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B777 相次いだエンジン損傷 求められる再発防止

中村 幸司  解説委員

2020年12月に日本航空のボーイング777型機のエンジンが損傷したトラブルについて、国の運輸安全委員会が、2022年8月、調査報告書をまとめました。同じメーカーのエンジンのトラブルは、2018年以降、アメリカを含めて3件相次いで起き、このエンジンを搭載したB777型機は、国内、そして海外でも運航されなくなるという事態になりました。
エンジンメーカーによる検査が不十分だったとされ、背景には、機体の大型化に伴う新しい技術の導入がありました。

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今回は、
▽日本で起きたエンジン損傷トラブルの詳細、
▽このトラブルの何が重大なのか、
▽再発防止策と、空の安全に求められることを、考えます。

トラブルが起きたのは、2020年12月4日、日本航空の904便、B777型機が那覇空港を離陸して、間もなくでした。

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空港の北50キロ、高度5200メートルで、左エンジンに異常が起きました。機長は、このエンジンを停止させて「緊急事態」を宣言し、空港に引き返しました。
乗客・乗員、合わせて189人に、けがはありませんでした。

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エンジンのファンブレードという扇風機のような金属の羽が2枚破断していました。(上の図中、エンジン内の点線部分)エンジンのカバーがはずれ、飛び散ったエンジンの部品によって、胴体と尾翼、合わせて4か所に穴やへこみができました。

飛行中にエンジンが損傷するというのは問題ですが、旅客機はエンジンが1つ止まっても、運航を継続できるように設計されています。
では、このトラブルの何が重大なのか。
B777型機のエンジンは、複数の会社が製造しています・重大性の一つは、プラット・アンド・ホイットニーが製造したエンジンでファンブレードの破断が相次いだことです。

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日本のケースは2回目で、1回目は2018年2月にアメリカ、ユナイテッド航空のB777型機でした。日本のトラブルの3か月後=2021年2月にも、ユナイテッド航空のB777型機が飛行中にファンブレードが破断しました。いずれも、けが人はありませんでした。
1回目の破断は、検査の際、亀裂が見逃されたことがわかっています。このため、検査手順の見直しなどの対策がとられました。

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しかし、2回目・3回目とブレードの破断が相次ぎ、直後からプラット・アンド・ホイットニー製のエンジンを搭載したB777型機は、国内そして海外でも運航されなくなりました。
徹底した原因解明と対策が求められたのです。
新型コロナで、航空需要が落ち込んでいたため、運航への影響はほとんどありませんでしたが、日本航空と全日空は、国内線の旅客輸送力がそれぞれ12%、25%の減少という大きなものでした。

もう一つは、エンジン部品の落下です。

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日本のケースでは、エンジンのカバーやエンジン内部の金属部品など、重さにして、合計210キロ以上が落ちました。
一方、2021年、アメリカのデンバー近郊で起きた3回目のケースでは、エンジンの前の部分を覆う直径3.5メートルほどのリング状のカバーが住宅の軒先に落ちました。屋根や運動場にも部品が落ちてきました、落下物の危険性を示しています。
日本のケースでは、落下物は海に落ちました。もし、都市など陸地の上空で同じようなことが起これば、地上に大きな被害が及ぶおそれがあったのです。

ファンブレード破断の原因は何なのか。8月25日に公表された運輸安全委員会の報告書をもとに見ていきます。

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ファンブレードは、1枚が金属疲労によって根元から破断しました。(上の図の「1枚目」)その破断したブレードがあたって、もう一枚が破断したとみられています。(図の「2枚目」)
金属疲労は、金属表面の小さな亀裂が、飛行を繰り返すうちに次第に大きくなるもので、限界を越えると破断します。

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亀裂の起点は、ブレードを上から見たのが「破断面」のブレード内部がいくつかの部屋に分かれている中空の部分でした。ブレードを製造したときに、この起点のところに0.1ミリほどの金属が高温で付着したとみられています。これにより付着した部分の金属が脆くなり、亀裂が発生し、広がったとみられています。

破断する前に亀裂は、なぜ見つけられなかったのか。

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ブレードの中空の内部は、オーバーホールでエンジンを分解しても直接見ることができません。このため、検査は、振動によって亀裂部分に熱を発生させて検知する「TAI」という特殊な方法がとられます。検査は航空会社ではなく、エンジンメーカーのプラット・アンド・ホイットニーが行いました。

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報告書によると、このブレードは、破断する2年半前(2018年6月)に、TAI検査を受けましたが、亀裂は見つかりませんでした。しかし、このとき、すでに亀裂は起点から1.4ミリ、上図の左の写真で赤く塗った領域に進展していたことが調査でわかりました。
TAIで検出できなかった理由は、亀裂の場所は他より金属が厚く、内部の熱が外側の表面に伝わりにくかったためとみられています。
報告書では、亀裂を見つけられなかった原因は、検査方法と検査間隔の設定が、いずれも不十分だったことが関与していると結論づけています。

再発を防ぐために、どうするのか。アメリカの航空当局や国土交通省は、すでに再発防止策を示しています。運輸安全委員会は、この対策を妥当だとしています。
再発防止策では、検査方法と検査間隔を大きく見直しています。

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具体的には、検査方法は、これまでのTAI検査のほかに、超音波による検査を追加します。検査間隔について、TAIの検査はこれまで飛行6500回ごとに実施していましたが、これを1000回ごとに改めました。検査間隔を大幅に縮めました。超音波の検査も、飛行550回ないし、275回ごとに行うとしています。
プラット・アンド・ホイットニーは、取材に対して「安全に運航が再開できるよう、航空会社や航空当局と密接に協力してきている」とコメントしています。

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アメリカの航空当局、それに国土交通省は、こうした検査の見直しやエンジン火災の対策強化などを条件に、すでに飛行を認める措置をとりました。
日本航空は、このエンジンを搭載したB777型機について、経済性を考えて、すべて退役させました。全日空は、15機を所有していて、2022年6月以降、対策を完了したものから、順次、運航を再開しています。

ファンブレードの構造をなぜ「中空」にしたのか。背景には、大型機の開発があります。
B777型機は、旅客機のなかでも特に大きく、エンジン、そしてファンブレードも大型です。中空にしたのは、ブレードの軽量化を図るためとされています。燃費などの性能は向上しますが、一方で、難しい内部の亀裂の検査が必要になりました。

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航空機は、大型化や高性能化が進むのに伴って、新たな設計や素材など、新技術が導入されています。
いま、求められているのは、新しい技術を導入したとき、トラブルの可能性を事前に幅広く検証・把握して、トラブルや事故を未然に防ぐ検査方法を確立すること。
そして、かりに問題が発生した時、想定を越えた現象が起こっていないか、より慎重に分析し、対策を講じることが大切だと考えます。

今回の再発防止策がとられるまでに、ファンブレードの破断は、3回起きました。これを止められなかったことについて、航空関係者は重く受け止める必要があると思います。
新しい技術にあわせて、問題に対応する技術も進歩させること、このことが、いま重要になっています。

(中村 幸司 解説委員)


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