NHK 解説委員室

これまでの解説記事

アメリカ"銃の疫病"規制強化は進むか

髙橋 祐介  解説委員

アメリカに銃による暴力がまん延しています。ニューヨーク州のスーパーマーケットや、テキサス州の小学校で銃が乱射され、悲劇の連鎖に歯止めがかかりません。
銃による暴力は「疫病」に喩えられ、規制強化をめぐって激しい論争が起きています。
現状と課題を考えます。

j220613_01.jpg

解説のポイントは3つ。
▼銃に奪われる若い命
▼犯行に使われたライフル銃
▼超党派による妥協案です。

j220613_02.jpg

アメリカのCDC=疾病対策センターのデータを分析した研究報告が波紋を広げています。コロナ感染が広がり始めた2020年、1歳から19歳までの子どもと青少年の死亡原因で、銃による傷害が急増し、交通事故を初めて抜いて、最も多くなったと言うのです。

前の年からの増加率は、ほかの年代を含めた人口全体より2倍以上も高く「われわれは予防可能な死亡原因から若い命を守ることに失敗し続けている」と警鐘を鳴らしています。

銃による暴力は、人から人に伝染して社会を深く蝕むことから「疫病」に喩えられます。実際にアメリカの保健当局は、銃による死を「公衆衛生上の重大な脅威」と位置づけて、危機感を募らせているのです。

j220613_03.jpg

先月ニューヨーク州とテキサス州で相次いだ銃乱射事件がアメリカを震撼させています。
▼先月14日ニューヨーク州バッファローで10人が死亡した事件は、黒人が多い地区のスーパーマーケットで起きました。逮捕された男は、白人至上主義に傾倒していたことから、人種差別と偏見によるヘイトクライムとみられています。
▼その10日後、テキサス州のヒスパニック系が多い人口1万5000人ほどのユバルディで起きた事件は、小学校が襲われて、児童19人と教師2人が犠牲になりました。
容疑者の男はその場で射殺されました。

ふたつの事件には、奇妙に符合する共通項がありました。容疑者の年齢がいずれも18歳だったこと。犯行に殺傷能力の高いライフル、「AR-15」と呼ばれる同じタイプの銃が使われたことでした。

j220613_04.jpg

いまアメリカは、およそ3億9300万丁の銃が出まわっていると推定され、世界で唯一、「銃が人口よりも多い国」と言われます。
そんな銃があふれたアメリカで、今回の事件で使われたような殺傷能力の高いライフルは、安いものだと日本円で6万円台から比較的入手しやすいとされています。
1994年から10年間の時限立法で、製造や販売が一時制限されましたが、この連邦法が失効したあと、流通量が急増し、およそ1980万丁が出まわる人気商品になりました。
本来は、狩猟やスポーツ用の手軽なライフルだとメーカー側は言いますが、近年アメリカで起きた乱射事件では、このタイプの銃が犯行に使われたケースが非常に多いのです。

しかも、18歳になれば、大半の州で合法的に購入できるのも特徴です。
アメリカでは、拳銃は、隠し持って犯罪に使われやすいとの懸念から実は規制が厳しく、どの州でも21歳以上にならないと購入できません。
これに対してライフル銃は購入可能年齢の規制が緩く、21歳以上に規制しているのは、カリフォルニアやフロリダなど、6つの州にとどまります。
現に今回のテキサス州の事件で容疑者は、18歳の誕生日の翌日から購入手続きを始め、その1週間後、この銃を使って犯行に及んだことがわかっています。

一方、ニューヨーク州は、今回の事件のあと、ライフル銃を購入可能な年齢を18歳から21歳以上に引き上げました。しかし、そうした規制も覆される可能性があります。
たとえば、カリフォルニア州は、ライフルの購入可能年齢を21歳以上にしていますが、そうした州の法律の効力差し止めを求めた裁判で、連邦地裁は去年「年齢制限は憲法違反」とする判断を下し、控訴審も先月そうした判断を支持しました。

j220613_05.jpg

合衆国憲法は、銃で武装する権利を保障しています。修正第2条は「人民が武器を保有し、携行する権利は、これを侵してはならない」と定めています。
“自分の身は自分で守る”そのためにも“銃は手放せない”建国当初の自立と自助の意識、国からの干渉を嫌う自由の精神も反映し、条項成立から230年以上経った今なお、銃規制の強化を難しくしているのです。

しかし、時代も環境も国民の意識も、当時とは大きく変わったのは確かです。「銃を持つ権利ではなく子どもたちの命を守れ」この週末、首都ワシントンをはじめ全米各地で、銃規制の強化を議会に求める大規模なデモ集会が開かれました。

j220613_06.jpg

規制推進派は、銃を購入する際に連邦レベルで身元調査を徹底すること、ライフル銃を購入可能な年齢を全米で一律21歳以上に引き上げること、殺傷能力の高いライフルは禁止することなどを求めています。バイデン大統領と民主党議員の大半は、これを「常識的な規制強化」として、支持する立場です。

これに対して、規制反対派の中心になっているロビー団体のNRA=全米ライフル協会は、「人を殺すのは人であって銃ではない」として、銃そのものを規制しても犯罪は防げないと主張します。規制を強化して、法律を守る善良な市民が銃を持てなくなれば、むしろ犯罪は増えるだろうと反論しています。

先月NRAの年次総会に出席したトランプ前大統領は、そうした立場にぴたり寄り添い、「銃を持つ悪人を止める唯一の方法は、銃を持った善人だ」と述べ、銃規制は強化せず、学校に警官や武装警備員らを配置し、いわば学校の要塞化を進めるよう訴えました。
多くの共和党議員も、銃を持つ権利を否定するような規制強化には慎重です。

なかなか噛み合わない双方の議論。そこにギリギリの妥協案がようやく見出されたというのが、議会上院で銃規制の強化策が超党派で合意したという、きょうのニュースでした。

j220613_07.jpg

議会上院で民主・共和両党から10人ずつ、あわせて20人の超党派の議員グループは、基本合意した内容を明らかにしています。
それによりますと、▼21歳未満の銃の購入者には犯罪歴や精神疾患の記録の調査を義務づけて審査を厳格化することや、▼“著しく危険”とみなされた人物から銃を没収できるよう各州による規制を支援すること、それに▼メンタルヘルス対策や学校の安全対策に資金援助を行うことが盛り込まれました。

焦点になっていた殺傷能力の高い銃の購入可能年齢の引き上げは含まれませんでした。
規制強化を求める世論をにらんで、民主・共和両党が歩み寄り、それぞれ一定の譲歩にも応じたかたちです。

この合意に10人の共和党議員が加わったことで、「フィリバスター」と呼ばれる上院独自の議事妨害に対抗できる60票を確保するメドが立ったところがポイントです。
この合意にそって法案が提出されたら、上下両院で可決、バイデン大統領による署名で、新たな規制強化法が成立する公算が大きくなりました。

ここ10年、アメリカの銃規制をめぐる議論は、激しい党派対立で空まわりをくり返し、意味ある対策を何も打てないまま、銃の暴力による犠牲者を増やすばかりでした。
そんな現実に世論が業を煮やし、秋の中間選挙も控えて、両党の議員が互いに向き合い、妥協に応じる姿勢を見せただけでも、ひとまず一歩前進と言えるでしょう。

“銃の疫病”に特効薬が見つかったわけではありません。今こそアメリカの為政者には、圧力に屈したり保身に走ったりせず、銃による悲劇の連鎖を断ち切る勇気を持ち続けて欲しいと思います。

(髙橋祐介 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

髙橋 祐介  解説委員

こちらもオススメ!