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迫る特例貸付の返済~生活困窮者支援の拡充を

牛田 正史  解説委員

新型コロナで収入が減少した人に生活資金を貸す、国の「特例貸付」。
その貸付金の返済が、来年(2023年)1月から順次、始まります。
しかし、今もなお厳しい生活が続く人も多く、返済によってさらに家計が悪化する恐れも指摘されています。
生活困窮者の支援は、ここからが正念場とも言えます。
今回はその課題と、必要な対策について考えます。

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「特例貸付」は、新型コロナの影響で収入が減少した人に、無利子で生活資金を貸し付ける制度です。
最大で200万円まで借りることが出来ました。

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コロナの第1波の時(2020年3月)に国が始めました。
これまでの利用件数は、延べ379万件。貸付総額は1兆4000億円を超えています。
この件数を、コロナ以前からある生活資金の貸付制度と比較すると、初年度(2020年度)は82倍、2年目(2021年度)も52倍に増え、いかに多くの人が利用したかが分かります。
ことし(2022年)9月末で貸付の申請が締め切られ、来年(2023年)1月から返済が順次始まります。
返済期間は1回の貸付で原則10年。(緊急小口資金は2年)
上限の200万円を借りた人は、多い時で、月に1万8000円ほどの返済が必要になります。

この返済の開始で、今、危惧されているのは、「家計を圧迫し、生活がさらに厳しくなる人が、相次ぐのではないか」という点です。
今もなお、生活の困窮から抜け出せない人が多くいるからです。

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今回の特例貸付の利用者は、フリーランスや自営業、それにパートタイマーやフリーターなどの人たちが増えています。
そうした中には、元々ぎりぎりの生活をしていて、今もあまり状況が改善されていない人も少なくありません。
現に、今回の特例貸付は、収入が少なく住民税が非課税となる人は返済が免除されますが、それを申請した人はすでに3割を超えています。
そして、返済が免除にならない世帯も厳しい生活が続いていると見られます。
去年(2021年)の国の調査で、自治体に今後の課題を尋ねたところ、貸付金を返済できない人が急増することを挙げた所が、全体の9割に上りました。

このように、返済が始まるこれからが、まさに支援の「正念場」となります。
では、そうした人たちの生活を再建するには、何が必要なのでしょうか。

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私は、最も重要なのは「伴走型の支援」だと思います。
コロナで生活が困窮した人は、失業や借金、それに1人で子どもを育てていたり、病気や障害があったりと、様々な課題や困難を抱えている人が少なくありません。
その場合、貸付だけで生活を再建することはできません。
この根本的な問題を1つ1つ改善していく、寄り添った支援が必要になります。

これに力を入れている沖縄県内の社会福祉協議会では、気になる世帯を職員が一軒一軒訪問し、相談に乗っています。
これをアウトリーチと言います。
社会福祉協議会とは、今回の貸付の窓口となった組織で、生活の支援も手掛けています。
ここでは、不安定な雇用が続く人はハローワークに同行したり、ひとり親世帯であれば、子ども食堂や弁当配布などの支援に繋げたりしています。
中には、認知症の高齢者が1人で暮らし、返済免除の仕組みに気づいておらず、申請をサポートしたケースもありました。

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本来は、このように貸付と個別支援をセットで行うことが重要です。
実際、コロナの前は、多くの現場で行われてきました。
ところが今回は、利用者が従来の50倍以上と、あまりにも多く、こうした個別支援を満足に行えない事態が、各地で生じました。
「十分な相談時間を確保できなかった」という所は、都道府県の社協で9割、市町村の社協でも7割を超えています。
実際、現場の職員からは「支援が必要な人が大勢いるのに、手を差し伸べられない」という苦悩、あるいは「お金を貸すだけで生活再建になるのか」というジレンマが、広がっていました。

だからこそ、まずは支援に当たる職員を増やすことが重要となります。
今回は利用者があまりに多く、全員に個別支援を行うのは難しいかもしれませんが、特に支援が必要な人に、手を差し伸べられる体制は求められます。

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社会福祉協議会の場合は、国や自治体からの財政措置が無ければ、体制を大きく強化することはできません。
国は補正予算などで職員を増員する予算は付けてきましたが、それでも十分な体制には至っていません。
特にこの増員は、雇用期間が定められた非正規職員を想定したものが中心です。
これから貸付の返済は長期にわたり、継続的な支援が必要なことから、現場からは、正規職員を増やすべきだという声が、高まっています。
一時的ではなく、将来にわたって体制を強化していく、そのために必要な措置を国や自治体は検討していくべきです。

そして職員の増員とともに、支援体制を強化する上で重要になるのが、相談機関どうしの連携です。
先ほども述べましたが生活に困窮する世帯は、いくつもの困難を抱えています。
こうした複合的な問題は、1つの相談機関だけでは解決できません。

ここで先進的な地域の取り組みをご紹介します。

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神奈川県座間市では、自治体や社会福祉協議会、それにNPO法人などが「チーム座間」を結成。
月に一度会議を開いて、相談者の情報を共有し、それぞれ、どんな支援が出来るかを話し合っています。
社協は家計支援、NPOはフードバンクなどの食事の支援、それに弁護士は債務整理のアドバイスなど、各機関が専門的な支援を行います。
この、地域の力を結集する上で重要となるのは、自治体のリーダーシップです。
各機関に働きかけ、官民協働で支援を強化していかなければなりません。
特にこの自治体について国は、家計改善支援や就労準備支援を必須事業にする、つまり義務化する方向で検討を進めていて、自治体の役割や責任は今後、ますます重要になっていきます。
是非、地域の中核を担い、支援の輪を広げてもらいたいと思います。

そして最後に、今後の支援制度の在り方についても考えていきたいと思います。

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今回は貸付が中心の支援となりましたが、返済が不要な給付金制度をさらに拡充する必要はないのでしょうか。
コロナ禍で国は、生活に困った人に速やかに資金を届けるため、従来からあった貸付制度を拡大する形で対応しました。
これによって迅速な支援が可能になった部分もありますが、一方で、コロナの影響が長期化し、借入金がどんどん膨らんでしまった人も相次ぎました。
途中で新たな支援金制度も設けられましたが、特例貸付を借り終えた人などが対象で、「利用しづらい」という声も挙がっていました。
1月から返済が始まりますが、それがどこまで生活に影響を与えるのか、国はきちんと検証し、貸付以外の支援を拡充する必要が無いか、検討を続けるべきです。

「生活困窮者の支援には、まだ課題が多い」。これはコロナの前から言われてきました。
支援制度は少しずつ強化されてきてはいますが、今回のコロナ禍で、体制の不足や、貸付以外の支援が少ないといった課題が、改めて浮き彫りになったと私は感じます。
今こそ、足りない部分を埋めていき、支援を拡大する時に来ています。


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