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防衛力強化へ増税の負担~求められる丁寧な説明

神子田 章博  解説委員

防衛力の強化を背景に、予算規模が大幅に膨らんだ来年度政府予算案。防衛費の増額に向けて財源をどう確保するか、国民の負担はどう増えていくか。この問題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1) 突出する防衛予算増
2) 財源をどう確保していくか
3) 国民の負担増をどう考える
です。

1) 突出する防衛予算増
最初に来年度予算案の内容についてみていきます。

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一般会計の規模は前の年度よりも6兆8000億円程度増えて、114兆3812億円と過去最大となりました。これは、歳出の3分の1を占める医療や介護などの社会保障費が36兆9000億円程度と拡大し続けているほか、防衛費が6兆8000億円程度と、今年度の当初予算より1兆4000億円程度増えたこと、さらに再来年度以降の防衛費のためにとっておく「防衛力強化資金」を3兆4000億円程度計上したことなどによるものです。これに対し、歳入面では、税収を69兆4000億円程度と見込み、足りない分を補う新規の国債発行額は、35兆6000億円程度にのぼります。このうち、自衛隊の施設や艦船など、防衛費を賄うものとして初めてとなる建設国債が4343億円の発行が盛り込まれています。この結果、国債発行残高は来年度末には1068兆円に達し、財政状況は一段と悪化します。

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防衛費が突出して増加した背景には、政府がさきにまとめた国家安全保障戦略で、日本を取り巻く安全保障環境が急速に厳しさを増しているとして、防衛力の抜本的な強化を打ち出したことがあります。具体的な予算項目としては、相手の脅威が及ばない離れたところから攻撃できる射程の長いミサイル=スタンドオフミサイルに関連した予算1兆4000億円程度が盛り込まれたほか、弾薬の確保、装備品の部品不足の解消に向けた予算が大幅に増額されています。政府は、こうした防衛費を、来年度から2027年度までの5年間の総額で、いまの計画のおよそ1.6倍にあたる43兆円程度とし、2027年度にはいまのGDP・国内総生産の2%相当、11兆円にものぼる防衛関連予算を確保する方針をかかげています。

2)財源をどう確保していくか
一方、これだけの予算を確保するには、2027年度以降、年に4兆円もの追加の財源が必要になります。その財源をどう確保しようとしているでしょうか。

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政府が具体策としてあげているのが、ほかの予算を削る歳出削減、予算が年度内に使われなかったときに生じる決算剰余金、それに国有資産の売却などによる税金以外の収入です。しかし防衛関連以外にも様々な予算が必要とされる中で、まとまった額の削減を毎年行うのは容易ではありません。また決算剰余金については、これまで経済対策などのための補正予算の財源にあてられてきました。その分が防衛費に回れば、今後の補正予算の財源を、新たな国債の発行によってまかなわなければなりません。国有資産の売却益も一時的なものだという指摘があり、安定して財源を確保できるかは不透明です。さらに、これらの財源が確保できたとしても、2027年度以降、1兆円あまりの財源が不足する見通しだといいます。

こうした中で政府が打ち出したのが増税による財源の確保です。

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政府は、所得税、法人税、たばこ税の増税で防衛力の強化に必要な財源を確保する方針です。開始時期は2024年以降の適切な時期とし、来年与党内で改めて議論することになっています。このうち物価の高騰が家計を直撃するなかで、気になる所得税については、岸田総理大臣が、「個人の負担が増加するような措置は行わない」としていましたが、実際には、当面の負担は増えないものの将来的には負担が増す形となりました。

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具体的にみていきます。防衛費を確保するために、所得税の納税額の1%分にあたる新たな付加税が課されることになります。期間は「当分の間」とされていますが、事実上無期限に続くことになります。
一方で、所得税には、すでに、東日本大震災の復興に必要な費用などにあてる「復興特別所得税」として2037年までという期限つきで2.1%分が上乗せされていますが、家計を取り巻く状況に配慮してこの税率を1%引き下げるとしています。このため所得税にかかる上乗せ分は、当面はあわせて納税額の2.1%とこれまでと変わらず、負担は増えないことになります。

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問題は、復興特別所得税の税率を下げることで復興のための財源が減ってしまうことです。このため2037年以降も1.1%分の上乗せを、最長で13年にわたって続けることになりました。この結果、国民からすれば、本来、2037年で終わるはずだった2.1%の上乗せ分を、その後も納め続け、それだけ負担が増えることになるのです。要は、追加の負担をいま負う代わりに将来に先送りしただけとも言えます。

3)国民の負担増をどう考える
私たちにとっては、突然降ってわいたような税負担の増加。ここからは、増税が議論されたプロセスも含め、どうとらえたらよいか、考えたいと思います。

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防衛費の財源をめぐっては、経済界などから、「法人税の引き上げは企業の賃上げの動きに水を差すことになる」とか、「物価高に国民が苦しむ中での増税は適切では」ないとして、当面は国債の発行で資金を確保すべきだという意見が出ていました。これに対し有識者などからは、「国の財政が悪化する中で政治家が防衛費を借金で賄い、財源の問題を先送りするのは責任の回避だ」とか、「国の防衛には巨額の費用がかかるだけに、健全な財政や経済力も防衛力の基盤だ」として国債の発行で賄うことに反対する声も出て、与党内でも議論が分かれました。

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こうした中で岸田総理大臣は、「防衛力強化の裏付けとなる安定財源は、将来世代に先送りすることなく、今を生きるわれわれが将来世代への責任として対応すべきものだ」として、歳出削減などで足りない財源は増税で確保する方針を貫きました。
 ただ、その間の国民に対する説明の仕方が適切だったかというと疑問符がつきます。

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とりわけ所得税の負担増加については、当初、「復興特別所得税」の一部をあてると伝えられました。しかしその後、復興財源を別の予算に流用するのか、という批判が高まり、新たな付加税を設けるという説明に転じました。すでにある税金の一部を活用するとしたほうが、追加的な負担の増加と受け止められにくいのではないかと考えたのかもしれません。しかしこの問題の本質は、防衛費を拡大させるために国民の税の負担が増えるというものです。そのことを正面から説明し、その是非を国民にじっくりと考えてもらうべきではないでしょうか。
また岸田総理大臣が与党に増税の検討を指示したのは今月の8日。そこからわずか一週間で、増税の方針が決定され、国民の間には、なぜこういうことになったのかさっぱりわからないという人もいるのではないでしょうか。そもそも5年間で43兆円という巨額の防衛予算がなぜ必要という算出の根拠や、個々の予算項目が国民の命や財産を守るうえでどう役立つのか、費用対効果という観点も含め、国民にもわかる説明が求められています。さらに、国の予算をめぐっては、防衛費以外にも、少子化対策や脱炭素など様々な分野で予算の増額が求められているなかで、防衛予算に高い優先順位をつけた理由についても、納得のいく説明を行う必要があると思います。

防衛力強化という政策の一大転換に、わたしたちはどう臨むべきか。年明けから始まる通常国会では、財源と負担の問題を含め、丁寧な議論が行われることを期待したいと思います。


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