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コロナ禍で健保組合の財政改善~医療費抑制への"気づき"

牛田 正史  解説委員

病院で治療を受けた時、窓口の負担が最大でも3割で済む公的医療保険。
その制度を支える健康保険組合の財政は、医療費の増大で年々悪化してきました。
ところがコロナ禍で、健保組合の赤字が減り、財政が改善するという調査結果が、4月に公表されました。
なぜ財政は改善するのか。そしてそこに、医療費の伸びを抑える「気づき」や「ヒント」がなかったかを考えていきたいと思います。

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【健康保険組合の厳しい運営】

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健康保険組合は主に大企業で働く人や家族が加入し全国で約1400組合あります。
社員と企業から毎月、保険料を集め、社員が病気で治療を受けた場合、その医療費の少なくとも7割を負担します。これによって社員の負担は最大でも3割で済むわけです。
さらに、組合員以外に、65歳以上の高齢者の医療制度にも拠出金を出し、毎年、3兆円以上を負担しています。このように日本の医療保険制度を広く支えている重要な組織と言えます。

ただ、この健保組合は、高齢化に伴う医療費の増加で、厳しい運営を強いられてきました。

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昨年度には、組合全体の収支予測で5028億円の赤字となりました。
赤字が続くと、さらに資金が必要となり、社員が支払う「保険料」を引き上げなければなりません。こちらも上昇し続けていて、今や9.26%と、この10年あまりで2ポイント近くあがりました。
このように、医療費が増え、健保組合の財政が悪化し、保険料の引き上げ、つまり現役世代の負担が増えるというサイクルが、これまで繰り返されてきたわけです。

【コロナ禍で健保組合の赤字減少】
ところが、4月に健保連が発表した今年度の収支予測は-2770億円となりました。
依然として赤字の状態は続くものの、その額は前年度の半分近くまで減少しました。
ここまで赤字が減るのは異例のことだといいます。
また、中小企業の従業員などが加入する協会けんぽでも収支が良くなっていて、こちらは2020年度の決算で黒字が拡大しています。

なぜ財政は改善するのでしょうか。 
その大きな要因の1つは、「受診控え」です。

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コロナの感染リスクをおそれて、普段より、病院に行く回数を減らした人が相次ぎました。
このため全体の医療費が減ったのです。
その具体的なデータをご紹介します。
2019年度まで、ほぼ毎年、医療費は増え続けていましたが、コロナの感染が拡大した2020年度は42兆円あまりで、前の年度より1兆4000億円減少しました。
健保組合では、医療費の変動の影響が、一部、2年遅れて予算に反映されるため、この2年前の減少分が、今年度の財政予測の改善につながったというわけです。

【赤字減少は一時的か】
ただし、この赤字の減少が今後も続くのかというと、そうではありません。
あくまで一時的なものと見られています。
というのも、受診控えは徐々に解消され、医療費が元に戻ってきているからです。
健保連は「今後、再び赤字が拡大する可能性が高い」と見ています。

【医療費の伸びを抑える“気づき”】
結局のところ、健保組合の財政悪化は食い止めることが出来ないのでしょうか。
私は、一時的とはいえ財政が改善した今回のケースに、医療費の伸びを抑えていく「気づき」や「ヒント」があると考えます。
もちろん、受診控えには、がんなどの病気の見落としや、症状の悪化につながるという深刻な問題があります。
必要な医療を控えるということは決して繰り返してはなりません。
しかし一方で、受診控えの中には、そこまで必要ではなかった医療が抑えられた、あるいは、効率よく医療を受けることに繋がった・・・、そんな面もあったのではないでしょうか。

【受診控えを分析】
ここである調査をご紹介したいと思います。
医療経済学が専門で東京大学の五十嵐客員准教授やNHKが去年5月に行った調査です。インターネットを通じ全国の3000人に、コロナ禍での受診行動の変化を尋ねました。

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まず、コロナを理由に風邪など一時的な受診の回数を減らした人は、3割あまりにのぼりました。そしてこの人たちに症状がどうなったか聞いたところ、8割近くの人は「変化は無かった」と答えました。
もちろん、これだけで無駄な受診を減らせたとは言えませんし、悪化した人も2割ほどいる点も注意しなければなりません。また影響は長期的に調べる必要もあります。
ただ、変化が無かったという人の中には、もともと受診以外の方法で対処できた人も、一定程度含まれている可能性はあります。

【コロナの経験を今後に生かす】
では、私たちは、何を考えるべきなのか。
五十嵐さんは、コロナ禍での経験を今後に生かしていくべきだと指摘し、次のように話しています。

「今回、コロナで生じてしまった『受診する前に本当に必要なのか少し考える』ということは、特に軽医療に関しては、今後もやはり続けていってほしいと考えています。
例えば家で休む、もしくは市販薬のセルフメディケーションで対応すると。そうした受診以外の選択肢がある中でどれを選ぶか。
決して受診をしないではなくて、受診をする前に考えるということが重要です」

もちろん、無理に我慢する必要は全くありませんし、がん検診など、重大な病気の見落としに繋がる「受診控え」は、絶対に避けてほしいと思います。
ただ、軽い症状の場合などは、市販薬の服用など、いろんな選択肢があることも考慮して、受診を考えていくことは大切だと思います。

【コロナ以外の感染症が減った!】
ここまで受診の在り方についてお伝えしましたが、医療費の伸びを抑えるという点では、もう1つ別に、コロナの経験から見えてきたポイントがあります。
それは、感染対策の徹底で、コロナ以外の感染症が大きく減ったということです。

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健保連によりますと、いわゆる「風邪」の症状やインフルエンザなど、コロナ以外の感染症は、外来患者数が大きく減り、その後も低い水準が続いているといいます。
これによって、年間4000億円の医療費が削減できたという試算も出ています。
いかに日ごろの感染対策が重要なのかが、良くわかるデータです。
私たちは手指の消毒を徹底したり、体調が悪い時は外出を控えたりするなど、コロナ禍で基本的な感染対策を身に着けました。
これを今後も出来る限り継続していけば、医療費の抑制にも繋がっていきます。

【リフィル処方箋の開始】
また医療の効率化を図るための新しい制度も4月から始まりました。
薬をもらうためだけに病院に行く「おくすり受診」などを減らそうというものです。

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本来、薬を購入するには医師が書く処方箋が必要です。薬がなくなれば病院で診察を受け、新しい処方箋を出してもらう必要があります。
これを減らそうと、症状の安定している患者が一定期間内であれば、最大3回まで、繰り返し使えるという新しい処方箋の仕組みが出来ました。「リフィル処方箋」と呼ばれ、医師の判断が必要ですが、活用が進めば病院に行く回数は減ります。
これによって国は医療費を110億円程度、抑制できると見込んでいます。
ただ、一般的にまだ十分知られておらず、そこまでの効果が出るかは未知数です。
健康への影響は十分注意しなければなりませんし、慎重な考えを持っている医師もいます。それでも国や自治体などは、制度の周知を進めていくべきで、今後どこまで活用が広がるか注目していきたいと思います。

【効率的な医療を考える】
急速な医療費の増加が続けば、毎月の保険料、そして窓口負担のさらなる引き上げは避けられません。
現に10月からは、75歳以上の医療費の負担が、一部の人で2割に引き上げられます。
この負担を出来るだけ抑え、医療保険制度を維持していくために何が必要なのか。
それを制度面で国が検討していくことは不可欠ですが、私たち1人1人も、効率的な医療の掛かり方を、考えていくことが重要なのではないでしょうか。

(牛田 正史 解説委員)

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