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福島第一原発 処理水審査事実上合格 残された課題は

水野 倫之  解説委員

福島第一原発廃炉の当面の最大の課題・トリチウムなどを含む処理水の問題で、原子力規制委員会は、東京電力が薄めて海へ放出する計画について、事実上審査合格を出した。
政府・東電にとっては一歩進んだ形だが、漁業者はあらためて絶対反対を表明しているほか、この問題に対する消費者の認知度も高くないなど、社会的には高いハードルが残る。
この問題について
▽まず現地で進む放出への準備状況を見た上で、
▽変わらない漁業者の反対
▽消費者への周知をどうするか
以上3点から水野倫之解説委員の解説。

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規制委員会の審査が最終段階に入っていた先週、福島第一原発を取材。
処理水の元となる汚染水は今も増え続けている。
まず向かったのは原子炉建屋。
1号機は水素爆発で天井が吹き飛び、いまだに骨格がむき出し。
放射線が強くて作業が難航し、がれきの撤去も終わっていない。
こうした破損部分がまだ多く残り、そこから雨水や地下水が入り、冷却水と混じって今も汚染水が発生している。
東電は3号機のように全体をドームで覆ったり、建屋の天井の穴をふさぐ対策を。
また地下水を遮断するため土壌全体を凍らせて氷の壁をつくり、運用を続ける。
しかし対策が追いついていない部分も残され、今も毎日130tずつ増え続ける。

東電は浄化装置に通すが、トリチウムは水素の仲間で水と一体化しているため基準以下にできず、処理水としてタンクに貯め続けている。
この日は敷地南のエリアで23基のタンクの設置作業が行われていた。東電はこれまでに1061基、137万t分を作ってきたが敷地に余裕がなく、これが設置できる最後のタンクだとしている。
すでに129万t貯まり、残るは8万t分、政府はタンクが満杯になる前の来年春に海洋放出する方針。

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方針を受け東電は、トリチウムは水道水にも含まれ、放射線のエネルギーは比較的弱く、濃度が低ければ健康への影響は考えられないとして、処理水を海水で基準の40分の1以下に薄めた上で、海底トンネルで原発の沖合1キロに放出する計画を規制委員会に提出。

審査では緊急時の対応が論点となり、東電は処理水を遮断するバルブを2か所設置し、濃度測定器が故障した場合も海に流れ出ることはないと説明。
また震度5弱以上の地震や津波注意報が出た場合も放出を止めるほか、監視員が常駐し異常時の対応にあたるとした。
規制委員会はこうした対応で人体への影響は十分に小さく抑えられ安全は確保されると判断、きのう事実上の審査合格を出したわけ。

この審査と並行して、東電はすでに地盤の掘削を開始していた。
地元では放出に向け外堀を埋める手法だと批判の声もあるが、東電はあくまで準備工事だと説明。
取材した日は岸壁に行くと、深さ18mの穴が掘られていた。海水で薄めたあとのトリチウム濃度を最終確認し貯めておく立て坑。底から海に向けてトンネルが掘削される計画で、中にはトンネルを掘り進むシールドマシンも据え付けられていた。
また港には作業船が停泊しており、沖合の放出口の海底部分の掘削も始めているということで、今後規制委員会が一般の意見を聞いた上で正式に合格を出せば、すぐにでも本格工事に着手できる態勢となっていた。

今回の事実上合格、政府東電にとっては、一歩進んだことを意味。

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これに対し地元では、復興に向けてタンクは邪魔で放出はやむをえないという意見の一方で、漁業者らの反発は続いている。
審査終盤の先月、福島県漁連の野﨑会長と全国漁業協同組合連合会の岸会長は萩生田経済産業大臣らと面会し、「放出に絶対反対の立場にいささかも変わりはない」ことを伝えている。
背景にあるのは、対応が遅い政府東電への不信。
漁業者は、全国の消費者に処理水の理解が広まらないまま放出となれば、魚が売れなくなることを懸念し、消費者に周知を図るよう求めてきたが、状況は変わっていないから。

復興庁が今年1月に行った調査でも、処理水を基準を大幅に下回るよう海水で薄めて放出する政府の方針についてきいたところ、知っていると回答したのは4割あまりにとどまる。およそ6割が認知しておらず、放出計画そのものが消費者に浸透していない現状が明らかに。
方針決定以降、例えば政府は600回近く説明会を開いてきてはいる。
ただ福島県などの関係団体への説明が中心で、一般の消費者を対象にした公聴会など議論する場は設定していない。

漁業者が反対するのは放出によって消費者が魚の購入をためらうおそれがあるからで、処理水問題は何も福島だけの問題ではない。全国の消費者に知って関心を持ってもらうため、主要都市で消費者を交え議論する場を何回も設けていく必要。

それと同時に、消費者への周知を図るには、放出による影響がないのかどうか、客観的に見える仕組みを作っていくことも必要。

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東電は今年の秋に原発敷地内に水槽を設置し、処理水を海水で40分の1以下に薄めてヒラメなどの魚を飼育する計画を明らかに。カメラも設置し、魚が問題なく育つ様子をネット経由で見てもらうことで風評抑制につなげたいと、説明。
しかし地元からは、経験に乏しい東電が飼育して魚が死んだら逆効果だ、という声も。

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やはり重要なのは魚のトリチウムの濃度を客観的に示していくこと。
政府は、東電に加えて環境省と規制委員会、水産庁が、今月から福島県沖を中心に海の魚や水揚げされた魚のトリチウム濃度を測定する方針。
ただいずれも事故を起こし信頼を失った当事者と、国が実施機関。
ここは中立的な第3者機関のデータとの比較も必要だと思う。

その点例えば福島大学のグループは、放出前から魚のトリチウム濃度を把握しておくのが重要だとして、魚の身と水分、それぞれの濃度測定を3年前から始めている。
その様子を見せてもらった。
魚の身を凍結乾燥して水分を分離し、蒸留して不純物を取り除く。
さらに精度を上げるために電気分解して、トリチウム水を濃縮。一般的な分析の10倍の精度で測定。
これまでの結果、福島沖の魚の水分に含まれるトリチウムは1Lあたりおよそ0.1㏃で、ほかの地域の魚と比べても同じレベルだという。
今後も数か月に一度のペースで測定を続けていく方針。

東電や国は、これまで測定結果をそれぞれのホームページで公開はしている。しかし今後はこれをより客観的なものとするために、こうした中立的な研究機関のデータも集めて一覧して比較できるようなサイトを立ち上げるなど、消費者にわかりやすく提示していく必要。

政府東電は漁業者に対し「 関係者の理解なしにいかなる処分もしない」と約束。
今回事実上合格の判断は示されたわけだが、その約束を反故にすることがないよう、消費者ともっと向き合い、客観的なデータで議論や対話を深めるなど、残された課題に向き合っていくことが求められる。

(水野 倫之 解説委員)


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