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新型コロナ"5類"引き下げの行方

牛田 正史  解説委員

新型コロナウイルスを、インフルエンザなどと同じ感染症法上の「5類」に引き下げるべきか否か。政府はこの春の変更を目指す方針を固めました。
5類になれば、様々な制限は減りますが、さらなる感染拡大や医療のひっ迫を招きはしないかという懸念もあります。
今後、私たちは新型コロナとどのように対峙していけば良いのか。
議論のポイントと、乗り越えるべき課題を考えます。

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新型コロナの感染者は、全国で、多い時に1日20万人を超えるなど、今も高い水準が続いています。検査を受ける人の割合が減り、実際にはこれより多くの人が感染しているのではないかという指摘もあります。
亡くなる人は、多い時に1日で500人を超え、過去最多となっています。
病床の使用率も上昇し、19日時点で80%を超える県もあり、東京や大阪でも50%前後となっています。
このように、日本は今もコロナの脅威にさらされているのが現状です。

その一方で国は、新型コロナの感染症法上の位置づけを変更するか議論しています。
いまの2類相当から「5類」に移行するかが焦点です。

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感染症法では、ウイルスや細菌を主に「1類」から「5類」に分けています。
もっとも危険な1類はエボラ出血熱などがあり、新型コロナは次の「2類相当」となっています。2類には、ほかに結核などがあります。
そして、5類で代表的なのは「季節性インフルエンザ」。
これと同じ位置づけにするかどうかという議論です。
こうした議論が行われる背景には、オミクロン株になり、発生当初に比べて、重症化率が低下したことなどがあります。
政府はこの春にも、5類への移行を目指す方針です。

では、この2類と5類とでは、何が違うのでしょうか。その一部をご紹介します。

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2類の場合、自治体が感染者に入院勧告や就業制限ができます。
医療費は公費負担となります。
一方、5類は原則、これらの措置は取れません。医療費は一部で自己負担が発生します。
つまり、行動制限はこれまでより弱まり、費用負担などの支援は減少します。
また、医療現場の対応も変わってきます。
2類の場合、入院患者の受け入れは、感染症指定医療機関など一部に限られますが、5類になると、一般の医療機関でも広く受け入れられるようになります。
5類になれば、経済への影響も少なくなり、国の財政負担も減りますが、対応を変えることによる感染拡大、あるいは医療ひっ迫のリスクも懸念されます。
本当にインフルエンザと同じ扱いに出来るのか、慎重な議論が不可欠です。

ここで、新型コロナとインフルエンザを比較してみます。

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まず感染力。
厚生労働省の専門家会合では「コロナの方がはるかに強い」と指摘されています。
また流行時期も、主に冬に起きるインフルエンザと違い、コロナは予測が困難です。
一方、重症化率については、先月、厚生労働省が公表したデータでは、大きな差は見られませんでした。しかし専門家からは「集計方法が異なり、比較は難しい」という指摘が出ています。
死亡者の数も、厳密に比較するのは困難ですが、インフルエンザが年間3000人程度に対し、去年のコロナの死者は3万人を大きく超えているという指摘があります。
また治療薬の供給体制も、コロナはインフルエンザほど整っていないという声が聞かれます。
こうした点などから、現段階で新型コロナがインフルエンザと同じ程度の感染症と言い切ることはできません。
とは言え、同じ程度になるのを待ったら、いつになるかは分かりません。
なので、今すぐインフルエンザと全く同じ扱いにするのではなく、変えられる部分から段階的に5類の形に変えていく、必要な対応は維持し続けるといった検討が、まず重要になると感じます。
これは専門家からも指摘が出ています。

ここからは、その具体的なポイントを見ていきます。
いくつもある中で特に注目したいのがこちらです。

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「患者を一般の病院でも広く受け入れるのか」
「自治体の入院調整はどこまで行うのか」
「医療費やワクチン費用の自己負担を求めるのか」
そして、「行動制限はどこまで必要か」
これらを維持するのか、あるいは変更するのか、1つ1つ丁寧に考えていく必要があります。

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まずは医療体制。どの病院で患者を受け入れるのかです。
今は、特定の医療機関や発熱外来などで対応していますが、5類の感染症になれば、一般の病院でも広く入院患者の受け入れが進むことが期待されています。
しかし、コロナは十分な感染対策が必要だということを忘れてはいけません。
現に今も、医療機関では週に200件前後のクラスターが発生しています。
病棟ではどんな感染対策が必要で、それが一般の病院でも広く実践できるのかが重要になります。
そこを明確にして、病院側の不安を払拭しなければ、仮に5類に引き下げたとしても、受け入れ病院が増えてこない可能性は十分にあります。

また自治体の入院調整をどうするかも考える必要があります。
5類になると、自治体の入院勧告が無くなるため、場合によっては入院調整の措置も無くなる可能性があるという指摘が、専門家から出ています。
もし病床が思うように増えず、医療がひっ迫すれば、自治体が誰をどこに入院してもらうか、調整に当たる必要が出てきます。
特に高齢者施設は、クラスターが起きて感染者が急増すると、施設の連携医や嘱託医だけでは、対応に限界も出てきます。
また市町村、あるいは都道府県を超えた入院先の確保も必要になるおそれがあり、受け入れ病院が大きく広がるまでは、一定の調整能力を維持するべきだと感じます。

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次に、医療費やワクチン費用の自己負担についてです。
5類の感染症は、医療費に原則自己負担が発生します。
ただ、負担が生じると、受診控えや受診の遅れに繋がることも懸念されています。
ワクチン接種も、無料の今でさえ、オミクロン株対応の接種率は約4割に留まり、費用負担が生じれば、さらに伸び悩むことも予想されます。
受診の遅れや接種率の伸び悩みは、感染の拡大に直結してきます。
なので、国は自己負担を設けるかどうか、結論を急がず、影響を慎重に見極めてもらいたいと思います。

そして最後に、今後どこまでの行動制限が必要なのかどうかを考えます。
入院勧告や就業制限といった現在の措置を無くした時、感染がどこまで広がってしまうのか。いくら重症化率が低下したとは言え、感染が無尽蔵に拡大し続ければ、患者が急増し、やがて医療が崩壊します。
例え勧告や制限が無くても、発熱などの症状があれば外出を控え、速やかに検査を受けるといった、感染を広げないための自主行動が、どこまで徹底されるのか。
その見極めが重要になります。

新型コロナは先が見通せないウイルスであるからこそ、2類、あるいは5類といった類型に捉われすぎず、その時々にあった対応を考えていくことが重要だと思います。
仮に類型が変わったとしても、ウイルスの脅威は変わりません。
その点を1人1人が強く意識して行動できるのか。
国や自治体は、そうした理解を広げていけるのか。
それこそが、コロナの5類引き下げを考える上で、最も重要なポイントだと感じます。


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