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こども予算倍増と"子育て連帯基金"

竹田 忠  解説委員

深刻な少子化に歯止めがかかりません。
今年生まれるこどもの数は、初めて80万人を割り込む見通しです。
政府の全世代型社会保障構築会議は国の存続に関わる問題だと強い危機感を示し、
具体的に対策を急ぐよう求めています。

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しかし、肝心の財源がありません。
岸田総理大臣はこども予算の倍増を掲げているのに、
なぜ、財源の議論が先送りされたままなんでしょうか?
まず、少子化の現状を見てみます。

【進む少子化】

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先日発表された、今年1月から10月までに生まれた子供の数は66万9871人。
前年と比較してマイナス 4.8% 。
過去10年の平均減少率は年2.5%ほどですから、
ほぼ倍の速さでこどもが減っていることになります。
調査開始以来、最も少なかった昨年の出生数81.1万人をさらに下回り、
80万人を初めて割り込む公算が大きくなっています。

少子化が進むと年金や医療・介護などの社会保障の支え手が減るだけでなく、
そもそも社会を支える様々な仕事や消費活動の担い手が減り、
国全体が衰退するおそれがあります。

【全世代型社会保障会議 報告書】

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こうした事態について
報告書は、少子化は「多くの地域社会を消滅の危機に導くなど、
経済社会を“縮小スパイラル”に突入させる」、
少子化は、まさに「国の存続そのものに関わる問題」だと強い危機感を表明しています。
その上で、子育て・若者世代への支援を急ぐよう求めています。

具体的には、早急に取り組む対策として
▽出産家庭に対し、10万円相当の支給を行います。
▽また、出産育児一時金を引き上げます。
原則42万円を来年度から50万円に引き上げます。
▽そして育児休業をとった後に、時短勤務で復帰する人や
そもそも育休給付の対象外となっているフリーランスや自営業者向けに
新たな現金給付制度の創設も求めています。

その上で、今後のさらなる充実策として
▽児童手当を拡充する。
▽また、政権が掲げる「勤労者皆保険」の構想に基づき
短時間労働者が厚生年金に入りやすくするよう、
企業規模要件を撤廃することなどを求めています。

いずれも若い人たちの暮らしを底上げすることで
こどもを産み・育てることを支援しようという狙いですが、
最大の問題は、その財源が手当されていないことです。

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たとえば、出産家庭への10万円相当の支給。
実施するには毎年度1000億円規模の財源が必要となります。
とりあえず来年度分は補正予算で対応する方針ですが、
その先、2024年度以降は財源がありません。

また、かねてから強い要望が上がっているのが児童手当の拡充です。
今は子供1人当たり原則、月1万円~1万5千円を中学卒業まで支給しています。
これを高校まで延長したり、所得制限をなくしたり、
また第2子、第3子には、もっと多くの額を支給したりしてはどうか、
といった様々な案が与党の中からもあがっています。
実施するとなると、兆円単位の予算が必要になると思われます。
やはり財源のメドは立っていません。

【 財源3兄弟 】
なぜ、お金の議論がされていないのか?

そもそも、岸田総理大臣は
国会質疑の中でたびたびこども予算の倍増を目指す考えを表明しています。
また、来年夏の骨太の方針で、
こども予算倍増への道筋を示す、という発言もしています。
このため、今回の会議では、
年末までにその財源の議論が行われるものと関係者の多くは受け止めていました。
しかし、結局、そうした議論はありませんでした。

なぜ、なのか?

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その理由は、岸田政権が直面する三つの大きな政策課題にあります。
・防衛費の増額、 
・脱炭素、
・そしてこども予算。

どれも巨額の財源を必要とする政策課題で、
政府内では俗に、「財源確保3兄弟」などと言われています。

このうち、防衛費については、
2027年度以降に必要となる年4兆円の増加分のうち、
1兆円強を法人税などの増税でまかなう考えが示されました。

また、脱炭素については
今後10年間で官民合わせて150兆円の投資が必要で、
そのために20兆円分の経済移行債と呼ばれる国債を発行し、
財源とする案も示されています。

一方、こども予算にはそうした中長期の計画や枠組みがなく、
財源の議論を迫られることのないまま、年末を迎えたわけです。

【 予算倍増の道筋は? 】
今後の焦点は、総理の掲げるこども予算倍増の財源をどうやって確保するかです。

ちなみに、なぜ倍増なのか?
それは、日本の子育て関連の予算が少ないことが以前から大きな課題だからです。

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このグラフは、各国が子育て支援にかけるお金、「家族関係支出」が、
GDPに占める割合を比較したものです。
日本は、わずかに1.73%。イギリス、スウェーデンなどの半分程度しかありません。
これに、一人の女性が何人のこどもを産むか、という出生率を重ねますと、
日本は2020年で1.33。
これに対し、スウェーデンは1.66、フランスは1.82などとなっていて、
子育て支援が少ない日本は、出生率も低い、という結果になっています。

では、どうやって倍増するのか?

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たとえば、今年度の少子化対策予算はおよそ6兆円です。
また、来年春に誕生するこども家庭庁の予算はおよそ4兆8000億円。
これを倍増するとなると、防衛予算のように本格的な増税論議が避けられません。
そうなると、このタイミングでの実現はかなり難しくなります。

しかし、今回の報告書を受けた会議で岸田総理大臣は
「来年度の骨太の方針には、こども予算の倍増を目指していくための当面の道筋を示す」と述べまして、
これまでの、道筋、という言葉に、新たに「当面の」という言葉が加わりました。
これは、一気に倍増ではなく、まず急ぐ必要のあるものから
段階的に財源を手当てしていく、という意味のようです。

【「子育て連帯基金構想」の可能性】
では、その財源をどうするのか?

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今、政府内で注目されているのが、「子育て連帯基金構想」という新たな仕組みです。
医療や年金、介護保険などの公的な保険財源から一定額ずつ拠出してもらい、
それを子ども予算の財源とする案です。

これは、以前、こども保険構想と呼ばれていたものです。
ただ、こども保険というと、独立した保険制度を作るように聞こえてしまうので、
最近は、こういう言い方がされています。

この仕組みについては、当然、反発や疑問が予想されます。
医療も年金も、介護も、その制度を利用するために保険料を払っているのに、
なぜ、そのお金が関係のない、こども予算にまわされるのか?

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なぜ、そのような検討をするのか、と言いますと、
医療も年金も介護も、保険料を払っている人は、
自分の分を積み立てて使っているわけではないからです。
その時、その時の若い人たちがおさめる保険料や税金が、その時の高齢者に使われている。
つまり、若い人たちがチャンと生まれ、育ち、働いてもらってこそ、
初めて社会保障の仕組みは成り立ちます。
社会保障制度を維持するために、こどものためのお金を皆で出そうという考えです。

すでに、この考えを事実上、取り入れる動きがあります。
それは、既に説明した、出産育児一時金の増額です。
この財源の一部に、75歳以上の後期高齢者医療制度から拠出金が出されることになっています。
まさに子育て連帯基金と同じ発想です。

加速する少子化を少しでも和らげ、日本の将来を守るためには
税でも保険料でも総動員で、支え合う仕組みを作ることが必要です。

そのための道筋を示す、と総理がいう来年の骨太方針まで、もうあと半年しかありません。
少子化との戦いは時間との戦いです。


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