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自衛隊・海上保安庁 新たな連携の年に

田中 泰臣  解説委員

自衛隊と海上保安庁。厳しさを増す安全保障環境を踏まえて、両者は今年新たな連携に踏み出すことになります。何が変わろうとしているのでしょうか。

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《海自と海保 その違いは》
そもそも海上自衛隊と海上保安庁、その違いが分かりにくいという方もいるのではないでしょうか。

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自衛隊は他国からの侵略に対して国民の生命や財産、領土を守る実力組織。
海上保安庁は、一言でいえば、海の警察・消防で、国土交通省に属します。
密漁や密輸の取り締まり、海の事故が起きた際の救助などが主な任務です。また沖縄県の尖閣諸島で領海侵入を繰り返す中国海警局に対処しているように、領海警備も重要な任務です。
人員を比べると、自衛隊の方が3倍近く多くなっています。一方、艦艇、船の数では海上保安庁の方が多く、自衛隊は、護衛艦や潜水艦など大型で、様々なものがあるのが特徴です。
武器についても、自衛隊は対空・対艦ミサイルや魚雷など様々なものを持っていますが、海上保安庁は機関砲や機銃といった法律違反の取り締まりに必要な最小限のものに限られている点が大きく違います。もちろん災害への対処など共通する活動もありますが、任務やそれを実行するために所持している武器では一線を画しています。

《有事での連携に備え》
両者はこれまで海の事故や不審船への対処などで連携を強化してきました。ことしは、その連携が新たな段階に入ります。

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岸田政権は、戦後これまで一度もない、他国から武力攻撃を受けた際の両者の連携のあり方について定めることにしたのです。
これは自衛隊法80条を踏まえたものです。
「総理大臣は自衛隊に防衛出動の命令を出した場合、海上保安庁を防衛大臣の統制下に入れることができる」。
つまり他国から武力攻撃を受け自衛隊が防衛出動した際には、国土交通大臣の指揮下にある海上保安庁を、防衛大臣の指揮下にも組み込むことができるという規定で、政府は、両者の役割や手順を定める「統制要領」というものを初めて策定し、共同訓練を行うことにしています。
防衛省幹部は今年の遅くない時期に策定したいとしていて、すでに海上保安庁と作業に入っています。
実はこの条文自体は1954年の自衛隊発足時からあったのですが、これまでに要領が策定されたことはありません。
今回策定する理由は安全保障環境が厳しさを増しているため。特定の国を名指ししてはいないものの、尖閣諸島周辺で海上保安庁が対じしている中国が念頭の一つにあるのは明らかです。中国は、武力による台湾統一を否定しておらず、有事となれば、日本は無関係でいられないとの見方は少なくありません。政府として少なくとも有事が現実味を帯び、両者の連携について規定しておく必要があるとの認識に立ったと言えます。

《連携 次元の違う段階に》
自衛隊と海上保安庁は、これまでも不審船への対処などを想定した共同訓練を重ねてきました。
ただ防衛省幹部は「武力攻撃を受けて防衛出動が出されたことを想定したものは、全く違うものになるだろう」と言います。

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不審船への対処のほか、離島への不法上陸といったいわゆるグレーゾーン事態への対処の段階では、自衛隊といえども海上保安庁と同じ程度の最小限の武器の使用しかできません。しかし、これが防衛出動となると他国からの侵略をくい止めるために、あらゆる武器を用いることが可能になります。このため自衛隊の作戦も様相が一変します。

《課題は“線引き„》
一方、海上保安庁の方は、防衛大臣の指揮下に入ることで任務が変わるのかというと、そうではありません。

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実際にどのような活動が想定されるのかと言いますと、自衛隊は、護衛艦や潜水艦、航空機などの武器を使用し他国からの侵略を阻止します。
一方海上保安庁は、避難する住民を乗せた船舶や漁船の保護、救助活動などを行うことを想定しています。
この役割分担の背景にあるのが海上保安庁法25条です。
「海上保安庁が軍隊として組織され、訓練され、軍隊の機能を営むことを認めるものと解釈してはならない」。
海上保安庁が非軍事組織であることを明確にし、元幹部が「組織の存在意義にもなっている」という、この規定があるからこそ、海上保安庁は、有事になっても実施する任務は変わらない、また変えられないとしています。
では防衛大臣の指揮下に入る意味はどこにあるのかと言えば、政府は、互いの活動の支障とならないよう指揮系統を一元化するのが大きいとしています。
また海上保安庁の幹部は「軍事的な訓練や装備を備えていないため、戦闘が行われている場所での活動は難しく、活動地域をある程度分ける必要がある」とも言います。
ただ国際海洋法が専門の明治学院大学、鶴田順准教授は「活動地域を分けたとしても、相手からは敵国勢力の一団と見られるリスクがあることを考慮する必要がある」と指摘します。また自民党内からは「今の最低限の武器使用の権限では危険にさらされるだけだ」との声も出ています。
戦闘地域で、住民の輸送や救助活動が必要になった場合に、海上保安庁が活動する余地をどこまで残すのかなど、その線引きは難しい課題と言えます。

《対外的な発信が重要に》
ただ両者の役割の違いを明確にしていくことは、対外的にも重要と言えます。
去年10月から運用が始まった海上保安庁の大型の無人航空機が拠点としているのは青森県にある海上自衛隊の航空基地です。無人機で得た情報は今年から本格的に自衛隊と共有することにしています。それに象徴されるように、平時での両者の連携というのも確実に深化しています。
今の安全保障環境を踏まえれば、平時から切れ目なく連携を強化するのは当然との声がある一方、自衛隊と一体化していると見られれば、相手に行動をエスカレートさせる口実を与えかねないとの指摘もあります。

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海上保安庁の奥島高弘前長官は「軍事組織ではない海上保安庁が最前線に立ち、事態をエスカレートさせない『緩衝機能』となってきた」と言います。
一方、鶴田准教授は「安全保障面での役割に期待が高まっているが、あくまで海上の警察機関としての活動の一環だと内外に強調していくべきだ」と指摘します。
海上保安庁が対じしている中国海警局と言えば、いわば平時から軍と同一の指揮下にあります。
政府は今回、海上保安庁の予算を安全保障の関連経費に組み込むことにし、自民党内からは統制要領の策定は、それについて与党の理解を得るために過ぎないとの見方も出ています。
ただ少なくとも政府としては、有事に防衛大臣の統制下に入ることはあるものの、海上保安庁の役割は変わらない。その違いを対外的にアピールしていくことが重要だと思います。

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《海保に求められる役割は》
自衛隊と海上保安庁の連携強化について、岸田総理大臣は「長年積み残された課題だ」として力を入れていく姿勢を強調しています。ただ海上保安庁には、そうした安全保障面のみならず、東南アジアを中心に同様の機関の設立や能力向上を支援し、信頼関係も築いてきた側面があります。安全保障環境が厳しさを増しているからこそ、そうした他国と協力して海の安全と平和を守る取り組みというのも、同様に力を入れていくことが求められるように思います。


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