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北朝鮮弾道ミサイルが日本上空を通過  必要な対応や備えは

田中 泰臣  解説委員 出石 直  解説委員

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北朝鮮が発射した弾道ミサイルが日本の上空を通過しました。上空通過は5年ぶり、飛行距離は過去最長と見られる今回のミサイル発射。北朝鮮の意図はどこにあるのか、どのような対応や備えが必要なのでしょうか。

《上空通過・最長の飛距離》

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弾道ミサイルが発射されたのは10月4日の午前7時22分ごろ。
6、7分後には青森県の上空を通過し、日本のEEZ=排他的経済水域の外側の太平洋に落下したとみられています。
飛行距離は約4600キロと推定され、これまで発射したミサイルで最も長いと見られています。
被害の情報は確認されておらず、政府は自治体などに緊急に情報を伝えるJアラート=全国瞬時警報システムとエムネット=緊急情報ネットワークシステムで発射から5分後に最初の情報を発信しました。
これは2017年9月以来で、北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過したのもこの時以来です。
今年に入って北朝鮮はかつてない頻度でミサイルの発射を繰り返していますが、今回の発射は脅威のレベルが一段増す事態となりました。

《北朝鮮の意図は?》

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今回の発射について北朝鮮の意図はどこにあるのでしょうか。
1つは「日米韓に対するけん制」だと思います。
米軍と韓国軍はこの夏、4年ぶりに朝鮮半島有事を想定した大規模な合同軍事演習を行いました。先月30日には、アメリカの原子力空母も参加して5年ぶりに日米韓3か国による共同訓練も行われています。先月韓国を訪問したアメリカのハリス副大統領は北朝鮮を「残忍な独裁政権」と厳しく非難、対決姿勢を鮮明にしました。
こうした動きに北朝鮮は強く反発し、先月25日以降、短距離弾道ミサイルの発射を繰り返していました。今回の発射も含め一連のミサイル発射には、ミサイルをみせつけることで、北朝鮮に対する抑止力を強化してきている日米韓をけん制する狙いがあったものとみられます。

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もう1つは、国防力の強化です。
北朝鮮は去年1月に明らかにした国防力強化のための開発目標に従って、▽音速の5倍以上の速度で変則軌道で飛行する極超音速ミサイルや▽鉄道発射式の弾道ミサイルなどの開発を進めています。
エンジン性能や燃料の開発によって飛行距離を伸ばし、姿勢制御装置の改良で命中精度を向上させているのです。
キム総書記は先月開催された最高人民会議で「核武力強化の道は終わらない」と断言し、核開発を続ける意思をあからさまにしています。
今回の発射は、日米韓へのけん制であると同時に、国防力を強化するための核・ミサイル開発計画の一環ととらえることができると思います。

《ミサイル開発の進展は?》

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そのミサイル開発計画。日本政府は著しいスピードで進んでいると分析しています。
今回発射された可能性があるのが「火星12型」という中距離弾道ミサイル。射程は5000キロとされています。
ピョンヤンを中心に半径5000キロの円を描くと日本列島はもちろん、アメリカ軍の拠点があるグアムまでも射程に収めます。
前回日本上空を通過した5年前に発射されたのも、この「火星12型」でした。
それ以降はなかったのですが今年1月30日に再び発射されました。
この時の飛行距離は約800キロ。日本海に落下したと推定されています。ただこれは、通常よりも角度をつけて高く打ち上げる「ロフテッド軌道」で発射されていました。
この時、北朝鮮はミサイルについて「生産・装備されている」と表明。防衛省は、生産段階に入っている可能性があると見ていました。

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防衛省関係者は今回、通常の軌道で発射され飛行距離が4600キロに及んだことで生産段階、そして実戦配備に向けて進展したという見方を示しています。
またグアムを完全に射程に収めることでアメリカへの抑止力を高めたい意図があるのではと見ています。
どちらかと言えば、変則軌道や極超音速ミサイルといった日米のミサイル迎撃システムをかいくぐる開発に注目が集まっていましたが、中距離弾道ミサイルの開発も日本はもちろんアメリカにとっても深刻な脅威と言えます。

《今後北朝鮮は?》
北朝鮮は今後もミサイル開発・発射を繰り返していくのでしょうか。
新たな技術の獲得を目指した各種ミサイルの発射や、アメリカ本土をも攻撃対象とするICBM級の超大型弾道ミサイルの発射なども準備しているのではないでしょうか。核実験については、中国が強く反対しており今月16日からの中国共産党大会までは実施しないのではないかとみられていますが、それ以降はわかりません。来月8日にはバイデン政権の行方を占うアメリカの中間選挙が行われます。核実験も含め新たな挑発に出てくる可能性は十分あると考えておくべきでしょう。
また今の国際情勢は、むしろ北朝鮮に有利に働いています。

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2016年から17年にかけても北朝鮮は立て続けに3回の核実験を行い、ICBM級を含む40発の弾道ミサイルを発射しています。この時には、ロシアも中国も賛成して国連安全保障理事会で6回にわたって厳しい制裁決議が採択されています。
しかしこうした国際社会の連携は今、もろくも崩れてしまっています。
常任理事国であるロシアと中国は制裁に反対し、安保理は制裁決議どころか非難声明すら出せていません。ロシアが核による威嚇を繰り返していることで、北朝鮮は核の威力を再認識しているのではないでしょうか。

《必要な備えは》

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こうした中、政府・自民党内からはさらなる安全保障上の備えが必要との声が高まりそうです。
発射を受けて浜田防衛大臣は、「いわゆる『反撃能力』も含めあらゆる選択肢を排除せずに検討する」と述べました。
「反撃能力」は相手の領域内のミサイル発射拠点を攻撃する能力のことで、政府として年末までに保有の是非を決定するとしています。
これは北朝鮮のミサイル技術に対抗するために抑止力を高める必要があるなどとして政府・自民党内などで導入の声が高まっているもので、それだけに今後保有に向けた議論が活発化することも考えられます。
また備えという点で課題も出ています。
今回、Jアラートで、警戒の必要のない東京の島しょ部の町や村に誤って発信されていたほか、北海道と青森県では一部の市や町で情報を受信したものの防災行政無線で発信されないといったトラブルが起きました。
5年前にも同様のトラブルが起きていて、その教訓が生かされているとは言えません。国民の安全に関わるだけに、政府は原因究明を行い、改善を進める必要があります。
今回のミサイルの発射は、日本周辺での中国やロシア軍の活動が活発化し注目が集まる中、北朝鮮がこの地域にとって深刻な脅威であることを改めて知らしめるものとなりました。
政府には粘り強い外交努力と安全保障上の備えに力を注ぐのはもちろんのこと、情報伝達にとどまらず、地下の避難施設の整備など、国民保護の観点からの取り組みも早期に進めていくことが求められていると思います。

(田中 泰臣 解説委員/出石 直 解説委員)


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