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知床観光船事故 再発防止策~残された課題

松本 浩司  解説委員

北海道・知床半島沖で観光船が沈没して26人が死亡または行方不明になっている事故について、先週、国の運輸安全委員会が事故原因についての中間報告を公表したのに続いて、きょう国土交通省の検討委員会が再発防止策をまとめました。原因究明が進み、さまざまな対策が打ち出されましたが、大きな課題も残されています。

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▼明らかになった沈没原因と
▼まとまった再発防止策を見たうえで
▼残る課題~国のチェック体制あり方について考えます。

【明らかになった沈没原因】

運輸安全委員会が中間報告で公表した事故原因はそれまで考えられていたものとは違う、きわめて基本的なミスでした。

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事故当初、専門家は
▼エンジントラブルで船が動けなくなり、横から大波を受けて転覆したか、
▼暗礁に乗り上げて船体に穴が開いて浸水、沈没したのではないかと考えていました。

しかし海底から引きあげた船を調べると船首の甲板にあるハッチのふたがなくなっていました。ここから海水が入ったことが直接の沈没原因と推定されました

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なぜハッチがなくなったのか。詳しく調べるとふたを固定する留め具がきちんとかかっていなかったことを示す痕跡が見つかりました。また事故の2日前に行われた訓練に立ち会った同業他社の人が「ふたを確実に閉めることができなかった」と証言しました。

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こうしたことから運輸安全委員会は、沈没に至った経緯について
▼ふたがきちんとロックされていなかったため船の揺れで開き、ハッチから大量の海水が流れ込んだ
▼操舵室からハッチは死角になっていて船長はそれに気付かなかった
▼船体内部を隔てる壁に穴があったため、海水が後部まで流れ込んでエンジンが停止
▼波の力でふたが外れてガラス窓を割ったことで客室にも大量の水が流れ込んで沈没を早めた
▼船長が異変に気付いてから沈没まで最短で20分あまりだった、と推定しました。

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一方、シミュレーションの結果、沈没直前の現場の波の高さは2メートル、風速は5メートル程度で、運輸安全委員会は▼ハッチがきちんと閉まっているか、▼船体内部を仕切る隔壁が密閉されていれば沈没はしなかった、と結論づけました。

この会社については、これまでも数々のずさんな安全管理が明らかになっていましたが、直接原因が船乗りとしてたいへん初歩的なミスだった疑いが強まり、あらためて驚きが広がっています。

【まとまった国土交通省の再発防止策】

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この運輸安全委員会の原因調査とは別に、再発防止策を検討してきた国土交通省の事故対策検討委員会が、きょう最終的な報告をまとめました。

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主な内容は、今回の事故で会社に安全を担う「管理者」がいなかったり、要件を満たしていなかったりしたことから、試験を創設し、講習も義務付けます。また「風速」などの安全基準が守られていなかったことから出港や運航中止の判断や手順を明確にし、公表を義務付けます。
さらに通信手段として携帯電話を除外して業務用無線の導入を促すほか、海水温の低い海域ではスライダー付きの膨張式救命いかだなどを開発し、搭載を義務付けます。

再発防止策は安全管理体制や船員の資質向上、安全基準の強化など幅広い観点から66項目に及んでいて、着実に実施されれば安全性の向上につながるものと期待されます。

【残る課題~国のチェック体制あり方】

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一方、課題として残るのは国の監査と、国の代行として船舶検査を行うJCI=日本小型船舶検査機構の検査のありようです。
今回の事故では監査や検査が何度も知床遊覧船に入っていたにも関わらず、運航管理者が機能していないことや出港基準の軽視、通信手段の不備などを見抜けず、事故の芽を摘むことができませんでした。
さらに事故のわずか3日前に船舶検査が行われていましたが、今回新たに分かり、浸水の原因になったと見られるハッチの不備を見逃していました。この点について国土交通省は「検査ルールどおりに外観を見て異常がないことを確認したが、留め具の動作確認は行わなかった」と説明しています。

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きょうの報告書では国土交通省自身の改善策について、
▼抜き打ちやリモートの監査を導入して監視を強化するほか
▼職員の研修やマニュアルの充実
▼他の行政機関からのノウハウの取得
▼JCIの検査方法全体の見直し
▼幹部が全国の監査の現場をまわり意識改革を徹底する、などとしています。

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ただ、これらの対策に取り組む前提として国の運輸行政が持つ構造的な問題にも踏み込む必要があるという指摘があります。
国土交通省は航空や鉄道、バス・トラック、タクシー、それに船舶など規制を作って安全を守らせる役割と業界を育成する両面の役割を持っています。国の職員が事業者やその団体に再就職することもしばしばです。国は業界を保護・指導し、事業者側は国に依存し従うことで安全と安定経営を維持する関係です。
国の交通運輸行政に詳しい関西大学の安部誠治教授は、この構造を一種の「パターナリズム=父権主義」にあたるものと見ています。父親が「子どものためだ」として保護しながら強く干渉する関係性のことで、かえって自立を妨げたり、なれあいになることがあるとされます。

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今回の事故前の監査でも国の運輸局が改善報告書の例文を作って知床遊覧船にそのまま提出させて運航再開を認めるなど、手取り足取りの指導をしていたことがわかっています。

安部教授は「再発防止策には必要な対策がほぼ盛り込まれ枠組みはできた。その実効性をあげるためには、国と中小事業者、団体との間の『パターナリズム』とも言える関係を脱却し、緊張感のある監査・検査を通じて事業者の安全意識を高めていく必要がある」と話しています。

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最後に運輸安全委員会の役割を考えます。航空や鉄道、船舶事故の原因究明を担う組織で、以前の航空・鉄道事故調査委員会は国土交通省の中にありました。しかし原因調査は事故を起こした事業者だけではなく、今回のように安全のルールを作り、監督をする国土交通省側の問題点も第三者の立場から公平に調査する必要があります。このため海難事故調査を加え国土交通省の外局と位置付けて独立性が高められたという経緯があります。

先週、公表された中間報告では国土交通大臣に対し、▼事故原因になったハッチの点検を全国の事業者に指導することや▼隔壁設置の義務付けを検討することを求めました。そのうえで「今後、国土交通省やJCIの監査・検査に実効性がなかった原因を分析し、能力向上のための検討を促していく」としています。発足して10年あまりになる運輸安全委員会の役割が重要になっています。

【まとめ】
今回の事故は乗客の命を預かる運航会社として許しがたいずさんな安全管理が招いたものですが、管理体制や判断、設備、検査などいくつもの要因が重なって重大な結果に至ったとう点は多くの大事故に通じるものです。再発防止策を迅速、確実に実行するとともに、国の監査・検査体制の検証をさらに進め、旅客船の安全性を高めていくことが求められています。


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松本 浩司  解説委員

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