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米FRBが利上げ幅を縮小 『円安』『物価高』への影響は

櫻井 玲子  解説委員

日本をはじめ、世界の為替・株式市場に大きな影響を与える、アメリカの金融政策。
そのアメリカの中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会は、物価の上昇を抑えるために続けてきた急激な利上げのペースを緩める決定をしました。
政策変更の背景はなにか。
そしてアメリカの急激な利上げによってすすんだ「円安」や「物価高」は、これをきっかけに転換点を迎えるのか。
FRBの決定の影響や、今後の課題を探ります。

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まずはこれまでのアメリカの金融政策の動きをみてみます。

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FRBは、金融政策を決める過去4回の会合で、連続して、政策金利を0.75パーセントずつ引き上げる、という急激な利上げを実施してきました。
コロナ禍からの景気回復や、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけとした資源高を背景に、40年ぶりの高い水準となったインフレを抑えるため、金融を急激に引き締め、景気に強いブレーキをかける政策です。
その影響は、日本にも為替の面で大きく波及しました。
急激な利上げに連動する形で、市場では、より金利の高いドルを買って、円を売る動きがすすみ、ことしはじめには1ドル115円近辺だった為替相場が、10月には1ドル151円台にまで、大きく円安に動きました。
その後、政府日銀による為替介入の効果もあって、円安もいくぶん収束をみせましたが、日本の消費者は、円安による輸入物価の上昇のあおりを受けてきました。

しかしここにきて、FRBは14日、利上げ幅をこれまでの0.75ではなく、0.5パーセントに縮小すると発表しました。
物価を抑えるためのブレーキはかけつづけるけれども、これまでのように強くかけるのではなく、いくぶん手を緩める、という決定です。

その最大の理由は、アメリカの物価上昇は続いてはいるものの、その勢いは収まりつつあるのではないか?という見方によるものです。

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今週発表されたアメリカの最新の消費者物価指数は前年同月比で7.1%。
上昇率は5か月連続で前の月を下回っています。
依然高い数字ではあるものの、ピークをつけた8パーセント台よりは下がっており、これまでのFRBの急激な利上げ政策が、物価を抑えるのに、効果をみせはじめた、と、とらえているからです。

さらに、急激な利上げによっておカネの流れを引き締めたことで、景気後退の兆しがあらわれはじめていることが、注目されています。

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▼アメリカの企業各社に景気についてどう感じているかをきいて算出する、ISM・製造業景況感指数は11月に、景気の良しあしを判断する上での基準値となる50を割りました。
指数が50を割るのは、2020年5月以来、およそ2年半ぶりのことです。
▼また、民間の調査機関が発表する景気先行指数も、8か月連続の悪化となり、前年同月比でマイナス2.7%に落ち込んでいます。
FRBやアメリカの経済動向に詳しい、エコノミストの鈴木敏之さんは、「製造業景況感指数が50を何回か割り、また景気先行指数がマイナスになった場合、過去のデータによれば、景気後退を避けられた例は、ほとんどない」と分析しています。
インフレは依然として心配だが、あまりにもブレーキが利きすぎると、アメリカ経済のエンジン自体がとまってしまう。
来年・2023年に向けて、インフレのリスクだけでなくいかにアメリカを深刻な景気後退に陥らせないようにするにはどうすればよいか?
利上げそのものをいつ止めるべきか?という問題に、いよいよ向き合い始めたといえます。

では、急激な利上げを背景にすすんできた円安局面は、今回の決定をきっかけに一段落するのでしょうか。
この先予想される動きと、日本への影響について、考えてみたいと思います。

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多くの専門家は、この先、アメリカの景気が後退し、FRBは来年の春以降にも利上げを停止。
そして早ければ来年の年末、または再来年にかけて、景気を下支えするために、逆に利下げに転じる可能性がある、と考えています。
そうなれば各国より格段に低い金利を維持する日本と、アメリカの金利差は縮まり、ことしのような一方的な円安への動きには、一定の歯止めがきくとみられています。
アメリカが深刻な景気後退に陥れば、今度はドルが売られて円が買われ、来年は円安よりも、むしろ急激な円高へのリスクに、目を配るべきだという指摘もきかれます。

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ただ、パウエル議長は14日の記者会見で、FRBが利上げを早い段階で止めるのではないかという観測を、打ち消そうとしました。
「ここ最近の物価の指標はよいサインだが、インフレそのものが収束するには、まだ、時間がかかる」と繰り返し述べ、消費者物価の上昇率が今も、FRBが目標としている2%からは、ほど遠いことを強調してみせました。
また、FRBの物価目標そのものを変える考えがないことも、あわせて、示しました。
今はインフレと景気後退が同時に起きてしまう「スタグフレーション」だけは避けたい。
そのためにも、インフレの克服が中途半端に終わるのは、避けたい。
という考えもみてとれ、今後の政策判断のタイミングや方向性については、いまだ予断を許さない状況です。

さてここからは、今回のFRBの決定も踏まえ、私たちの暮らしにかかわる物価は今後どうなるか、その影響についても考えてみたいと思います。

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アメリカが利上げのペースを緩めれば、円安局面に一定の歯止めがかかり、海外から輸入している商品やサービスの価格も下がることが期待されます。
となると、来年はことしほどの物価の急上昇をみなくてもすむようになるかもしれません。
FRBの予想ではアメリカの来年の成長率は、わずか0.5%。
また世界全体でみると、ヨーロッパではより深刻な景気後退も心配されているほか、中国経済もふるわず、来年は世界同時不況に陥る可能性が指摘されています。
そうなればモノやサービスの需要も減り、資源や食糧といった原材料価格が下がっていく可能性はあります。

ただ、注意すべき点もあります。
一つは、商品価格は、簡単には「下がらない」ということです。
企業が仕入れ価格から商品価格に価格を転嫁する際に、消費者離れを防ぐために急激な値上げを一気にするわけにもいかず、商品価格を徐々に上げていく。あるいは少し時間を置いてから値上げをするということが頻繁に行われているからです。

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また、緊迫する国際情勢のもと、エネルギーや食料などの資源価格の高騰が、以前より起きやすくなっていることにも警戒が必要です。
亜細亜大学の茨木秀行教授の試算によりますと過去20年間は世界的な自由貿易の進展によって各国ともに、物価が押し下げられ、特に日本は1.2パーセントもインフレ率が抑えられてきた、ということです。
日本の消費者はグローバル化の効果で、それだけ安い値段で商品を手にすることができていたともいえます。
しかし、国際情勢が緊迫して世界の分断がすすめば、その分、日本の物価は押し上げられてしまうことになります。

アメリカの利上げのペースが落ち、円安のマイナス効果が和らいだとしても、「物価高」はまだ、長く続く可能性があります。
「低金利・低価格」が続くいわゆる「低体温経済」の時代が変わる中、物価が今後高いまま続くことも想定した、政府の経済政策運営や、企業の賃上げに向けた努力が、一層、問われることになりそうです。


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