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ロシア軍事侵攻 ウクライナ試練の年明け 冬を乗り越えるために

安間 英夫  解説委員

【はじめに】
ロシアに軍事侵攻されているウクライナは、2023年、試練の年明けを迎えました。
ロシア軍による攻撃が続き、人々の気が休まることはありませんでした。
厳しい寒さの中、電力や暖房の供給が止まり、冬を乗り越えられるかが最大の課題となっています。
ウクライナのゼレンスキー政権、国際社会の対応と課題について考えます。

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【新年を迎えたウクライナは】
ウクライナでは、年末から年始にかけてロシア軍のミサイルやドローンによる攻撃が相次ぎました。
年末には首都キーウへの攻撃で1人が死亡、日本人ジャーナリストを含め20人がけがをしたほか、南部の州でもけが人が出ました。その後も戦闘や攻撃が続いています。

人道的に問題となっているのは、ロシア軍が去年10月から行っている、電力などインフラに対する攻撃です。
現地では零度前後から氷点下の厳しい寒さが続いています。
ウクライナ政府によりますと、電力は一時需要の半分までしか供給できなくなりました。
電気に加え、ポンプを使う集中暖房システムや水道も利用できなくなり、市民は凍てつく寒さと不便の二重の困難を強いられています。

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ウクライナ周辺の去年の年末の夜の写真(NASA=アメリカ航空宇宙局ホームページより)を見ると、周辺諸国では明かりが目立つのに対し、ウクライナは全土がほぼ暗くなっています。
ウクライナ政府は電力などインフラの復旧を急いでいますが、新たな攻撃で追いついていません。
ゼレンスキー大統領は、「インフラ攻撃は絶対的な悪」であり「テロリズムだ」と非難。
G7=主要7か国も「非人道的で残酷な攻撃」だとしたうえで、「一般市民への攻撃は戦争犯罪にあたり、処罰なしでは済まされない」と非難しています。

ところがプーチン大統領はこうした非難を一顧だにしていません。
一連の作戦を指揮している総司令官のスロビキン氏は、シリアやロシアのチェチェン共和国で残忍な攻撃を行ってきた人物として知られています。
プーチン大統領は去年末にスロビキン氏に勲章を授与。
民間人を巻き込む残忍な作戦をむしろ鼓舞しているかのようです。

【ゼレンスキー大統領のねらい】
ゼレンスキー大統領が何を目指しているかについてみていきます。

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ゼレンスキー大統領は新年に向けた演説で「われわれは白旗ではなく、青と黄色の旗を選んだ。逃げるのではなく敵と立ち向かった」と国民の勇気をたたえ、「新年は帰還の年であるように。兵士たちを家族に、捕虜を故郷に、避難民たちをウクライナに。そしてわれわれの領土を取り戻す」と述べ、勝利と領土奪還を目指す決意を表明しました。
国民の意識もこれを支えるものとなっています。
ウクライナのキーウ国際社会学研究所が去年12月に行った世論調査によると、「領土で譲歩すべきではない」と答えた人は85%に上っています。

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一方ロシアのプーチン大統領も新年に向けた演説を行い、2022年を「困難だが必要な決断をした年だ」と述べました。
その上で「祖国を守ることは祖先と子孫に対する神聖な義務だ。
道徳的、歴史的正義はわれわれにある」などと主張し、ウクライナへの軍事侵攻を正当化しました。
その主張の根拠にあげたのは、「欧米諸国がウクライナを利用してロシアに攻撃の準備をしていた」というものですが、欧米への猜疑心が極まった一方的な解釈と言えるのではないでしょうか。

【戦争終結に向けたうごきは】
では戦争の終結に向けて、ゼレンスキー大統領はどう動こうとしているのでしょうか。

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ゼレンスキー大統領は去年11月、10項目の和平案を提示しました。
その内容は、▼原子力の安全から始まり、▼ウクライナの領土の回復や▼ロシア軍の撤退、▼戦争犯罪の訴追などが含まれ、▼戦争の終結を文書で確認するものとなっています。

①原子力の安全(とりわけザポリージャ原発)
②食料安全保障
③エネルギー安全保障
④捕虜と送還者の解放
⑤ウクライナの領土回復
⑥ロシア軍の撤退
⑦ロシアの戦争犯罪の訴追
⑧環境保全(地雷除去など)
⑨紛争拡大の防止 安全保障体制の構築
⑩戦争終結の確認

とりわけ領土の回復については「交渉の余地はない」としています。
さらにウクライナ政府は、軍事侵攻1年となることし2月末までに「世界平和サミット」の開催を提唱し、国連やG7首脳に対し提案を支持するよう求めています。

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ゼレンスキー大統領は年末から年始にかけて活発な外交を重ねてきました。
去年暮れには電撃的にアメリカを訪問してバイデン大統領と会談。
アメリカ議会での演説で「ウクライナ支援は世界の安全保障と民主主義への投資だ」と呼びかけ、バイデン政権から、去年暮れからことし初めにかけて、迎撃ミサイル「パトリオット」や装甲車などあわせておよそ49億ドル、日本円で6500億円相当の支援を取り付けました。
またゼレンスキー大統領は、去年12月にはG20の議長国インドのモディ首相と電話会談して和平案について協力を要請したほか、ことし1月に入ってからもイギリスやカナダの首脳と電話会談を行い、支持と支援を呼びかけています。

ロシアは対決姿勢を崩していません。
プーチン大統領は「パトリオットを配備するならやってみたらいい。破壊するだけだ」とけん制しました。
ゼレンスキー大統領の和平案についても、大統領府の高官が「領土の新たな現実を考慮すべきだ」と述べ、ウクライナ側がロシアによる領土の併合を認めるべきだとの考えを繰り返しました。
領土奪還を目指して徹底抗戦するウクライナと、軍事侵攻を続けるロシアの立場には依然大きな隔たりがあり、事態打開の見通しはたっていません。
戦闘が長期化するなかで、ゼレンスキー大統領にとっては、国内では国民をまとめ、対外的にも国際社会の支持と支援を継続して得られるかどうかが課題です。

【国際社会の支援は】
では最後に国際社会の支援について考えます。

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去年12月には、欧米や日本など40以上の国が参加する国際会議がフランスで開かれ、発電機の供給やインフラの復旧などにおよそ10億ユーロ、日本円でおよそ1400億円の支援が表明されました。

日本の支援も現地に届いています。
去年ロシア軍の占領下で多くの住民が殺害されたキーウ近郊のブチャでも、12月、日本が提供した発電機が集中暖房システムに設置され、停電中も市民が暖房を使えるようになりました。

ただ軍事侵攻で受けた甚大な被害には追いついていません。
ウクライナの研究機関「キーウ・スクール・オブ・エコノミクス」の試算では、ウクライナの被害の総額は、去年11月の時点でおよそ1360億ドル、日本円で18兆円近くとなり、戦争が始まる前、おととし2021年のウクライナのGDPの65%を超える額になります。
このうちもっとも多いのは住宅で525億ドル、つづいてインフラで356億ドルとなっています。
各国はひきつづき大規模な支援、何よりもまず、厳しい冬を乗り越えるための電力や暖房の支援を迅速に行っていく必要があります。

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こうしたなかで日本は、ことし2023年から国連の安全保障理事会の非常任理事国となり、1月は議長を務めます。
さらにことしは、G7の議長国として5月に広島サミットを開催します。
岸田総理大臣は先週1月6日、ゼレンスキー大統領と電話会談を行ったのに続いて、今週1月9日からG7のメンバー国である欧米諸国、フランス、イタリア、イギリス、カナダ、アメリカを歴訪し、各国首脳と会談を行います。
欧米からも一部ではウクライナに対する「支援疲れ」という声が聞こえてくるなか、ウクライナ侵攻をめぐる対応で日本の役割はいっそう重要性を増すことになります。

【終わりに】
ウクライナの戦場では今も消耗戦が続き、戦闘の長期化が懸念されます。
こうしている間も多くの人たちが厳しい寒さに耐えていることでしょう。
一方的に侵略を受けているウクライナの人たちが望む以上、国際社会もその試練を支えていくことが必要だと思います。
ウクライナの人たちが平和を実感できる日が、一日も早く来ることを願わずにはいられません。


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