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2022年春闘 賃上げはどうなる 詳しく解説

今井 純子  解説委員 牛田 正史  解説委員

春闘は大企業の回答が相次ぎ、今のところ、去年を上回る賃金引き上げの回答が目立ちます。ただ、ロシアのウクライナ侵攻の影響で、経済の先行きには、逆風が強まっています。今度こそ、賃金引き上げの動きを、広く、そして長く波及させて、働く人全体の生活の底上げをはかるには、どうしたらいいのでしょうか。

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【大手で去年を上回るベア相次ぐ】
まず、大企業。電機や自動車など主な製造業では、年功序列で上がる仕組みの「定期昇給」に加え、基本給の底上げにつながる、賃金の改善分=いわゆるベアに相当する分について、去年を上回る回答が相次いでいます。非製造業の中でも、大きく上げるところがでています。去年、賃上げ率は、コロナの影響で8年ぶりに2%を下回りましたが、今年は、大企業では、2%を超えるのではないかという見方がでています。

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【背景】
背景にあるのは、大きく2点。
▼ まずは、業績が好調だという点です。大企業は、今年度、欧米などの景気回復を受け、全体では、過去最高益の見通しです。企業が抱える現金・預金も319兆円と、一年前よりおよそ4%増えています。
▼ そして、2点目は「安い日本」という批判への対応です。好調な企業に対し、日本の一人当たりの平均賃金の水準は、OECD加盟国で統計のある35か国中、22位まで落ち込んでいます。一方、世界的なデジタル化やグリーン化の流れの中、人材の獲得競争が激しくなっています。企業の先行きには、コロナに加え、ロシアのウクライナ侵攻で、急激に逆風が吹き始めていますが、その中で、踏みとどまり、思い切って賃金を引き上げることで「安い日本」「安い賃金」のイメージを払しょくしたい。そして優秀な人材を確保したい。経営側にはそのような判断があったとみられます。

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【評価】
一方、労働組合側は、これまでの結果についてどう受け止めているのでしょうか。
連合は「多くの組合で賃上げを獲得できた」として、成果があがっているという認識を示しています。ただ、これまでの回答は、大企業の正社員の話が中心です。
今、必要なのは社会全体の賃金の底上げですので、それには働く人のおよそ7割を占める中小企業、そして、4割近くにのぼる非正規労働者への波及が不可欠です。
この結果を見ていかない限り、春闘全体の評価はできません。

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【非正規労働者への波及は】
このうち、非正規労働者の賃上げで、特に注目したいのが「企業内最低賃金」です。
最低賃金とは企業が支払わなければならない最低限の賃金で、もともとは都道府県ごとに決まっています。全国平均では時給で930円です。
この最低賃金を、企業の中でより高く設定する、これが企業内最低賃金です。
労使の話し合いで協定を締結することが出来ます。
連合は、最低賃金を底上げすることで格差是正につながるとして、今回の春闘では1150円以上の締結を目指すとしてきました。
今回の集中回答日では、自動車、電機、機械などの大企業で、時給にして数十円、月額では1000円から5000円程度の引き上げが相次ぎ、成果が出ています。
ただ、この最低賃金の協定を締結しているのは、連合加盟の組合では去年の時点で51%。
平均金額は主要企業でも短時間・契約等労働者で958円に留まっています。
特に、今後交渉が本格化する中小企業では、締結割合が低い傾向にあります。
中小の交渉で、この締結の動きがどこまで広がるかが大きな焦点となります。

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【中小企業への波及は】
▼ もともと、今年、中小企業は、深刻な人手不足を背景に、賃金引上げに前向きでした。1月後半の調査では、50%以上の中小企業が、賃金を引き上げると答えていました。去年より、12ポイントあまり高い水準です。
▼ ところが、その後、ロシアのウクライナ侵攻で、エネルギーや原材料価格が高騰。円安も進み、状況は一変しています。2月後半の調査では、60%を超える中小企業が、企業活動にマイナスの影響があると答えています。コスト上昇への不安から、賃金引き上げを断念する中小企業が増えるのではないかと、懸念されています。
▼ ここで、大きなカギを握るのは、中小企業から部品や商品などを仕入れている大企業です。中小企業が、コストの上昇分を販売価格に転嫁することで、非正規労働者を含め、多くの社員の賃金を上げることができるよう。大企業は、広い視野で、取引価格の適正化に取り組んでほしいと思います。

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【フリーランスの人たちへの波及は】
そして働く人の収入の底上げで言えば、最近、増え続けている「フリーランス」の人たちの処遇改善も重要なポイントです。
最近は宅配の業務などで増えていて、今や460万人に上るという推計もあります。
新型コロナで仕事を失い、フリーランスになったものの、収入が低い、あるいは不安定という人も少なくありません。
企業の社員ではないため、春闘とはほぼ無縁な人が多かったのですが、最近は個人加盟できるユニオンなどが、企業と交渉を行うケースも出てきています。
例えば、連合傘下の全国ユニオンは、契約の突然の打ち切りや不利益変更の是正、それに委託料の引き上げなどを求める交渉を、この春闘でも行っています。
こうした動きは、まだごく一部ですが、労働組合の支援の広がりに期待したいと思います。

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【賃上げを続けるには】
ここまでお伝えしてきたように、賃金引き上げの動きを広げていくことは、本当に大事です。ただ、今回の賃上げも、物価の上昇を考えると水準は低く、家計の負担が増す分を補うには不十分だという見方もでています。
働く多くの人が、賃金引き上げの恩恵を実感できるようにするには、企業は今後も継続して賃金を上げていくことが必要です。そして、それは可能だと思います。
経常利益など、企業が生み出した付加価値のうち、人件費にどれだけ投資しているかを示す「労働分配率」は、10年以上減少傾向が続いていて、最近は60%を下回っています。特に大企業ほど、割合が低くなっています。
日本総研の山田久副理事長は、この割合について「特定の産業を除いて、歴史的な低水準だ」と話していて、企業の賃上げの体力はまだ十分あると指摘しています。
また内部留保も増加傾向が続いていますし、企業は人への投資をさらに増やすべきです。
一方の労働組合側も、変動の大きい一時金ではなく、基本給の引き上げにこだわって交渉を進めてもらいたいと思います。

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【人材力の底上げと賃金底上げの連鎖を!】
さらに、賃上げを続けていくには、時代の変化にあわせて社員の技術や能力を引き上げ、一人一人が稼げる力を上げていくことも大事になっていると思います。というのも、デジタル化、グリーン化で、企業は、事業の中身を大きく変え、社員に求められる技術や能力も変わってきているからです。今回の春闘でも、大企業では、新たにどういった技術や能力が求められるのか。そのために、社内の研修所で、あるいは副業などを通じて、新たな学びの仕組みをどう整えるのか。労使で議論して、導入する動きが少しずつ広がっています。賃金を上げてモチベーションを上げ、人材力を底上げする。それで企業が成長し、また賃金を上げるという連鎖を促す仕組みをつくり、社会全体に広げていくことが欠かせないのではないかと思います。

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今度こそ、賃金引き上げの動きを広く、長期的に波及させ、生活の改善を実感することができるよう。これからも労使で取り組みを続けることが求められていると思います。

(今井 純子 解説委員 / 牛田 正史 解説委員)

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