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住宅ローンの金利が上がるの?金利めぐる日銀と市場の攻防

神子田 章博  解説委員

世界的な金利の上昇と物価高で、長期金利の上昇傾向が強まっています。こうした中で日銀は、日本経済は依然として金融緩和が必要な状況だとして、あらゆる措置をとって金利を抑える構えを見せています。しかし黒田総裁の退任が今年4月に迫るなか、日銀が緩和政策を修正するのではないかという観測が消えていません。このまま両者のギャップが広がれば、将来市場の混乱をもたらす懸念も指摘されています。

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解説のポイントは三つです。
1) 長期金利めぐる日銀と市場の攻防
2) 修正繰り返された異次元の金融緩和策
3) 市場と対話の精神はどこへ

1) 長期金利めぐる市場と日銀の攻防
まず、長期金利という言葉になじみのない方も多いと思いますが、住宅ローンの固定金利を決める基準となるなど、私たちの生活にも関わりの深い経済指標です。その長期金利の上昇圧力が高まる中で、それを抑えきれなくなっていると指摘される日銀と市場の攻防についてみていきます。

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 ここでいう長期金利とは、返済までの期間が10年=いわゆる10年ものの国債の金利です。その水準は、市場で国債が売買されることで変動し、国債の価格が上がると、金利が下がる関係にあります。日銀は国債を大量に購入することで、先月までこの金利を0%プラスマイナス0.25%の変動幅の間に抑えてきました。ところが欧米などでの金利水準の高まりや、円安やエネルギー価格の高騰を背景とした物価の上昇で、日本でも金利の上昇傾向が強まり、日銀の政策と市場の動きの間にギャップが生じています。
 金利は、返済までの期間が長い方がリスクが大きくなるため、上がっていくのが一般的です。これを図にすると、富士山の裾野のようなカーブになります。ところが、金利全体が上昇する。その中で日銀が長期金利を抑えることで、10年よりも短い期間の金利のほうが高くなるといういびつな状況が発生したのです。これで影響を受けたのが、企業が設備投資などの資金を調達するための社債の発行です。社債の利率は通常、長期金利の数値を目安にしますが、それが人工的に抑えられて市場の動きから乖離したため、目安として機能しなくなったのです。

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そもそも金融緩和という政策は、企業などがお金を借りやすくなるようにするのが狙いですが、社債を発行しにくくなっては元も子もありません。こうしたなかで日銀は、市場の実勢に合わせる形で、長期金利の目標の変動幅を二倍に広げ、事実上0.5%までの金利の上昇を認めることになったのです。

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ところが、おりしも今年4月には黒田総裁の退任が予定され、市場では総裁が交代するタイミングで日銀が金融緩和を終了するのではとか、一段と変動幅を広げるのではないかといった憶測が広がりました。その結果、金利が上昇する勢いが一段と強まり、8年や9年の金利が0.7%近くにまで上昇するなど、いびつな状況は解消されませんでした。さらに10年の金利も今月13日には一時上限を超える0.545%にまで上昇し、再び金利を抑え込めない状況に陥りました。
これに対して日銀は先週、新たな措置に踏み切りました。

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金融機関に低い金利で資金を貸し出し、その資金で返済期間が10年より短い国債を買ってもらおうというものです。23日には、貸付期間を5年とする1兆円の資金を金融機関に貸し出し、金融機関はこの資金で5年ものの国債を購入するなどしました。国債は、買い手が増えて価格が上がれば金利が下がるという関係があります。

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日銀の新たな措置で、5年ものの国債の金利は低下し、これにつられて10年ものの国債の金利も一時0.375%まで低下しました。短めの金利を抑えることで、長期金利をようやく変動幅の範囲内に抑え込むことができたのです。

(2)修正繰り返された異次元の金融緩和策

 さて、ここまでの話を聞いて、日銀の政策が複雑すぎて、わかりにくいと感じられた方も多いのではないでしょうか。その背景には、経済情勢が変化し、金利を抑え込むのが難しくなっている。にもかかわらず、従来の政策を続けようとするがために、木に竹をつぐような政策となり、わかりにくさが増したという指摘が出ています。

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もともと日銀が長期金利を0%程度とする政策を始めたのは、いまから6年以上も前の2016年でした。その年の1月、日銀はマイナス金利政策を初めて導入。その影響で、10年の長期金利までマイナスになるなど、想定外の金利低下を招いてしまいました。その結果、年金の運用が難しくなるなどの副作用が指摘され、日銀の政策への批判も高まりました。そうした中この年の9月に、長期金利を0%程度とする政策が導入されたのですが、当時は金利が下がり過ぎた副作用対策と受け取られていました。
しかし、その後日本がデフレの状況から抜け出し、金利は徐々に上がり始めます。さらに去年からは、久しくなかった物価高の勢いが増すなど、経済情勢は劇的に変化しました。
この間、日銀はこうした情勢の変化に応じて、おととし3月に、金利の変動幅をそれまでの0%プラスマイナス0.2%程度から、0.25%に事実上広げ、その後先月になって0.5%へと一段と拡大。さらに今月は、10年より短い金利を抑える新たな措置に踏み切るなど、修正につぐ修正を重ねてきました。

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日銀としては、日本経済が依然として金融緩和を必要とする中で、長期と短期の金利を抑えるいまの政策の枠組みを続ける必要がある。そして情勢に応じて修正をはかることで、これからも市場の機能を維持しながら、続けることができるとしています。
これに対して市場関係者やエコノミストの間からは、「金利の動きを人工的に抑えておきながら、市場機能を維持するのはそもそも自己矛盾だ」とか「ここまで修正が必要なのは、金利や物価が上がらなかった6年余りも前の政策が今の情勢にそぐわなくなっているからだ」といった批判が浴びせられています。
 両者のギャップの根っこには、「修正を続けることでこれまでの緩和策は継続可能だ」とする主張と、「幾度もの修正を繰り返す政策はもう続かないのでは」という疑念の対立にあるようです。このように、日銀の緩和修正観測が根強く残る中で、27日も、長期金利は上限の0.5%にせまる0.47%台まで上昇。市場での金利の上昇とそれを抑え込む日銀の攻防は今後も続くという見方が強まっています。

(3)“市場と対話”の精神はどこへ

 最後に先週の黒田総裁の記者会見で気になる発言がありました。

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 日銀と市場関係者との間にギャップがあることをめぐり、「市場とどのように対話をしていくか」と問われた黒田総裁が、「金融政策当局とマーケットが全く同じ考えでいないといけないということもない」と答えたのです。確かにその通りではあるのですが、ただ、両者のギャップには、これまでの日銀の対話の在り方にも要因があったと思います。

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たとえば、長期金利の変動幅が拡大した場合の影響について黒田総裁は、去年6月には、「金融緩和の効果が弱まる」と答えていましたが、実際に拡大した先月の記者会見では、「金融緩和の効果がより円滑に波及していく」と前回と矛盾するとも受け取れる発言をしていたからです。先月の政策変更とその説明の仕方をめぐっては「日銀は市場からの信用を失った」という厳しい声も聞かれました。
金融政策当局とマーケットは同じ考えでないといけないわけではない」と最初から突っぱねるのではなく、そのギャップを埋めるための対話の努力も、中央銀行の総裁には求められているのではないでしょうか。


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