アメリカのバイデン大統領が、任期を後半に折り返しました。3年目に入った政権運営は、議会下院で共和党に多数派を奪われたことで厳しさを増し、バイデン氏自身も、機密文書のずさんな管理が明るみに出た問題で、苦境に陥っています。
現状を分析し、今後の見通しを探ります。
全米から市長らをホワイトハウスに招いたバイデン大統領。「コロナ禍からの復興」をテーマに演説し、自らの実績をアピールしてみせました。
(1月20日バイデン大統領の発言)「きょうで大統領就任から2年/皆さんのおかげで多くのことを成し遂げた」
これまでの2年間、バイデン大統領は、どんな実績があったでしょうか?立法上の成果は豊富です。公約の柱に掲げた▽コロナ対策では経済・雇用回復のためのアメリカ救済計画法、▽インフラ投資法、▽気候変動対策を盛り込んだインフレ抑制法も、去年成立に漕ぎつけました。こうした巨額の財政出動を伴う法律のほかにも、▽たとえば長年の懸案である銃規制強化法など、近年では稀な超党派の合意も引き出しました。
外交でも、同盟国との関係を重視して国際協調路線に復帰し、ロシアによるウクライナ侵攻に対抗する支援の先頭に立っています。
大統領の支持率は、一時は30%台まで落ち込みましたが、40%台前半まで回復しています。
去年11月の中間選挙は、大方の予想を覆して善戦。いまバイデン大統領は、ホワイトハウスの首席補佐官の交代をはじめ、側近らの人事を組み替えることで、来年の大統領選挙で再選をめざす足場固めに着手しようとしています。
ところが、そうした矢先の大統領に冷や水を浴びせたのが、機密文書をめぐる問題です。国立公文書館に保管が法律で義務づけられたはずの副大統領や上院議員時代の機密文書が、個人事務所や自宅から相次いでみつかり、ずさんな管理の実態が明るみに出たのです。
事の発端は、去年11月、事務所を片付けていた弁護士らが、機密文書を見つけたことから始まりました。中間選挙の6日前のことでしたが、発見の事実は公表されませんでした。先月には、東部デラウェア州にあるバイデン氏の自宅からも機密文書が見つかりましたが、この事実もすぐには公表されませんでした。
最初の発見から2か月以上も経った今月9日、メディアの報道を受けてホワイトハウスは初めて問題を認めます。しかし、その後も機密文書は五月雨式に見つかり、司法省はバイデン政権と独立して捜査にあたるため、共和党系の元検察官を特別検察官に任命しました。
そして今月20日、FBIはバイデン氏の自宅を家宅捜索。その結果、またもや機密文書が見つかり押収されたのです。
大統領は「書類が不適切な場所に保管されているのを見つけ、直ちに国立公文書館や司法省に引き渡した。弁護士の指示どおりにしていて後悔はしていない」と述べています。
しかし、去年8月トランプ前大統領の邸宅から機密文書が押収された問題を「あまりに無責任で信じがたい」と強く批判していたバイデン大統領。批判はまるで“ブーメラン”のように自らにはね返ってきた形です。新旧の大統領が、いずれも特別検察官による捜査対象となるのは、きわめて異例の事態です。
機密指定を理由に、文書の内容は明らかにされていません。そもそも、なぜバイデン氏は、機密文書を持ち出したのかもわかりません。副大統領を退任後、個人事務所として使った渦中の「ペン・バイデン・センター」は、首都ワシントンの一等地にあるペンシルベニア大学の付属機関ですが、スタッフの給与や事務所の経費などに中国からの資金が使われ、機密が海外に漏洩するおそれもあったのではないか?いま議会下院で共和党は、そうした疑惑も追及する方針です。
公表の遅れには、バイデン氏の説明責任を問う声が高まっています。
特別検察官による捜査は、数か月かかるとの見方もありますが、司法省の慣例によって、現職大統領が、刑事責任を問われる可能性はきわめて低いでしょう。ただ、この問題は、議会で共和党に政治的な攻撃材料を与え、長引けば長引くほど、バイデン大統領には、大きな打撃となりそうです。
いま連邦議会は上院では民主党系が多数派ですが、下院は共和党が多数派を占めています。両党の議席数の差は僅かですが、逆に僅かであるからこそ、ひと握りの保守強硬派が共和党内で影響力を強めています。
現に共和党のマッカーシー下院議長は、保守強硬派の抵抗で選出まで15回も投票をくり返しました。今後の予算や法案の審議は、これまで以上に難航が避けられません。
保守強硬派は、財政規律を重視してバイデン政権による巨額の財政支出を批判し、歳出削減を強く求めています。
その結果、心配されているのは、債務上限の引き上げをめぐる攻防です。
アメリカは、政府が国債などを発行して借金できる上限をあらかじめ議会が定めています。イエレン財務長官は先週、政府の借金がこの上限に達したため、当面の資金を臨時に確保する特別措置を始めたと発表。措置の期限となる6月5日までに、議会が上限の引き上げに応じなければ、国債のデフォルト=債務不履行に陥るおそれがあるのです。
このため、バイデン大統領は、近くマッカーシー下院議長と、対応を話しあう見込みです。
両者の調整が長引いて不調に終われば、最悪の場合、政府機関は閉鎖を余儀なくされて、金融市場は大混乱、影響が世界に及ぶリスクも高まるでしょう。
機密文書の問題が、来年の大統領選挙にどこまで影響するかは、まだわかりません。
いまのところ立候補を正式表明しているのは、トランプ前大統領ただ一人。トランプ氏は今週末、南部サウスカロライナ州で大規模な選挙集会を予定しています。
ただ、これまでトランプ氏を支持してきた福音派と呼ばれる保守的なキリスト教団体は、今回は支持表明を控えています。フロリダ州のデサンティス知事など、トランプ氏以外の立候補に期待を寄せる人もいるからです。かつてサウスカロライナで州知事を務めたヘイリー元国連大使なども、リーダーシップの刷新を訴えて、立候補に意欲を見せています。
一方、バイデン大統領が再選をめざすことには、民主党内で反対する動きはありません。ただ、もともとバイデン氏は、トランプ前大統領の再選を阻止するため、いわば消極的な理由から選ばれた大統領です。再選されたら2期目の就任時に82歳、任期を終えるときには86歳。仮に共和党内でトランプ氏が失速すれば、バイデン再選の可能性を高めるより、むしろ高齢を理由に後進に道を譲るよう求める声が、高まるかも知れません。
こちらは、アメリカの有権者の政党支持の動向です。
青色が民主党、赤色が共和党、緑色がいずれにも属さないインデペンデント=日本で言ういわゆる無党派層を示しています。
インデペンデントは、党派対立が激しくなった2000年代後半から増え始め、現在では、およそ4割、逆に民主・共和両党の支持層は、それぞれ3割を切っています。
年齢が若ければ若いほど、インデペンデントは多い傾向があり、現在40歳前後から下のミレニアル世代や次のZ世代では、5割を超えています。
来年の大統領選挙で勝敗を左右する鍵になるのは、そうした若い世代です。
はたして若い世代は、誰にアメリカの未来を託すでしょうか?前回と同じ選択肢に限られることには、疑問や不満の声が消えません。
バイデン大統領は来月7日、就任3年目の施政方針を示す一般教書演説を予定しています。そのあと早い時期に、再選をめざして立候補を表明するとの見方もありました。しかし、機密文書の問題が長引けば、バイデン大統領の再選戦略も見直しを余儀なくされる可能性をはらんでいます。
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