中国で「ゼロコロナ」政策の終了にともない感染の急拡大が続いています。大規模な人の移動が見込まれる旧正月を控え、さらなる感染拡大も予想される中、国際社会は中国の情報公開をめぐる姿勢に懸念を強めています。習近平指導部が直面する課題について考えます。
【「ゼロコロナ」終了のきっかけは】
中国では、湖北省武漢での感染拡大以降、3年近くにわたって厳しい行動制限などをともなう「ゼロコロナ」政策が続けられてきましたが、習近平指導部は先月突然、方針を転換し、大幅な緩和へと舵を切りました。今月8日には、中国への入国者に義務付けてきた隔離措置も撤廃し、「ゼロコロナ」政策は終了しました。
緩和の直接のきっかけとなったのは、去年11月に国内各地で相次いだ「ゼロコロナ」政策への抗議活動だったことは明らかです。ひとたび感染が確認されれば、広範囲で厳しい行動制限が実施され、先行きの見えない閉塞感に国民の不満は限界に達していました。
習指導部は「ゼロコロナ」政策について、「感染の抑え込みに有効だった」と当初からアピールし続けてきました。しかし、その「成功体験」にとらわれてしまったことで、感染力の強い変異ウイルス「オミクロン株」への対応では柔軟性を失いました。徹底して封じ込めるという従来のやり方に固執した結果、かえって国民の不満を招いたのです。
にもかかわらず、習国家主席は新年のテレビ演説で、それまでの感染対策について、「かつてない困難と挑戦に勝利した」と成果を強調するばかりで、突然の緩和の理由について言及することはありませんでした。抗議活動という形で、国民から「ノー」を突き付けられたという政治的なダメージを受け入れたくなかったのかもしれません。
【備えは十分でなかった】
こうして終わりを迎えた中国の「ゼロコロナ」政策ですが、ウイルスと共存するための備えは十分ではありませんでした。
本格的な緩和が始まった直後から感染が急拡大し、中国のメディアやSNSなどでは、各地の病院で患者が病室に入りきらない様子や、火葬場で順番を待つ車の長蛇の列など、混乱ぶりが伝えられました。香港メディアは、先月に入ってから20日までに、人口の2割近くにあたる2億4800万人が感染したと推定する中国政府の内部資料が流出したと伝えました。
また、新たな課題も出てきました。これまで強制的に行ってきた大規模なPCR検査をやめたうえ、自宅での隔離も認めたことで、当局は正確な感染者数を把握することができず、発表される数字が実態とかい離し始めたのです。
さらに新型コロナウイルスによる死者の定義も変更し、「主に呼吸が困難になり死亡した場合に限られる」として、基礎疾患のある感染者が重症化して死亡したケースを除外するようになりました。当局が発表している死者の数は、先月の緩和開始からこれまでに、あわせて40人に満たない状況です。
インターネット上などでは、「感染拡大の影響を小さく見せかけようとしているのではないか」といった指摘も出る中、WHO=世界保健機関も、「死者数の定義が狭く、感染の影響が低く見積もられている」と懸念を示しています。
【正念場の春節控え】
しかし、習指導部にとっての正念場はこれからです。なぜなら、今月21日から旧正月の「春節」の大型連休を迎えるからです。
この期間中は例年、都市部にいた出稼ぎ労働者が農村部に帰省する動きがみられます。中国政府は、ことしの春節前後の人の動きについて、去年の2倍にあたる、のべ21億人近くが移動する見通しだと明らかにしています。
働き盛りの年代が出稼ぎに行くため、中国の農村部には多くの高齢者が残っています。また医療体制も脆弱なことから、中国政府は、重症化リスクの高い高齢者などに感染が一気に広がるおそれがあるとして、医療体制の立て直しや薬の確保などを急いでいます。しかし、イギリスの医療調査会社「エアフィニティ」は、今月中旬に感染は最初のピークを迎えるとしたうえで、この時点で1日あたり370万人が感染し、死者の数は先月からの累計で58万人を超えると推計。さらに3月にも2回目のピークを迎えるとしていて、今後も厳しい状況が続きそうです。
【国際社会は変異ウイルスを懸念】
今、中国をめぐって国際社会がとりわけ懸念しているのが変異ウイルスの出現です。極めて多くの人が感染すれば、性質の異なる新たな変異ウイルスが生まれるおそれがあることは、多くの専門家が指摘するところです。
WHOは、「中国政府からの包括的な情報提供が行われていない」と懸念を示したうえで、変異の兆候をいち早く把握するためにも、ウイルスの遺伝子配列などについての情報を、迅速かつ定期的に報告するよう呼びかけていますが、中国外務省は「関連するデータは共有している」として議論が噛み合わない状況です。
また、ワクチンについても、欧米と比べて効果が低いと指摘される中国製のものにこだわり続け、海外からの提供も拒んでいます。
【中国への不信感】
こうした中、日本を含む各国や地域は、中国からの渡航者に対する水際対策を相次いで強化しました。むしろ中国は反発し、日本人や韓国人に対するビザの発給を停止するという対抗措置で応じましたが、水際対策強化の根底にあったのは、情報公開に消極的な中国への不信感だったのではないでしょうか。
振り返ってみますと、2019年12月に武漢で最初に確認された感染者が発症してからも、当局は当初1か月以上、ヒトからヒトに感染が広がるリスクを認めてきませんでした。また、WHOの武漢での現地調査を受け入れたのも、最初の確認から1年以上たってからで、発生源の解明に向けた中国側の姿勢が消極的だと批判されました。
共産党の一党支配のもと、不都合な情報にはフタをするという体質が、初動の対応の遅れを招き、その後の世界的な感染拡大を招いたという指摘は、国際社会に根強くあります。
武漢での感染確認から3年がたちましたが、中国は今もなおその透明性をめぐって国際社会から疑いの目を向けられているのです。
【経済停滞も終了を後押し】
ここでもう1つ、習指導部に「ゼロコロナ」政策の終了を後押しさせたものを指摘したいと思います。それは経済の停滞です。
大規模な行動制限は、物流やサプライチェーンの混乱、それに消費の低迷を招き、中国経済をじわじわと追い込みました。国営の新華社通信も先日、「ゼロコロナ」政策について、「社会的なコストが高い」という論評を伝え、政策を続けることが割に合わなくなったことを示唆しています。
3月に控えている全人代=全国人民代表大会では、ことしの経済成長率の目標を示す必要があります。感染の広がりはある程度許容しながらも、緩和によって経済を動かしやすい環境を整えておきたいという思惑もあったのではないでしょうか。
しかし、「ゼロコロナ」政策をめぐる混乱に見られたように、極端な方針のブレをもたらす「習一強」体制は、引き続き世界経済にとってリスクとなる可能性が指摘されています。
習主席は、感染を徹底して抑え込む「ゼロコロナ」政策は、共産党の一党支配があるからこそ可能だったと吹聴してきました。しかし、その強権的な力は、変異を繰り返しながら広がるウイルスには通用しなかったところに、習主席の読み誤りがあったと思います。
今、習指導部に求められているのは、国際社会との情報共有を速やかに図るなど、感染拡大にともなうリスクの最小化に努めることであり、それこそが中国が果たすべき役割ではないでしょうか。
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