物価の上昇が続くという久しくなかった状況の中でむかえることになった今年の日本経済。長期にわたった低迷から抜け出すためには、物価高に打ち勝つ成長力を取り戻せるかどうかがカギになります。この問題を考えます。
解説のポイントは三つです。
1)今年も続くか物価高の影響
2)賃上げの動きをどう広げる
3)持続的な賃金の上昇に向けて
1) 今年も続くか物価高の影響
まず家計を直撃する物価の現状と展望についてみてゆきます。
最新の消費者物価統計によりますと、去年11月の指数は前の年に比べて3.7%上昇し、第二次オイルショックの影響が続いていた1981年12月以来の高い水準となりました。これは、長引くウクライナ情勢の影響でエネルギーや食糧が高騰していることに加え、海外から輸入される原材料などが円安の影響で値上がりしたことなどが原因です。今年は、物価上昇率は去年よりも低下する見通しですが、エネルギー価格の高止まりに加え、企業が原材料コストの上昇分を価格に転嫁する動きが続くことが予想され、今月から4月にかけて値上げが予定される食品や飲料は7390品目にのぼるとする調査もあります。このため、前年に比べた上昇率は低下するにしても物価の水準が高止まりするおそれは残っています。
2) 賃上げの動きをどう広げる
こうした中で今年注目されるのが、物価高をカバーするだけの賃金の上昇が実現するかどうかです。
このうち、大企業では、経団連の十倉会長が春闘に向けて、給料の底上げにつながるベースアップも含めて賃金の引き上げを呼びかけるなど賃上げの機運が高まっています。実際に大手企業の中では、キヤノンが、基本給を一律で引き上げる事実上のベースアップを20年ぶりに行う方針を決めたほか、サントリーホールディングスが5年ぶりのベースアップを検討するなど、ここ数年にない動きが広がっています。ただ円安が進んだことで輸出企業の業績は好調な一方で、内需に依存する企業は原材料の高騰で収益を悪化させ、明暗が分かれています。加えて、今年は欧米各国が急激な金利の上昇で景気が後退し、中国でもゼロコロナ政策の転換で感染者が急増し経済活動が落ち込むなど、海外経済が悪化することが懸念されています。そうした中で、業績の好調な企業から積極的な賃上げに踏み切り、国内消費=内需の押し上げに貢献することが期待されています。
さらに、日本の従業員の7割近くを占める中小企業にも賃上げのすそ野を広げなくてはなりませんが、そのために、大企業に求められるのが取引価格の適正化です。一般に中小企業の立場は弱く、「コストの上昇分を価格に転嫁したい」といっても取引先の大企業から認められないケースも多いといいます。しかし、価格を上げられなければ、それだけ収益が削られ、賃上げの原資が確保できません。こうした中で政府は、部品や製品を取引する大企業や中小企業が、取引価格の適正化などに努めることを自ら宣言する「パートナーシップ構築宣言」と呼ばれる活動を展開しています。しかし価格転嫁の交渉に応じない企業も依然としてあると伝えられていて、一段と厳しい監視の目を光らせる必要があります。
3)持続的な賃金の上昇に向けて
さらに、賃金の上昇が来年以降も続いていくようにするには、何よりも企業が収益力を高め、経済の成長力を強めていくことが重要です。それには将来有望な産業が国内に根付くよう、政府が一定の役割を果たすことが求められています。
例えば熊本県では、政府が最大で4760億円を補助し、半導体の受託生産で世界最大手の台湾のTSMCの工場を誘致した結果、地域一帯に関連産業が集積し、雇用の拡大や技術革新が生み出されようとしています。政府は今後も脱炭素関連など次世代の産業を発展させるため、巨額の予算を投じることにしていますが、民間の投資の呼び水となり地域経済の活性化につながるような効果的な使われ方が求められています。さらに、成長性のある産業への転職がしやすくなるよう、経験のない業務に必要なスキルを身に着ける=いわゆるリスキリングを普及させるための支援策も、実効性のあるものにしていかなければなりません。
一方、経営体力の弱い中小企業には、収益力や生産性の向上に向け、公的な支えが必要になります。これまでも巨額な補助金が投じられてきましたが、有効に使われていなかったという指摘もあります。そうした反省も踏まえ、いま新たな支援が動き出しています。
政府は、中小企業がコロナ禍や時代の変化などで売り上げの増加が見込めない事業に代わる新規の事業を立ち上げようとする際に、新しい設備の導入などにかかる費用の一部を補助する制度を導入しています。実際に、この制度を利用して、例えば▼航空機の部品を製造していたメーカーがコロナ禍で売り上げが落ち込んだため、需要が高まっている半導体製造装置用の部品の加工に乗り出し販路の拡大につなげたり、▼工業用のミシン針を製造する会社が、医療用分野へ新規に参入するため、加工精度の高い新たな製造装置を導入し、生産性の向上とコストの削減を実現した例などが報告されています。
ただ中小企業の経営者の中には、補助金を使った設備の導入を検討したものの、その設備を使ってどう収益力をあげていくのか、具体的な絵図を描けていないケースもあるといいます。そんな企業に補助金を支給しても、ムダ金になってしまわないか。そこでいま中小企業庁が強化しているのが、中小企業診断士や税理士、会計の専門家がチームをつくって、経営者といわば伴走する形で支援する取り組みです。
具体的には、経営者が支援チームと対話を重ねる中で、その企業の強みや弱み、参入したい分野、必要な人材の確保、そして競合が予想される企業の存在などについて洗い出す。そのうえで課題を解決し、収益力をあげていくための経営計画を経営者が主体的に考えることで、自己変革力を身に着けてもらい、最終的には補助金に頼らずとも経営が持続できるようになることを目指すものです。この方法で経営が上向いた様子がうかがえる例がすでに出てきているということですが、じっくりと経営者に寄り添う支援策を行う体制をどう広げていくかが今後の課題となります。
一方、規模が小さく、独力で収益力をあげるのに限界がある企業に対応するため、地域の複数の企業をグループとして支援することもできるようになりました。例えばある観光地で、旅館やホテルなどの経営者らが、共同の食事処を作ることでコストや人手を省く。それぞれの宿は温泉浴場など他の施設やサービスで付加価値を高めることに人やお金を回し、地域全体の魅力を高めていくというとりくみなども、去年から手厚い支援が受けられるようになっています。また地域の小規模な企業が共同で商談会や展示会に出展する場合に、必要な出展料や人件費を補助する制度も設けられています。
さらに市場の限られた地方から海外に販路を広げたいが、輸出の経験がないという事業者を対象に、中小企業基盤整備機構やJETRO日本貿易振興機構の専門家が、輸出に向けた計画の具体案から実務までをサポートする事業も先月から始まりました。中小企業の経営者は、自らが置かれた経営環境や抱える課題を見極め、様々な支援制度も活用しながら、収益力を高めていくことが求められています。
うさぎ年の相場の格言は「跳ねる」です。今年が、物価は跳ねないように抑え込む一方で、賃金がはね上がる年となり、その後も跳躍を続けるような日本経済につながっていくよう望みたいと思います。
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