2022年3月、福島県沖を震源とする地震で東北新幹線が被害を受けました。被害の中には、高架橋が大きく損傷したものがありました。高架橋の上の線路が大きく変形し、仮に列車が通過していたら、重大な事故につながったおそれがあると指摘されています。
高架橋の今回のような損傷は、いわば「想定していなかった被害」で、国土交通省は、12月14日、JRに対して高架橋の耐震補強の計画を見直すよう要請しました。
解説のポイントです。
▽新幹線の3月の地震被害を振り返った上で、
▽なぜ、高架橋に想定外の大きな損傷被害があったのか、
▽新幹線の地震対策に求められることについて、考えます。
2022年3月16日の午後11時34分と36分。福島県沖を震源とする地震があり、36分の地震では、東北地方で震度6強を観測しました。
この地震の被害は、鉄道関係者に衝撃をもって受け止められました。
▽東北新幹線の1編成が脱線したことがひとつ、
もう一つは、
▽高架橋が大きく損傷したことです。この高架橋のすぐ上にあるレールが変形し、およそ30センチ沈下しました。地震が発生した時刻は、この地点を最終の列車が通った後でした。もし、レールが変形した後に列車が通過していれば、重大な事故になったおそれがあると指摘されています。
こうした被害を受け、国土交通省は専門家による検証委員会を設置し、新幹線の地震対策を検証しています。脱線については、原因などの分析中で、対策を示すには時間がかかりそうです。
一方、高架橋の被害については、原因が明らかになってきたことから、検証委員会は調査結果を12月14日「中間とりまとめ」として報告しました。
この高架橋で何があったのか、中間とりまとめから見てみます。
上図の右上の写真は、高架橋を横から見たところです。大きく壊れたのは、図の「損傷部分」としている柱とその奥の柱です。高架橋は道路をまたぐ橋げたを支えています。この橋げたの重さは1400トンあります。
柱は、地震の揺れで損傷を受けた直後、橋げたの重みで、コンクリートが押しつぶされ、柱全体が沈み込むように壊れたと考えられています。重みの影響で大きく沈み込んだことが「想定外」でした。その結果、高架橋の上の線路も大きく変形したのです。
高架橋が補強されていれば、被害を防ぐことはできましたが、柱の壊れた部分は補強されていませんでした。
では、高架橋について、補強などの対策は、どう考えられているのでしょうか。
高架橋の地震対策は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、大きく変わりました。大きな被害が相次いだことから、新幹線の高架橋は、耐震補強が進められています。
補強は、地震で柱が崩壊するなどの危険があると判断された高架橋を優先して行われました。優先して行う補強は2010年までに、新幹線のすべての路線で完了し、いまはそれ以外の補強が続けられています。
一方、今回被害のあった高架橋は、補強を行う計画はありますが、優先的な補強の対象とはならず、後回しになっていました。
レールが30センチも沈下する危険な被害が起きたのに、なぜ優先されなかったのでしょうか。それは、過去の地震で同じような被害の経験がなく、大きく沈み込んで壊れることを想定していなかったためだということです。国土交通省やJR東日本は、今回の被害について、「結果として、こうした高架橋の危険性をあらかじめ把握できなかったことは、反省しなければならない」と話しています。
では、同じように橋げたの重みで大きく損傷するおそれのある高架橋は、他にはないのでしょうか。
検証委員会によると、こうした高架橋は、柱の数にして1000本以上あります。
内訳は、東北新幹線に、およそ580本、上越、山陽新幹線に、それぞれおよそ390本、170本あります。北陸新幹線の中でも建設年代が古い、高崎-長野間にも少ないながらあるとみられ、現在調査中だということです。
これらの柱は、補強を急ぐ必要があります。国土交通省は、JR東日本とJR西日本に対して、これらの補強を2025年度末までに完了するよう要請しています。
一方、東海道新幹線は、すべて補強済み。建設の時期が比較的最近の九州、北海道の各新幹線、それに北陸新幹線の長野-金沢間は、耐震性が高い設計が採用されていることから、同じような被害のおそれがある高架橋はないということです。
課題として、何が見えてきたのでしょうか。
ひとつは、橋げたの重みで高架橋が大きく損傷する危険性をなぜ事前に把握できなかったのかという点です。どういった検討が足りなかったのか、検証することが必要だと思います。
そして、今回、過去に経験がない被害が起こったのと同じように、今後の地震で、まだ気づいていない何らか想定を越えた被害が他に起こらないかということです。これについて、国土交通省は「今後、検証委員会で確認を進める」という考えを示しています。その作業を急ぐことが求められます。
さらに、指摘しておきたいのが、新幹線の地震対策について、現状で十分とせずに、強化していくことの必要性です。それは、過去の地震で受けた被害が示しています。
上図にある過去の地震では、乗客・乗員に死傷者はありませんでした。しかし、状況を詳細に見ると、安心することはできません。
▽阪神・淡路大震災の時は、高架橋が崩壊しましたが、地震発生は午前5時46分。始発列車の14分前で、新幹線は走っていない時間帯でした。
▽新潟県中越地震では、上越新幹線が脱線しましたが、偶然、台車の一部がレールに引っかかり、列車は脱線後もレールに沿って進むことができました。
▽熊本地震でも、脱線しましたが、地震発生は熊本駅を発車して1分後でスピードは出ていませんでした。また回送列車で、運転士1人しか乗っていませんでした。
▽3月の地震では、高架橋の損傷でレールが大きく変形しましたが、地震発生は、最終列車が通った後で、ここを通過する列車はありませんでした。
また、1編成が脱線し、乗っていた6人がけがをしました。ただ、この地震の2分前にやや規模の大きい地震が発生し、この地震で自動的に非常ブレーキがかかったため、脱線したとき、列車はほぼ止まっていました。
新幹線では、地震によって乗っている大勢の人が死傷する事故はおきていません。しかし、一つ一つを見ると、たまたまそうなっただけで、地震の発生時刻などの条件が少し違えば、大惨事になっていたかもしれないのです。
高架橋も含めて、地震対策全体のレベルをさらに引き上げることは、いまも、すべての新幹線に必要なことです。
新幹線の地震対策については、国土交通省が、中越地震が起きた2004年に協議会をつくり、それ以降、検討を続けています。
この協議会は、新幹線を運行するJR各社と、新幹線の施設を建設する鉄道・運輸機構などで構成されています。しかし、今回の高架橋の問題に気づきませんでした。
地震対策を検討する際に、外部の専門家など第三者の意見を取り入れるなどして、安全対策に見落しはないのか、多角的に検証していくことが求められます。
レールが変形するような被害を出さないことは、鉄道の安全の基本の一つで、高速走行する新幹線では特に重要です。JR、国土交通省など鉄道関係者は、その基本的な対策が長い間不十分なままだったことの重大性を再認識して、新幹線の安全性向上につなげなければなりません。
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