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憲法施行から75年 ウクライナ危機をめぐり何が議論に?

曽我 英弘  解説委員 山形 晶  解説委員

日本国憲法の施行から75年になる今年、戦後の国際秩序を大きく揺るがす事態が起きました。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻です。
もし、日本が緊急事態に陥ったらどう対応すべきか、憲法のあり方も含めて議論になっています。

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緊急事態に直面した時、国はどんな対応を取ることができるのでしょうか。

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ウクライナへの軍事侵攻を受けて、改めて、憲法に「緊急事態条項」を設けるべきだという声が上がっています。
新型コロナウイルスの感染が拡大した時は、政府が「緊急事態宣言」を出して対応しましたが、この2つは、文字は似ていても、意味合いがまったく違います。
憲法の「緊急事態条項」は、憲法が保障する国民の権利や自由を厳しく制約するものです。
これは「国家緊急権」、つまり、戦争や大規模な災害といった緊急事態に直面した時、国家が存続するためには、憲法に基づく秩序を一時的に停止する必要があるという考え方に基づいています。
一方、コロナの時の「緊急事態宣言」は、憲法の下にある法律に基づく措置です。
店舗の営業や移動の自由に対する制約はあくまでも憲法に違反しない程度でなければなりません。この点は裁判でも争われています。

では、憲法の「緊急事態条項」とは何か、詳しく見ていきます。

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外国の多くの憲法にはこうした規定がありますが、内容は国によって異なります。中には、大統領に独裁的な権限を与えるような国もあります。
ただ、権力の暴走を招くおそれもあり、要件は厳格にすべきだとされています。
日本では、明治憲法には緊急時に天皇が法律に代わる「勅令」を出せるなどの規定がありましたが、今の憲法にはありません。
日本でも設けるとすれば、具体的にはどのようなものが考えられるのでしょうか。
総理大臣に権限を集中させたり国民の「移動の自由」や財産権などの人権を制約したりする強い措置から、国会議員の任期延長といった国会機能の維持に関するものまで、さまざまです。

緊急事態条項として考えられるものの中で、国会では、何が議論の中心になっているのでしょうか。

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中心となっているのは、国会の機能をいかに維持するのか。
なかでも焦点は議員任期の規定についてです。
日本国憲法は衆議院の任期を4年、参議院を6年と定める一方で任期が切れた後の規定はありません。
あるのは「内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」とする規定のみです。
このため任期満了を前に大災害などが発生し、国政選挙を行うことが難しい場合でも現状では選挙の延期や任期の延長は不可能で、議員が不在になる恐れがあります。
一方地方議員の任期は憲法ではなく法律に定められていることから、特例法を制定することでそうした事態は回避でき、阪神・淡路大震災や東日本大震災の際には多くの地方自治体がこれで対応しました。

では、海外の憲法はどうでしょうか。

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衆議院によりますと9割を超える憲法に戦争、内乱、災害などを想定した条項を設け、このうち議会任期の延長・解散の禁止をおよそ2割が定めています。
こうした規定に基づきウクライナは戒厳などを布告し、ロシアの侵攻後は本会議や委員会を一部オンラインも活用して開催して法律の制定などを行いました。

この議員任期について衆参両院の憲法審査会における各党の見解は分かれています。

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自民党は、憲法を改正して緊急事態の条項を新たに設け、任期延長を憲法に規定すべきだとしていて、公明党、日本維新の会、国民民主党も同様の考えです。
これに対し、立憲民主党は「参議院の緊急集会を活用するのが基本であり、憲法を改正しなくとも対応できる」としていて、共産党は任期延長に反対です。
議員任期の延長をめぐっては憲法改正の突破口として期待する声がある一方で、政権の延命に利用されかねないという懸念もあるほか、総理大臣への権限集中には「政府への白紙委任につながりかねない」との慎重論も根強くあります。
緊急時に国民の生命と財産を守るため、国会や政府が役割をいかに果たすのか。
憲法との観点からいっそう議論を深める必要がありそうです。

続いて、私たちの憲法に対する意識への影響を見てみたいと思います。
NHKは先月(4月)憲法に関する世論調査を行いました。
詳しくは、NHKが立ち上げた特集サイトからもご覧いただけます。

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戦争の放棄や戦力を持たないことを定めた憲法9条について、どう評価するか尋ねました。
「非常に評価する」「ある程度評価する」があわせて69%で、「あまり評価しない」「まったく評価しない」の25%を大きく上回りました。
同じ方法で調査した2018年以降と比べ、大きな変化はありませんでした。
また、憲法9条について、改正する必要があると思うか、改正する必要はないと思うか、どちらともいえないと思うかを尋ねました。
「改正する必要があると思う」は31%、「改正する必要はないと思う」は30%でした。
同じ質問をした2020年以降の結果と比べると、2020年と2021年は、「必要はない」が「必要がある」を上回っていましたが、今回は同程度になりました。
ウクライナ情勢が影響しているのかどうか、現段階ではわかりませんが、今後、傾向が変化していくのか、注目されます。

国会では、日本の防衛のあり方が議論になっています。
岸田総理大臣が「スピード感をもって防衛力を抜本的に強化していく」と述べるなど、政治レベルでは、9条の精神に則り、戦後日本が一貫して取ってきた防衛戦略の基本理念、「専守防衛」をめぐる議論が熱を帯びてきています。

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「専守防衛」は「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限る」というものです。
この戦略に基づき、敵のミサイル発射拠点などをたたく「敵基地攻撃能力」について政府はこれまで、憲法上認められる一方で、日米の防衛協力のもと実際の攻撃はアメリカが担うとする立場をとってきました。
しかし岸田総理が去年12月、戦後の総理としては初めて国会で検討を明言したことを受けて自民党は先月、名称を「反撃能力」に変更したうえで保有し、対象も基地に限定せず、指揮統制機能なども含めるべきだと提言しました。
専守防衛のもとでも、相手側に攻撃の意図が明確にあり、すでに着手している状況であると政府が判断すれば攻撃が可能と自民党は説明しています。
しかしその見極めはいっそう難しくなり、対象が際限なく拡大する恐れがあるとの指摘もあり、立憲民主党や共産党からは「専守防衛から逸脱し、先制攻撃の可能性をはらむ」などといった懸念や批判も出ています。
「専守防衛」を堅持しながら、「必要最小限」の防衛力はどこまで許されるのか。
装備や体制を強化し抑止力を高めることで、かえって日本の安全を脅かし、地域の不安定化を招くことはないのか。
政府は年末に向けて国家安全保障戦略などを見直すことにしていて、今後国民的な議論、そして政府の説明がなにより求められます。

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ウクライナへの軍事侵攻という事態は、平和や基本的人権、表現の自由といった憲法の理念について私たちがさまざまな角度から改めて考える機会となりました。
このことが憲法をめぐる議論にどう影響していくのか、注視したいと思います。

(曽我 英弘 解説委員 / 山形 晶 解説委員)

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