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なぜ突然の修正~日銀が問われる対話力

神子田 章博  解説委員

日銀が予想外の金融政策の修正に踏み切りました。金利の上昇につながるもので、外国為替市場で円高が急激に進むなど、経済にも大きな影響を及ぼしています。
今回の動きの背景には何があるのか、政策修正の説明の仕方に問題はなかったか考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1) 政策修正の内容と背景
2) 経済への影響
3) 対話の在り方に課題

1)政策修正の内容と背景
まず日銀の政策修正についてみていきます。

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日銀は2016年から短期金利をマイナス0.1%程度に、10年ものの長期金利の金利をゼロ%程度に抑える金融緩和策を行ってきました。このうち長期金利の目標については若干の幅を持たせ、プラスマイナス0.25%程度としてきましたが、今回これを0.5%程度にまで広げました。市場では、アメリカの中央銀行に当たるFRBが記録的なインフレを抑え込むために政策金利を大幅に引き上げた影響で、長期金利の上昇傾向が続いています。こうした中で、日本では、実勢から乖離した低い金利となっている10年ものの国債の取引が成立しない日もあるなど、強引に金利を抑え込むことによる市場のゆがみが目立つようになっていました。こうした市場のゆがみを放置すれば、企業が社債を発行して資金調達を行う際にも支障が生じかねず、経済に与える影響が懸念されるとして、変動幅の修正に踏み切ったと日銀は説明しています。日銀は去年3月にも長期金利の変動幅をプラスマイナス0.1%程度としていたのを、0.25%程度に広げましたが、その際の狙いも市場機能を回復させることでした。

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その後この変動幅に焦点があったのは、円安の動きが急激に進んだ今年の春以降です。円安の背景には、政策金利の大幅な引き上げを続けるアメリカと、超低金利政策を続ける日本との間で金利差が広がり、投資家が円を売ってより高い利回りを見込めるドルを買う動きを強めたことがあります。しかし、日銀は、「日本経済は賃金があがり物価も上がるという好循環になっていない」として、金融緩和策を続けざるをえない状況です。そうした中でも、せめて長期金利の変動幅を広げるぐらいのことをしてはどうか、という意見が各方面から出ていました。これに対し黒田総裁は、変動幅をより広くしたら明らかに金融緩和の効果を阻害すると主張してきました。ではなぜいまこの時期に政策の修正に踏み切ったのでしょうか。
 今回の政策について日銀の中からは、「円安が進んでいた時に修正を行っていたら円安対応だと受け取られていただろう」という声が聞こえてきます。今回の修正は円安対応ではないということですが、日銀が政策を考えるうえで常に円安の動向が頭の中にあったことをうかがわせます。

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そこで私が思い出すのは、黒田総裁が7月の記者会見で「金利をちょこっとあげるだけで円安が止まるとは到底考えられない」と話していたことです。円安であれ円高であれ、市場がひとつの方向に向かうときに、そこには大きな勢いが働き、当局が市場に介入したり、金融政策を多少修正したところで、その動きを止めることはできないといわれます。円安が1ドル150円にせまろうかという強烈な勢いを見せていた時に、金利の変動幅を広げたところで、円安は止められなかった。しかし円安の勢いが弱まってきた今ならばどうか。市場が全く予想もしないタイミングで政策の修正を打ちだすことで、急激に進んだ円安を円高に押し戻すことができるかもしれない。日銀の政策修正がこの時期に行われたのには、そうした背景もあったのではないかという見方もあります。

2)経済への影響
 実際に今回の政策修正は、市場を大きく動かしました。ここからはそれが日本経済にどういう影響を及ぼすか見ていきます。

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日銀の政策修正の発表を受けて、円相場はそれまでの1ドル137円台から一時7円程度も円高が進みました。円高が進めばこれまで円安によって押し上げられていた海外からの原材料や食料などの輸入価格が値下がりし、物価上昇の勢いがやわらぐことが期待されます。一方で、海外に製品を輸出する企業にとっては、価格競争力が弱まったり、円ベースで見た収益が悪化するなどマイナスの影響も予想されます。さらに、長期金利の上昇は、国債の金利を基準に決められている住宅ローンの固定金利の上昇につながり、住宅需要を鈍らせるおそれがでてきます。また企業が資金を借り入れる際の金利を押し上げ、とりわけ経営体力の弱い中小企業の経営に響くことが心配されます。

今回の政策修正の経済への影響について黒田総裁は、「今後も必要に応じて国債の買い入れの増額などをやることにしているので、経済に何かマイナスが出てくるということは完全に防げる」と話していますが、今回の動きをきっかけに急激な円高が進めば経済へのマイナス面のほうが大きくなるかもしれません。

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日本経済がコロナ禍からの回復途上にあり、来年は海外経済の減速も予想される中で、今回の政策修正で景気にどのような影響がでてくるか、注意深く見ていく必要があると思います。

3)対話のありかたに課題
最後に今回の日銀の動きをめぐっては、政策を説明するコミュニケーション、対話のあり方に問題があったのではという指摘が出ています。

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今回の政策修正は金利の上昇をもたらす可能性があることから、市場関係者の間から「金融引き締めではないか」という受け止めがでています。これに対し黒田総裁は、記者会見で「利上げや金融引き締めを意図したものではない」と繰り返し強調しました。しかし日銀はこれまで、変動幅の拡大は金融引き締めにあたるという説明をしてきました。さらに金利上昇につながる措置をとる判断の根拠として、先行きのインフレの見通しが強まるなど経済状況の認識が変わったのかというと、そういうことでもありません。このため、今回の修正は、これまでの日銀の主張と整合性がとれないのではないかという声が強まっています。

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一方で、日銀の内部には、今回の政策修正について、金融緩和の効果が弱まることは認めざるをないとしたうえで、それでも市場のゆがみをとりのぞくプラスの効果が大きいと説明する人もいます。かつて審議委員として日銀の政策を決める会合に出席していた木内タカヒデさんは、「日本銀行は政策変更をした際に、本当の理由や本音を言わない傾向がある」としたうえで、本音と説明がずれたことで納得感のない形になったと話していますが、そういうことでは国民も戸惑う結果となるでしょう。

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また今回の政策修正をめぐっては、黒田日銀が10年近くにわたって続けてきた超低金利政策を転換して引き締めに向かういわゆる「出口戦略」の始まりではという見方も出ています。日本経済はいま、長く続いた物価の上がらない状況から抜け出し、物価が一段と高まることが懸念されています。さらに、欧米各国が金利を上昇させる中で、日本だけが超低金利に抑えたままでは、為替相場の振幅が一段と激しくなるといったひずみも目立つようになっているからです。黒田総裁は、今回の政策修正は出口戦略の一歩ではないと説明していますが、今後日銀がますます問われるのは、経済状況が大きく変化する中で、どう柔軟に政策を変えていくか、それをどうわかりやすく国民や市場に説明していくかということだと思います。
唐突な政策変更が市場の混乱を招き、当局の意図せざる方向へ経済が動いていってしまうことのないよう、これからの日銀には、より丁寧な対話を求めたいと思います。


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