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香港行政長官選挙で警察出身の李家超氏当選、統制強まるか解説

石井 一利  解説委員

香港では、5月8日、トップにあたる行政長官の選挙が行われ、これまで政府に対する抗議活動の抑え込みや民主派などの取り締まりを主導してきた警察出身の李家超氏が当選しました。
「一国二制度」が採用され、高度な自治のもと、国際金融都市として発展してきた香港は、統制を強める習近平指導部の方針を受け、大きく変わっています。
香港の「一国二制度」を通して、中国式統治のあり方を見ていきます。

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【李家超氏とは】

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香港の行政長官選挙で当選した李家超氏は、1957年生まれの64歳。
高校を卒業後、香港の警察に入って、昇進を重ね、2017年、香港の政府で治安部門を担当する保安局の局長に就任。
2019年には、容疑者の身柄を中国本土にも引き渡せるようにする条例、いわゆる「逃亡犯条例」の改正を進めようとしました。改正案は、市民の強い反対で撤回に追い込まれたものの、これをきっかけとした大規模な抗議活動では、警察との間で激しい衝突が相次ぎました。
これを受け、2020年、中国の習近平指導部が主導し、反政府的な動きを取り締まる香港国家安全維持法が施行されました。
李氏は、民主派の活動家や政治家のほか、中国に批判的な論調で知られた「リンゴ日報」に対する取り締まりを主導しました。
その実績が評価され、去年(2021年)、警察出身として、初めて政府ナンバー2の政務官に抜てきされました。
そして、今回の選挙で、立候補したのは中国政府の支持を受けた李氏ただ1人。
投票できる1461人の選挙委員は、1人を除いて全員、親中派で、圧倒的多数の信任を受け、当選しました。経歴などから「強硬派」とみられています。

【「愛国者による香港の統治」】

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結果を見れば、今回の選挙は、信任投票となりましたが、それに至る経緯は、これまでにない異例なものでした。
中国の習近平指導部は、大規模な抗議活動が相次いだ香港の安定のためとして統制を強め、「愛国者による香港の統治」という方針を強く打ち出しました。
その方針に基づき去年、中国政府が主導し、選挙制度が変更され、選挙に立候補するには、「愛国者」か、事前審査が行われることになりました。
国家安全維持法による取り締まりもあり、それまで多くの市民の支持を得てきた民主派は、選挙への立候補だけでなく、通常の活動さえ、ままならない状況に追い込まれました。
その結果、去年、行われた▼行政長官選挙の投票などを行う選挙委員会の委員選挙、▼議会にあたる立法会の議員選挙では、当選者は、ほぼ親中派が占めることになりました。

【異例だった行政長官選挙】

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そして、最も重要だとされたのが、今回の行政長官選挙です。
その候補者としては、▼前の行政長官の梁振英氏や、▼香港の政府高官、▼WHO=世界保健機関の前のトップを務めたマーガレット・チャン氏など多くの名前が、取りざたされましたが、立候補の受け付けが始まる4月になっても候補者が決まらない極めて異例の事態となりました。

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結局、立候補受け付け開始の後、2期目を目指すともみられていた現職の林鄭月娥行政長官が、「家庭の事情」を理由に立候補しないことを表明。

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その直後、李家超氏が立候補を表明しましたが、公約発表は、投票日近くになってというあわただしさ。
警察以外の経験に乏しく、その能力を疑問視する声も出ています。
さらに「香港の自治を侵害した」などとして、アメリカ政府が指定した制裁の対象で、その影響だとみられますが、動画投稿サイト、ユーチューブのアカウントは、選挙運動中、閉鎖されました。
習近平指導部は、経験や実務能力よりも、その意向を忠実に実行する人物を重視したとも指摘されています。

【香港の「一国二制度」】

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ここからは、習近平指導部による香港の統制強化と、「一国二制度」の現状についてみていきます。
外交と軍事を除く分野で高度な自治が認められているとされる香港の「一国二制度」。
ただ、ことし、香港の自治の範囲だとされていたことも、中国の指示を直接受けることが明らかになり注目されました。
香港で新型コロナウイルスの感染が再拡大したことし2月、香港の一部メディアは、習近平国家主席が、感染拡大を抑えるため、「必要なすべての措置を講じる」よう重要な指示を出したと伝えました。
香港の統治は、これまで中国共産党があまり表に出ないように行われてきましたが、この指示は、共産党トップ、総書記の肩書で伝えられた異例なものでした。
また、香港の自治の範囲だとみられた感染症対策にまで直接指示が出されたと明らかにされるのも極めて異例で、習近平指導部の統制強化と「一国二制度」の形骸化を象徴するものだとの受け止めも出ました。

【大きな変化】
中国の統制強化は、およそ740万人が住む香港に大きな変化をもたらしています。
香港メディアは、国家安全維持法の施行以降、イギリスなどへの海外移住が急増し、10万人以上が香港を離れたとの見方を伝えています。
海外移住の増加は企業活動にも影響しています。
香港の経済団体による調査では、38%の企業が人材流出の影響を受けたとしています。
特に、30代、40代の中堅社員が、「子供のため」や「政治的な懸念」を理由に香港を離れるということです。

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影響は、香港に進出している日系企業にも及んでいます。
国家安全維持法について、半数以上の日系企業が懸念を示しています。
また、影響について聞いたところ「マイナスの影響が生じている」という企業も12%余りあり、具体的には、「移住による退職」などがあげられています。

【統制強まる懸念】

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香港での統制は、新たな行政長官のもと、さらに強まる懸念があります。
李家超氏は当選後の会見で、「社会の安定と国家の主権や発展を守るために取り組みたい」と述べました。
李氏は、今後、中国政府が主導した国家安全維持法に加えて、これまで市民による強い反対で成立に至らなかった香港独自の国家安全条例を制定する考えを示していて、さらなる統制強化を目指しています。
選挙翌日、中国共産党の機関紙、人民日報は、「賢人の登用は新たな始まりだ」などと、今回の選挙を高く評価する記事を掲載しています。

【中国にとっての「一国二制度」】
この「一国二制度」、中国は、さらにほかにも導入したい考えです。
習近平指導部は、目標とする台湾の「統一」を実現した場合、「一国二制度」を導入する考えを示しています。
一方の台湾側では、去年11月の調査で、台湾と中国の関係について聞いたところ、「現状維持」のおよそ85%に対して、「すぐに統一」という人は、わずか1%ほどでした。
また、中国側が主張する「一国二制度」の導入には、およそ85%の人が、「賛成しない」と答えています。
香港では、ことし7月1日、イギリスから中国に返還され25年の節目に新たな行政長官が就任します。
就任式典などにあわせて、ことし後半の中国共産党大会を控えた習近平国家主席が、香港入りするとの見方も出ています。
返還から50年間は不変だとされていた香港の「一国二制度」。
しかし、形骸化が進み、「いまや『一国一制度』だ」とも揶揄されています。
アメリカと厳しく対立する中国は、みずからの統治システムについて「中国的民主」だとしてアピールしています。
ウクライナに軍事侵攻したロシア寄りの姿勢をみせるなど中国への警戒感も高まる中、共産党のトップとして異例の3期目入りを目指すといわれる習近平国家主席が、中国式統治のあり方を、今後、どのように主張していくのか、世界が注視しています。

(石井 一利 解説委員)

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