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日本学術会議問題 "改革"と対立の背景

土屋 敏之  解説委員

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日本の科学者の代表機関である日本学術会議が先週会見を行い、内閣府が示した組織改革などの方針について再考を求める姿勢をあらためて表明しました。
政府とアカデミズムの対立と、学術会議の改革をめぐる課題について考えます。

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法律で日本の科学者の代表機関と定められ、昭和24年に設立された日本学術会議。科学を行政に反映させるため政府に科学的助言などを行う役割を持ち、「国の特別の機関」であるとともに、「独立して職務を行う」とも明記されています。
これまで例えば、自動運転が普及する将来に向け事故の際の責任などをどうするかや、大学入試の英語に民間テスト導入などの動きに際してはその問題点を指摘するなど、様々な提言も行ってきました。
会員は定数210人。自然科学や人文科学各分野の優れた業績を持つ学者が推薦された中から学術会議の委員会で候補を選考し、内閣総理大臣が任命します。会長は現在、ノーベル賞物理学者の東京大学・梶田隆章さんが務めています。
世界各国に科学者の代表として国に助言などを行う「アカデミー」と呼ばれる組織があり、学術会議は日本のアカデミーにあたります。

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この学術会議が一般にも注目されるようになったきっかけは、2020年、歴代総理が学術会議が推薦した候補をそのまま任命してきたのに対し、当時の菅総理が候補者のうち、安全保障関連法などに関し政府に批判的とも言われた学者ら6人を初めて任命しなかったことでした。
学術会議は今も6人の任命を求めていますが、政府は既に手続きは終了したとして、現在の焦点は学術会議の改革の議論になっています。
自民党のプロジェクトチームや学術会議自らもそれぞれ改革案をまとめてきましたが、これらを踏まえ去年12月、学術会議を所管する内閣府が「日本学術会議の在り方についての方針」を打ち出しました。
しかし、これに対し学術会議の総会では異論が続出。幾つもの懸念があるとして再考を求めています。一体なにが対立点になっているのでしょう?

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内閣府は学術会議に、政策判断をする政府などと問題意識や時間軸を共有するよう求め、そうした役割が果たせるよう、会員の選考には第三者が関与する「選考諮問委員会」を設ける考えです。ただし、この諮問委員を誰がどう決めるのか?どのような形で選考に関与するのか?などはまだはっきりしません。
そして、これらを今国会で法制化し次の会員選考に反映させる、3年後と6年後をめどに見直しを行って、例えば学術会議を国の機関ではない法人組織にすることや、その予算・会員の位置づけも検討する方針です。
これに対し学術会議は、優れた業績などを持つ学者を新会員に選ぶためには、現会員が主体となって選考を行う現在の方式が世界のアカデミーに共通するものだと、維持を訴えています。その上で既に次期会員の選考では、経済団体などからも候補の推薦を受け、企業の研究者や若手、女性など多様性を増す改革を自ら進めているとしています。
そして、選考に関与する「第三者」の人選や権限などによっては学術会議の独立性を侵害しかねない、さらにこの第三者組織の意見と異なる候補者名簿を学術会議が決めた場合、それを理由に任命拒否を行う道が開かれるのではと、強い危惧を示しています。
先週までに50以上の学会などが、政府方針への反対や学術会議支持の声明を出しており、政府とアカデミズムの意見対立は一致点が見いだせない状況です。

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ここまで対立する背景には、私は学術会議の、ひいてはアカデミズムの価値について、現在の政治と科学の側で大きく考えが異なっていることがあるように思います。
先週の国会質疑で岸田総理は、学術会議が国費が投入される国の機関でありながら独立して職務を行う以上、徹底した透明性、そしてガバナンス機能の強化が必要だと述べています。
欧米のアカデミーは非営利組織などの形であるのに対し、日本学術会議は「国の機関」で、10億円の予算が支出されています。ですから「国がお金を出す以上、国が求める役割を果たす人たちが選ばれる仕組みにすべきだ」という考え方もあるでしょう。ただ、実は欧米のアカデミーも国がその活動資金の多くを支出しており、その額が学術会議の予算を上回る国もあります。それでも会員の選考はアカデミー自体に委ねられています。
つまり、必ずしも国の意に沿った提言をしてくれるわけではないアカデミーに対し、先進国では資金を出して支え続けているわけです。

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その根底にあるのは、そもそも科学・学術には一国に限定されない普遍的な価値を追究し、人類全体に奉仕する役割があるという考えです。例えばノーベル賞が「人類に最大の貢献をした人々」に与えると規定されているのもその現れです。
こうした中立的な科学の視点は、時に政治や経済の視点からは抜け落ちかねない課題を示したり、短期的な政策課題の解決にとらわれない中長期的な道しるべにもなりえます。
一方で政府にはアカデミーの助言を採用する義務はなく、科学の声も意見の1つとして受け止め、その上で世論や経済状況など総合的に判断して政策を決める立場です。
つまり、アカデミーと政府は問題意識や時間軸が異なることもあり、むしろそこに価値があるとも言えます。

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もちろん、科学が目の前の政策課題に政府と共に取り組むことも重要な役割のひとつです。
日本でその中心となる組織としては内閣府の「総合科学技術・イノベーション会議」が挙げられるでしょう。こちらは総理を議長に関係閣僚、科学者や経済界からの有識者も加わり、そのメンバーは国会の同意を得て総理が任命します。
こうした今直面する政策の企画立案などを行う組織と、より中立的・長期的な視点を提示するアカデミーでは役割が違い、その在り方も自ずと異なるでしょう。
だとすると、学術会議は欧米のように国とは別の組織にすればよいのでは?という考え方もあります。
ただ、例えば日本の独立行政法人などは、所管する大臣がトップを決めることになっており、国から「独立」させることで逆に「独立性が低下する」懸念や、寄付文化の乏しい日本で資金をどこから得るかによっては中立性が損なわれるおそれもあります。こうしたことから、学術会議側は国の機関であることを変える積極的理由はないとしており、内閣府の方針でも当面は維持することになっています。
将来的には、独立性や予算を担保できる法整備と共に特殊法人などにすることも時間をかけて検討する価値があると思います。

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先週、学術会議は「対話の始まりとして」と題した梶田会長からのメッセージ動画を公開しました。これは、直接国民や社会に向けて今回の国の方針への学術会議の考えを説明すると共に、そもそもの学術会議の役割や活動内容についても紹介するものです。学術会議にはこれまでこうした情報発信が不足していた面は否めず、広く国民の理解を得るためのさらなる努力が求められます。
一方で政府には、この方針で本当にアカデミーの独立性を担保できるのか?なぜ法改正が必要なのか?など丁寧な説明が求められます。
気候変動やエネルギー危機、感染症のパンデミックなど、一国の利害の観点だけでは解決出来ない問題が山積する今日、独立した立場から科学的提言を行う各国のアカデミーの役割はますます大きくなっています。
その価値が広く社会に理解されることが、学術会議問題の解決には不可欠だと思います。


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土屋 敏之  解説委員

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