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ウクライナ危機 変わる世界秩序と欧州の安全保障

二村 伸  解説委員

ロシアのウクライナ侵攻からちょうど1か月たった24日、アメリカとヨーロッパ、日本の首脳が相次いでロシアへの対応策を協議し、追加制裁など結束して取り組むことを確認しました。しかし、ロシアの侵攻を止める手立てはいまだ見いだせず、人道危機は深刻化し、国際社会は大きな試練に立たされています。ウクライナ危機によって転機を迎えたヨーロッパの安全保障について考えます。

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ロシアの軍事侵攻が続く中、ベルギーのブリュッセルで24日、NATO・北大西洋条約機構とG7、それにEUの首脳会議が立て続けに行われました。これだけの重要な会議が1日に行われたのは極めて異例のことです。NATOはウクライナに追加の軍事支援を行う他、ルーマニアやスロバキアなど東ヨーロッパの4か国に多国籍軍部隊を配置することなど防衛体制を強化する方針を確認。G7はロシアに対する追加制裁を打ち出し、EUはエネルギーのロシア依存からの脱却に向けて取り組むことなどで一致しました。NATOのストルテンベルグ事務総長は、「各国の結束が確認された」と強調、NATO分断を目論んでいたプーチン大統領の思惑とは逆にウクライナ危機が欧米諸国の結束を強める結果となっています。

ロシアのウクライナ侵攻は二度と戦争を起こさないことを誓い統合を推し進めてきたヨーロッパにとって大戦前に引き戻されるような悪夢でした。冷戦終結後の秩序が揺らぎ各国は安全保障体制の見直しを迫られています。中でも注目されたのがドイツのショルツ首相の演説です。

ロシアのウクライナ侵攻の3日後、ショルツ首相はドイツ連邦議会でこう述べました。
「力で法を破って良いのか、プーチンに時計の針を19世紀に戻させて良いのか。自由と民主主義を守るために安全保障にもっと投資しなくてはならない」。
侵攻直前までロシアとの対話を重視していたショルツ首相の言葉を多くの人が驚きをもって受け止めました。プーチン氏を「戦争屋」、「恥さらし」などとこきおろした上で、最新かつ先端の能力を持つ連邦軍をめざし、いかなる前提もつけずNATOの防衛義務を守ると強調しました。

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演説の中でショルツ首相は、▼今年の国防費に1000億ユーロ、13兆円あまりを追加し、▼毎年GDPの2%以上に国防費を引き上げることを表明しました。今年の国防費はおよそ500億ユーロでその2倍の予算を追加、GDP比は1.5%からの大幅な引き上げです。さらに▼ウクライナへの武器の供与と▼旧式の戦闘機に代わる次世代戦闘機の開発、▼バルト諸国や東ヨーロッパの防衛への貢献などを打ち出しました。
ドイツは2度の大戦の反省から軍事大国への道を閉ざし、アメリカのトランプ前大統領から国防費の増額を再三要求されながらも突っぱねてきました。さらに紛争地域に武器を輸出しない原則に基づいてウクライナには当初ヘルメット5000個の提供にとどめ批判を浴びました。しかし、ロシアによる侵攻を受けて対戦車砲と携帯可能な地対空ミサイル「スティンガー」の供与に踏み切りました。戦後軍備の増強を抑え「控えめな国」と呼ばれてきたドイツの「普通の国」への歴史的な転換で、「ドイツが目覚めた」と評した専門家もいます。

その背景には国民の意識の変化もあります。

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▼世論調査で侵攻前は兵器の供与に賛成と答えた人は20%だったのが侵攻後61%に跳ね上がり、▼国防費の増額を支持すると答えた人も7割近くに上りました。さらに別の調査では、▼徴兵制の復活を支持すると答えた人が半数近くに上りました。
ドイツが徴兵制を廃止したのは2011年。冷戦終結とソビエト連邦の解体により敵がいなくなったヨーロッパは国防予算を削減したり、徴兵制を廃止したりする国が相次いでいました。ところが近年テロが相次いだことやロシアの脅威の高まりを受けて徴兵制の復活を求める声が高まり、ウクライナ、リトアニア、そしてスウェーデンで徴兵制が復活しました。今回のロシアの侵攻を受けて徴兵制復活の声がドイツをはじめ各国でさらに高まる可能性もあります。

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ロシアのウクライナ侵攻は、これまで中立的な立場をとってきた国々の外交・安全保障政策をも変えようとしています。
▼200年あまりにわたって永世中立を貫いてきたスイスは、EUに同調して対ロシア制裁に踏み切りプーチン大統領らの資産を凍結、スイスへの入国も禁止しました。
▼NATOに加盟していないスウェーデンも紛争国に兵器を輸出しない原則を破り、対戦車砲などをウクライナに提供しました。国防費もGDP比2%に引き上げます。
▼ロシアと国境を接するフィンランドでは、NATO加盟を求める国民が世論調査で6割を超え、マリン首相は加盟を検討する考えを示しています。ドイツとフィンランドの首脳会談でショルツ首相もフィンランドのNATO加盟を支持する立場を表明しました。プーチン大統領はNATOの東への拡大に強い懸念を示しており、北欧の国々のNATO加盟問題も今後の焦点の一つとなりそうです。

EU・ロシア関係に詳しいドイツ外交政策研究所シュテファン・マイスター氏は、「プーチンが権力を掌握しているかぎり欧州とロシアの紛争の解決策はない。プーチンは歴史修正主義者でありその犠牲は今後も出るだろう。バルト諸国など周辺国を攻撃するかもしれない」として、プーチン後を考える必要があると述べています。

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ソビエト連邦の解体後、ヨーロッパはロシアとの経済的な関係を強めてきました。
▼プーチン大統領と親しかったドイツのシュレーダー元首相は退任後ロシアの石油大手ロスネフチの取締約に就任した他、ロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設に携わってきました。▼プーチン大統領とのダンスで話題となったオーストリアのクナイスル元外相も去年ロスネフチの取締役に就任。さらに▼フランスのフィヨン元首相をはじめ、オーストリア、フィンランドなどの首相経験者が次々とロシア企業の役員に就任しましたが、今いっせいに批判の矢面に立たされ、多くが辞任を余儀なくされました。

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また、ヨーロッパ各国ではオリガルヒと呼ばれるロシアの新興財閥が所有する不動産や後かヨットなどが次々と没収されています。
ヨーロッパのロシア離れが今後さらに進みそうです。

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ヨーロッパでは対ロシア戦略の見直しとともにエネルギーのロシア依存からの脱却も喫緊の課題です。ドイツはロシアのウクライナ侵攻後調達先の多様化を進め、ロシア産のガスや石炭などの輸入が大幅に減りました。2024年夏までにはロシア依存からほぼ脱するとしています。ドイツ以外の国々がどこまでロシアへの依存度を下げられるか今後の課題です。

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▼ウクライナ避難民への対応も連携が欠かせません。ポーランドやモルドバなどはすでに受け入れが限界に達しており、各国が公平に分担して受け入れることができるか問われることになりそうです。
▼一方で、インド太平洋地域への関与も弱まることはないと在京のある大使は話しています。この地域の安定と自由な航行はヨーロッパにとっても重大な問題であるうえ、ロシアと中国の関係がさらに深まればヨーロッパにとっても大きな脅威となり、中国が対ロシア制裁の抜け穴になることへの警戒も必要だとしています。

ウクライナ危機が新たな冷戦の時代の幕開けとなるのか、国際社会は大きな岐路に差しかかっています。ヨーロッパは侵略にどう立ち向かい、ロシアとどのような関係を築こうとしているのか、日本にとっても今後の指針ともなりうるだけに、その行方を慎重に見極めたうえで安全保障とエネルギーの長期的な戦略を打ち出していくことが重要だと思います。

(二村 伸 解説委員)

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