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旧優生保護法 国に賠償命じる判決相次ぐ

山形 晶  解説委員

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かつて、旧優生保護法のもとで不妊手術を受けさせられ、子どもをもうけることができなくなった人たちが全国で起こした裁判で、大阪と東京の高等裁判所が、相次いで国に賠償を命じる判決を言い渡しました。
24日に国が上告したため裁判は続きますが、手術を受けた人はいずれも高齢で、早期の解決が望まれています。

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この古びた法律が、1948年に制定された旧優生保護法です。
その1条には、法律の目的として「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と記されています。
障害のある人たちなどを「不良」、つまり質が良くないと決めつけ、子どもをもうけることができないようにする。

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今では考えられない発想ですが、19世紀の終わりから20世紀の半ばごろにかけて、世界的に、こうした偏見に基づく「優生思想」が広がっていました。
日本では、戦後の人口増加も背景に、1948年に議員立法で旧優生保護法が制定されました。
対象は、精神障害や知的障害のある人などで、一定の条件のもとで、本人の同意がなくても不妊手術が行われました。
この法律のもとで手術を受けた人は、同意があった場合なども含め、2万5000人にのぼるとみられます。
やがて、こうした手術は差別にあたるという反省のもと、各国で法律が廃止され、日本でも1996年に旧優生保護法が改正されました。
その翌年には、当事者や支援者のグループが結成され、国に謝罪や補償を求めましたが、海外のような補償制度は設けられてきませんでした。
手術を受けた人たちは、2018年の1月以降、全国9つの裁判所で国に対する裁判を起こし、この問題が注目されるようになりました。

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裁判では、「時間の壁」が大きな争いとなりました。
原告が手術を受けた時期からは20年以上が過ぎていますが、民法には、問題の行為から20年が経過したら賠償を求める権利が消滅するという規定があるのです。
裁判所は、この規定は、ほぼ例外が認められない「除斥期間」だと解釈してきました。
最高裁が例外を認めたケースは、ごくわずかです。
今回の旧優生保護法をめぐるケースは、最高裁が認めたケースとは置かれた状況が異なります。
それでも原告側は、最近まで裁判を起こすことができるような状況ではなかったとして、「例外として認めてほしい」と訴えました。
しかし、これまでに出された地裁の判決は、いずれも認めませんでした。

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この時間の壁を突き崩したのが、2月の大阪高裁の判決と、3月の東京高裁の判決です。
いずれも、除斥期間の適用は制限されると認め、国に賠償を命じました。
その理由は、「正義に反する」という、シンプルなものでした。
旧優生保護法が差別的で非人道的であること、憲法で保障された基本的人権をないがしろにし、声すら上げられない状況に追い込んでいた実態を踏まえています。
大阪高裁は、旧優生保護法によって差別や偏見が正当化・固定化され、当事者が裁判を起こす前提となる情報や相談の機会を得ることが著しく困難だったと指摘しました。
東京高裁も、国が当事者の受けた被害に関する情報を自分で入手できる制度の整備を怠ってきたと指摘しました。
旧優生保護法が憲法に違反することは、地裁の判決も多くが認めていましたが、高裁の判決からは、憲法の理念を、より重視する姿勢がにじみ出ています。
東京の裁判の原告、北三郎さん(仮名)は、判決の後、国に対して、「1日も早く解決に動いてほしい」と訴え、上告しないよう求めました。
これに対して、国は、「除斥期間の解釈や適用に関して重大な問題を含んでいる。最高裁の判断を仰ぐ」などとして上告しました。
当事者の多くは、すでに高齢になっています。
大阪と東京の2つの高裁が異口同音に「正義に反する」と指摘したことを踏まえれば、私は、上告してさらに時間をかけるのが妥当だったのか、という疑問を感じずにはいられません。
最高裁の判断に注目したいと思います。

裁判を起こすかどうかに関わらず、幅広い救済を実現する上での課題もあります。
まず、今の制度の課題です。

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裁判が起こされた後、国会は、不妊手術を受けさせられたすべての人たちを対象とした救済法を成立させました。
家族や本人の請求をもとに、当時の記録や手術痕、家族の証言などを手がかりとして、手術を受けたと認定できれば、一律320万円の一時金を支給する仕組みです。
ここで指摘しておきたいのは、大阪と東京の高裁が1人1300万円、あるいは1500万円の賠償金を認めたことです。
差別的な扱いを受け、子をもうけるかどうかを自分で決める権利すら奪われるという重大な被害を、国や国会が引き起こしたことを踏まえた判断です。
これに対して今の救済法は、あくまで「一時金」であり、責任に基づく「賠償金」ではないという前提に立っています。
認識の違いが、救済の内容にはっきりと表れた形です。
今の制度は被害の実態に見合っていないとして見直しを求める声も上がっています。
松野官房長官も「一時金の水準などを含め、国会と相談したい」と述べ、増額も含めて対応を検討する考えを示しています。

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もう1つの課題は、埋もれたままになっている被害をどう救済につなげるかです。
国や自治体はポスターなどを作って一時金の請求を呼び掛けています。
不妊手術を受けた人は2万5000人にのぼるとみられますが、請求はこれまでに1100件あまり。
認定されたのは2月末時点で974件で、全体の一部にとどまっています。
背景には、被害を訴えるのが難しいという問題があります。
不妊手術を受けたことを知られたくないと考える人も少なくありません。
そして本人や家族が声を上げたとしても、別の問題もあります。
当時、医師から手術の報告を受けていた都道府県などには一部の記録が残っていますが、名前などで個人を特定できるものは、5400件にとどまっています。
10代で手術を受けていたようなケースでは、親や親せきが事情を知っているはずですが、すでに亡くなっている場合もあります。
裁判とは別の形で「時間の壁」が立ちはだかっているのが現実です。
こうした中で、都道府県の中には、手元に残る記録をもとに本人や家族に接触し、請求を呼びかける「個別通知」という積極的な対応をしているところもあります。
私はこうした対応をとっている4つの県に現状を尋ねました。
やはり、連絡が取れなかったり亡くなっていたりしたという「時間の壁」もあり、必ずしも多くの認定にはつながっていませんでした。
ただ、鳥取県の場合、6人の存在が確認できたため、職員がプライバシーに配慮しながら本人や家族を訪問して説明した結果、6人全員が一時金の支給認定を受けることができたということです。
国は、一方的に通知するとプライバシーを侵害するおそれがあるとして、個別の通知には慎重な姿勢です。
しかし、今回は、国会や行政が被害を生み出し、拡大させてきたという重大な事案です。
加害者が被害者からの請求を待っているだけでいいのか?
私は、もう一歩踏み込んだ対応を考えるべきだと思います。

手術を受けた人たちの多くは高齢ですが、まだ時間はあります。
東京高裁の判決は、賠償を求める権利は、2024年4月まで維持されるという判断を示しました。
これは、救済法の請求期限が5年間とされていることに合わせた判断です。
国や自治体には、埋もれている被害を1件でも多く見つけ出すとともに、この問題を早期に解決する努力を続けてもらいたいと思います。

(山形 晶 解説委員)

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