ロシアによるウクライナ侵攻で始まった戦争は、終わりの見えないまま年を越しました。アメリカはじめNATO各国はウクライナに対して武器や資金を提供し、軍事的な支援を強化しています。そこには、ロシアのような権威主義的な国家と、欧米など民主主義国家との戦いという様相も重なってみえています。いま世界の民主主義はどうなっているのか。新年にあたって改めて考えてみたいと思います。
まず、いまの世界の民主主義の現状です。
これはスウェーデンの研究所が民主主義の度合いによって色分けした最新の地図です。
「公正な選挙」「基本的人権の尊重」「言論の自由」「女性の社会進出」など幅広い基準をもとに数値化し、色分けしたものです。
青が濃いほど民主的。赤が濃いほど非民主的とされています。
自由で民主的なのは60の国と地域。非民主的とされるのは、その倍の119の国と地域に上っています。
非民主的な国の中でも、政治権力を一部の指導者が独占する、いわゆる権威主義に向かう国が増えています。
このグラフの青い線は、民主化の方向に向かっている国の数を年毎にまとめた推移です。東西冷戦後は一気に増えましたが、1999年をピークに下がり始め、いまは冷戦時代並みの15か国に落ち込みました。
一方、赤い線は、権威主義的な傾向を強めている国の数の推移です。特にこの数年間は急速に増えていて、過去最高の33か国。民主化に向かう国の2倍以上に上っています。
スウェーデンの研究所は、とくにこの数年、権威主義化が目立った国として、ブラジルやインド、トルコ、ハンガリーなどをあげています。
なぜ民主化が後退しているのでしょうか。
一般的には、冷戦終結や「アラブの春」などのあと、いったんは民主化に向かった国で、市民が指導者に失望し、反動的な指導者に支持が向かったケースが多いと言われています。
また各国でみられる「政治の分極化」がかかわっているという指摘もあります。
格差の拡大や政治の腐敗、移民問題などをめぐって、政党間の対立が極端に深まると、市民の間で、自分たちの立場を代表してくれる人物であれば、民主的な価値観にこだわらず、強権的な指導者でも構わないという風潮につながるという分析です。
とくに近年は、ソーシャルメディアの爆発的な普及によって、意見の対立、政治の分極化が加速しています。
またロシアや中国がソーシャルメディアを通して、民主的な国や地域に偽情報を流したり、選挙に介入して意図的に対立を煽ったりすることで、激しい分断が生じ、民主主義が弱体化しているという指摘もあります。
世界の民主主義陣営を率いてきたアメリカで、民主主義に逆行する事態が起きていることも無視できません。
私がアメリカに駐在していたちょうど2年前の今頃、トランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂に乱入し、バイデン大統領の当選を暴力で阻止しようとする事件がありました。アメリカの民主主義の揺らぎを内外に印象付けました。
アメリカでは、共和党支持者を中心に、いまも国民の3人に1人が「バイデン大統領の勝利は不当だ」と調査に答え、民主主義の根幹である選挙への信頼が損なわれています。
トランプ氏は、自分を支持し、前回の選挙結果を受け入れない、いわゆる「選挙否定派」の人たちを、去年の中間選挙でいくつかの州の知事選挙などに候補者として送り込みました。
来年の大統領選挙で返り咲きを狙ううえで重要になる激戦州で、選挙結果を自分に有利な形に強引に導くために、いまから手を打つ狙いがあったと言われています。
これに対してバイデン大統領は「民主主義の危機だ」と訴え、結局、中間選挙は、バイデン大統領の民主党が善戦する結果となりました。
出口調査では有権者の68%が「民主主義は脅威にさらされている」と答え、アメリカ国民の間でも危機感が高まっていたことを示しています。
中間選挙の結果は、アメリカでトランプ政権時代から顕著になっていた民主主義の後退を当面は、いくらか押しとどめるかたちになったと受け止められています。
バイデン大統領はこれを弾みに、ことし3月には2回目の「民主主義サミット」を開催する計画です。
世界で権威主義的な国が増えていく中で、なんとか民主化の動きを支援しようという狙いです。
おととし開催した最初の民主主義サミットの議論をうけて、
▽各国で「自由で独立したメディアを支援すること」や、▽抑圧的な情報管理をかいくぐるデジタル技術の開発などについて具体的に話し合う方針です。
なにより、ロシアのウクライナ侵攻や中国のゼロコロナ政策が何をもたらしたか明白になってきた今こそ、強権的な指導者の決定を誰も止められない権威主義体制の危うさを知らしめる絶好の機会とみています。
しかし前回の民主主義サミットは、招待の基準が不明確で、招待された国とされなかった国の間で対立と分断を生じたと批判されました。
アフリカなどの途上国には、ロシアや中国と経済面でのつながりが深い国が少なくありません。そうした国々の間に分断と対立を持ち込むことになれば、かえってロシアや中国などの権威主義的な陣営の側に押しやることになるリスクも指摘されています。
民主主義サミットには日本も招待されています。
民主主義陣営で存在感を示すことは重要です。
しかし中国を含めた権威主義的な国々との対立激化に与している形にならないよう配慮が欠かせません。
では、日本には何が期待されているのでしょうか。
民主主義研究の世界的な権威で、自ら外国の民主化支援にかかわってきたラリー・ダイアモンド・スタンフォード大学教授は、
▽日本が他の民主国家や国際機関と協力して、各国で民主的な制度や価値観を定着させるよう取り組むこと。
具体的には、基金を創設し、権威主義的な国で奮闘する独立系メディアを支援することを挙げました。
もちろん民主主義も決して完全ではありません。
ただダイアモンド教授は、一見、効率的に見える権威主義体制よりも、市民が自由で公正な選挙で指導者を選び、説明責任を求めることができる政治体制こそ、長期的には安定をもたらすと強調しています。
日本は、こうした民主主義の利点を訴え、各国での民主化支援を地道に続けていく姿勢がなによりも求められています。
「民主主義は観戦するだけのスポーツではない」というアメリカの表現があります。政治に無関心になるのでなく、参加することが欠かせないという意味です。
世界の民主化をいかに支援するかを考えると同時に、私たち自身の民主主義にほころびはないか。自分はちゃんと参加しているか。足元を見つめなおすことも忘れないようにしたいところです。
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