な世帯の所得税額は60万円になります。
あくまで単純なイメージですが、
176万円が、60万円に大きく下がるわけです。
つまり、この方式は
所得税を個人単位ではなく、世帯単位で捉えることによって
こどもがたくさんいるほど、税負担を軽くするという仕組みです。
その一方で、この方式は扶養されている人が多いほど税が軽くなりますので、
共働きよりも、専業主婦世帯の方が、
より恩恵を受けやすくなる、という側面もあります。
これについて岸田総理大臣は
「共働き世帯に比べて、肩働き世帯が有利になることや、
高額所得者に税制上、大きな利益を与えることなど課題がある」と答弁しています。
【 異次元に求められるもの 】
また、このほかにも、
政府は現在、税以外でも幅広く少子化対策を負担してもらうため、
年金、医療、介護、そして雇用保険など、
様々な社会保険財政から少しづつ拠出してもらう、
子育て連帯基金と呼ばれる構想を検討しています。
岸田総理大臣は
「社会保険との関係や国と地方の関係など、
様々な関係について丁寧に財源を考える」と述べています。
ただこの仕組みについては、
医療も年金も、その制度を利用するために保険料を払っているのに、
なぜ、関係のないこども予算にまわされるのか?という疑問が予想されます。
しかし、こどもが多く生まれない限り、
社会保障制度も、そもそもこの社会も、維持することができません。
制度を存続させるために、こどもがいてもいなくても、
より多くの人に、子育て支援への理解と協力を求めることができるか、
そこがカギになってきます。
N分N乗方式も子育て連帯基金も所得制限の撤廃議論も、
従来とは発想が大きく異なります。
それをどう考えればよいのか?
重要なのは、問われているのは
子育ては誰が担うのか?という根本的な理念や考え方です。
問われているのは、家族観であり、社会観です。
子育ては家庭の責任という、伝統的な価値観なのか
それとも社会全体で支えるもの、と考えるのか?
その立ち位置の違いによって、
少子化対策の内容も、財源の負担のあり方も大きく変わってくる筈です。
国会での議論をさらに深めるべきだと思います。
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