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"プーチンの戦争"と体制の揺らぎ

石川 一洋  専門解説委員

ウクライナでは、クリスマスも新年の休戦もなく、残酷な戦争が続いています。“プーチンの戦争”はいつまで続くのでしょうか。プーチン大統領は軍指導部や軍需産業と会談し、軍備強化の強硬な姿勢を示しています。しかしプーチン体制の内部では、24年3月の大統領選挙に向けて揺らぎも見え始めています。戦争を続けるプーチン体制の中で何が起きているのか、考えてみます。

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2月24日 プーチン大統領がウクライナへの軍事侵攻を始めてから10か月、あまりに多くの人命が失われました。現在は、戦線は膠着状態にあります。しかし北から南に続くロシアの占領地に沿って形成された戦闘の前線は900キロにおよび、激しい戦闘が続いています。残酷な戦争が終わる見通しはありません。

戦争を始めたプーチン大統領は今、何を考えているのでしょうか。そしてプーチン体制に戦争はどのような影響を与えているのでしょうか。

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プーチン大統領は2001年以来、大統領として必ず行ってきた年末恒例の内外記者会見を行いませんでした。大統領は、自分は国民の心がわかると固く信じ、ポピュリストとしての信念が政治的な力の源泉となってきました。しかしおそらく今、その確信は揺らいでいて、クレムリンはあまりに長時間大統領の姿を国民に見せることは、むしろ政権にとって有害であると考えたのでしょう。
ロシア軍にも多くの戦死者が出る中で、兵士の母や妻が大統領への不満の声を上げています。今後戦場の現実を体験した帰還兵が戻ってきます。厳しい言論統制をしくロシアですが、彼らの声を押さえつけることはできません。
「国民をだまし、国に問題がないと言うのはやめて欲しい 私たちは大切な人についての真実を知る権利がある」
ロシア国民は善か、悪か、物事を二元的に分けて判断する傾向が強いです。強権的な大統領プーチン氏は、彼らにとってはいわば皇帝、これまでは混乱を収め、国民生活を向上させ、国の威信を高めた大統領としていわば“善き皇帝”と思われてきました。しかし今、戦争という苦しみをもたらす“悪しき皇帝”ではないか、プーチン大統領への国民の意識が変わる転換点が近づいてきているように思えます。

大統領は国民ではなく、軍や軍需産業、治安機関など力の省庁の支持を固めることに集中しています。
今月21日、プーチン大統領は国防省、軍の指導部を集め、“特別軍事作戦”の経験を今後の新たな軍備の供給や兵器の開発に活かすよう求めました。そのためには、予算も惜しまないと約束しました。強行で強気な発言の裏に、ロシア軍が苦戦している現状がうかがい知ることができます。

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「近い将来 できるだけ早く、すべての兵士がドローンからの情報を受信できなければならない」
ドローンや通信システム、その統合的運用、さらに医薬品や防護服など装備品の改良を要求しています。逆に言えば、戦場でこうした点でロシア軍は、NATOの最新の兵器を供給されたウクライナ軍に劣り、苦戦している現状をうかがわせているといえます。
ただロシアの軍需産業は厳しい制裁の影響は受けているものの無傷のまま残っています。
その力を過小評価することはできません。ロシアは10月から電力などウクライナのインフラへの攻撃を続けています。戦場でも占領地の拡大よりもウクライナの戦闘継続能力を削ぐ戦略を取っているように見えます。ロシアとウクライナの我慢比べの状況が続いています。

プーチン大統領は、外交面では中国との連携強化の動きを軍事、経済の両面で強めています。
今月、東シベリアの大ガス田コビクタ・ガス田の生産を始めました。ガスパイプラインを通じて中国に向けた輸出能力を強化しました。中国との国境に大規模なヘリウム製造工場も建設しました。エネルギーでもヨーロッパから中国へのシフトをさらに進めています。
ロシア経済が欧米の厳しい制裁の中でも曲がりなりにも崩壊せずに維持されているのは、中国やインドなど対ロシア制裁に同調しないいわゆる第三勢力の存在があるでしょう。
ただ北朝鮮やイランを除いて全面的に同調する国はほとんどなく、プーチン大統領は、“ロシアの正義”を掲げ、欧米との対立を深める孤立への道を歩んでいます。

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再来年2024年3月にロシアとウクライナは大統領選挙、そして11月にはアメリカ大統領選挙となります。来年2023年、それに向けた動きが始まるでしょう。ロシアはクレムリン内部とくにプーチン大統領がどのように判断するかが決定的に重要になります。
 大統領を民間軍事会社ワグネルのオーナープリゴジン氏やチェチェンのカディロフ首長など強硬派が支えています。彼らは声高にさらに徹底した攻撃をすべきだと主張しています。プーチン氏は改正憲法の規定に基づきあと2期12年大統領を務めることができます。強硬派は大統領の再選を既定路線として、「勝利のみがロシアを存続させる」との声も強めています。強硬派が、戦争が長期化する中で強硬路線の維持を大統領支持の条件とする可能性もあるでしょう。

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しかしその一方で、戦争について表立って強硬な発言を控えている財閥や有力者も少なくありません。プーチン体制の内部は決して一枚岩ではなく、沈黙する和平派ともいうべき勢力はいるとみられます。彼らにとっては、体制の維持のほうがプーチンよりも大事なのです。強硬派といわば条件付きの和平派の思惑が交錯する中で、私は、プーチン大統領が局面を打開し、体制そのものの存続を図るために、大統領選挙前に退任する可能性はあるとみています。そのため憲法上ナンバー2のポジションである首相ポストが誰であるかが極めて重要になります。大統領退任の場合大統領代行となり、また有力な後継候補となるからです。
経済官僚であり国民の支持も比較的高いミシュースチン首相を温存するのか、後継者含みで人事を刷新するのか。大統領がさらに強硬な路線に傾くのか、それとも和平を模索するのか、遅れている年次教書演説の中身とともに人事がいつどのような形で行われるのか、私は注目しています。

2022年は冷戦終結後、最悪の戦争の年となりました。“プーチンの戦争”ウクライナへの侵略戦争によって、冷戦終結後、曲がりなりにも続いてきた「グローバルな世界へ」という幻想は終わりをつげました。ロシアとアメリカ・NATOの衝突の危険をはらみながら、戦争は続いています。2023年、ロシア、ウクライナ、アメリカという当事国での選挙のプロセスの中で、さらに戦争がエスカレートする恐れもあります。

プーチン大統領は、ソビエト連邦崩壊という歴史的な事実に異を唱え、歴史的なロシアの復活という一方的な正義を掲げて戦争を始めました。自らの独りよがりな理念に基づく戦争、そのことが、ウクライナにおいて、一人一人が営々として築いていた人々の生活、夢、未来を破壊し、何人の命を奪ったのでしょうか。ウクライナ国民の独立した国を守りたいという強い意志を挫くことはできませんでした。どれだけの兵士が戦死しているのか。その数は発表もされません。
戦争終結への糸口は、戦争を始めたプーチン大統領がまず撤退を決断し、双方が交渉のテーブルにつくことです。私は、プーチン大統領は責任を取り辞任し、和平への道を開くべきだと思います。2023年、ウクライナでの平和が訪れることを願います。


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