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津波想定域に老人ホーム急増 その背景は?

中島 俊樹  解説委員

11年前の東日本大震災では特別養護老人ホームなどで多くの逃げ遅れが発生し、利用者や職員あわせて638人が犠牲になりました。しかしその後、全国の津波が想定される区域で、1900近くに上る高齢者施設が開設されていたことが、私たちの調査で分かりました。なぜ災害弱者の住まいが沿岸で増え続けるのか、その背景を取材しました。

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 まず、今回明らかになった調査結果について説明します。震災の教訓が生かされているのかを探るため、私たちは地理情報システムという技術を使って高齢者施設の立地状況を調べました。
 全国の老人ホームや介護保険施設など5万5000か所あまりの位置情報を入手し、地図に落とし込みました。その後、自治体などが公表している津波の浸水想定を重ね合わせて分析しました。

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その結果、津波の浸水想定区域にある施設は、3820施設に上りました。これらの施設は、震災の前から建てられていた所も含まれます。入所者は合わせて12万人あまり。そのうち自力で歩くことが難しいとされる要介護3以上の人たちは、7万7000人あまりに上りました。

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 私たちは、この3820施設が開設された時期を調べました。するとおよそ半数の1892施設が、東日本大震災のあとに開設されていました。
ただ、今回元にした浸水想定は、震災を踏まえて見直された最新のものです。浸水想定が公表される前に建てられたケースもあるため、各自治体の公表時期とも比較しました。浸水想定が公表された後に開設された施設は、1006施設でした。
つまり、震災の教訓を踏まえて浸水想定が見直されたあとも、津波リスクのある沿岸で施設が増え続けていることになります。

 ではなぜ、増え続けているのでしょうか。私たちは震災後に開設した1892施設を対象に郵送でアンケートを行い、その場所に開設した理由を聞きました。

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 複数回答で聞いて、最も多かったのが、「地域住民のニーズがあったから」で24%でした。次いで「まとまった広い土地がほかになかった」が21%、「建物を高くするなどの対策で安全を確保できると考えた」と「都道府県が浸水想定を公表する前に建てた」がともに17%などとなりました。
 最も多かった「地域住民のニーズ」を選んだ施設からは、「津波のリスクよりも、住み慣れた町というメリットが上回る」という声や、「家族が面会しやすい場所に開設したかった」という声が目立ちました。

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高齢化に伴い施設の需要が高まっていることに加え、介護人材の不足などに悩む施設経営の厳しさが、沿岸での施設増加の背景にあるようです。

一方、行政はこの11年間、どのような津波対策をしてきたのでしょうか。 震災が起きた2011年の12月、国は津波防災地域づくり法を制定し、津波対策を強化しました。

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津波の浸水想定に基づき、危険度が高い順に赤、オレンジ、黄色の3つのゾーンを自治体が指定し、それを元に具体的な対策をする仕組みになっています。
 最も危険度が高いレッドゾーンでは、市町村が住宅の建築を規制することができます。オレンジゾーンは都道府県が指定し、高齢者施設や病院などの居室を、想定される津波の高さより高くするなどの制限をかけることができます。イエローゾーンでは建築規制はないものの、高齢者施設などに避難計画や訓練を義務づけています。
 しかし、法律ができて10年以上になりますが、国土交通省の調査によりますと、ことし2月末(まつ)現在、レッドゾーンの指定はゼロ、高齢者施設の規制ができるオレンジゾーンの指定をしたのが静岡県伊豆市(いづ)の1市のみ、避難訓練などを促すイエローゾーン指定も、浸水想定を設定した37道府県のうち18道府県にとどまっています。背景には、レッドゾーンやオレンジゾーンに指定することで土地の価格の下落や、「危険な地域」という風評につながるのではないか、という懸念があるといいます。
 つまり、建築規制にまで踏み込む自治体はほとんどなく、避難計画や避難訓練などのソフト対策を施設に求めているのが、現状の実質的な津波対策となっているのです。しかしそのソフト対策にも、課題があります。

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私たちが浸水想定区域にある施設を対象に行ったアンケートでは、多くの施設が津波からの避難計画を作成していました。しかしそれらの施設に入所者や職員全員の安全が確保できるか聞いたところ、「不安がある」が31・8%、「やや不安」が38・6%で、合わせて7割に上りました。

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 不安の大きな理由が夜間の職員態勢で、合わせて8割以上の施設が「不十分」、「やや不十分」だと回答しました。回答した施設からは、「入所者100人に対して夜勤の職員は4、5人で、夜間に事が起きた場合に対応できるか不安だ」という声が上がっていました。
 こうしたアンケート結果を見ると、施設の自助努力に任せたソフト対策が限界にきていると感じます。

 では、こうした現状を踏まえ、次の大津波に備えるには、どうすれば良いのでしょうか。鍵を握るのは、行政や住民と連携した、地域全体での防災対策です。ヒントとなる事例を2つ、ご紹介します。

 静岡県焼津市(やいづ)にある、海から800メートルの場所にある特別養護老人ホームは、市からおよそ2000万円の補助金を得て、3階建ての屋上まで続く外付けの避難階段を設置しました。周囲に高台がないため、地域住民の避難場所にもなっていて、住民と合同の訓練も行っています。住民に避難場所を提供することで、施設を利用するお年寄りの避難も手伝ってもらおうという考えです。住民と施設で、互いの弱点を補完しあう関係を築きました。

 最もハードルが高い、立地の問題をクリアした施設もありました。三重県南伊勢町(みなみいせちょう)にある特別養護老人ホームです。もともとは、高さ10メートル近い津波が想定される沿岸にありましたが、4年前に内陸部への移転を果たしました。
 移転先は、廃校になった中学校のグラウンドです。町が無償で貸し出したうえ、土地代以外の事業費も9割負担しました。その結果、施設の移転にかかるコストはおよそ6000万円にまで抑えられたということです。
 この老人ホームのとなりには、沿岸にあった2つの保育園も統合され、開設しています。町が地域全体の高台移転を進めるなかで、高齢者施設の移転も実現させました。

 このほかにも災害に備えて住民や行政との連携を強める取り組みは多くあります。地域の実情に合わせて、今できる対策について知恵を出し合い、そして将来的には、安全な場所への移転を検討する必要があると思います。
 また、津波防災地域づくり法の活用をさらに進めなければなりません。そのためには建築規制をプラスに受け止めてもらえるようなイメージ戦略や、それぞれの施設の避難計画をより実用的なものにしていくための、行政のフォローが欠かせません。
過去の災害の教訓を忘れず、改善策を絶えず考え続けることが、求められています。

(中島 俊樹 解説委員) 

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