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日産ゴーン元会長の「報酬隠し」で判決 司法取引に影響も

山形 晶  解説委員

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日産のカルロス・ゴーン元会長の逃亡から2年あまり。
「主役不在」のまま進められた裁判で、東京地裁は、ゴーン元会長が報酬を少なく記載する不正を主導したと認定した上で、日産の元代表取締役も一部に関わっていたとして有罪判決を言い渡しました。
ただ、検察が司法取引で得た証言の多くは信用できないとして、大部分を無罪としました。
司法取引は、4年前、捜査の強力な「武器」として日本でも導入されましたが、今後の運用にどう影響するのかを考えます。

【司法取引とは?】

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組織の不正に関わった容疑者や被告が、「上司に指示された」と打ち明けるなど捜査に協力する見返りに、罪に問われないようにしてもらうという、捜査機関との「取引」です。
日産のカルロス・ゴーン元会長をめぐる事件で、捜査の切り札として使われたことから注目されました。

【衝撃のゴーン元会長逮捕・逃亡】
およそ20年にわたって日産を率いてきたゴーン元会長が東京地検特捜部に逮捕されたのは4年前。
日産は内部調査の結果、ゴーン元会長による不正があったと判断し、社員が検察と司法取引を行って情報を提供していたのです。
しかし、ゴーン元会長は、日産の一部の幹部が仕組んだ陰謀だと主張。
保釈されている間に、アメリカ軍特殊部隊の元隊員らの手助けを受けてプライベートジェットで日本を出国し、中東のレバノンに逃亡するという前代未聞の事態になりました。

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ゴーン元会長が問われている罪は、日産の資金を不正に支出させたという特別背任の罪と、2010年度から2017年度にかけて、有価証券報告書に報酬を少なく記載したという金融商品取引法違反の罪です。
しかし、逃亡先のレバノンには、ゴーン元会長のように国籍を持つ自国民の引き渡しを禁じる法律があります。
日本との間に容疑者の身柄の引き渡しに関する条約はなく、引き渡しを受けるのは困難な状況です。

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一方で、ゴーン元会長の報酬をめぐる事件については、側近とされた元代表取締役、グレッグ・ケリー被告も関わっていたとして起訴されました。
また、日産も、所属する組織を罪に問う規定によって、法人として起訴されました。
裁判は、いわば「主役不在」のまま開かれ、ケリー元代表取締役は無罪を主張しましたが、検察と司法取引をした日産は違法だったと認め、主張が真っ向から対立しました。

【「主役不在」の裁判 争点は?】
当時は、企業の役員の報酬を個別に開示する制度が始まる時期でしたが、問題は、日産が、報告書に記載すべきゴーン元会長の報酬を、「高額だ」という批判を避けるために少なく見せかけていたかどうかです。

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つまり、毎年20億円前後の報酬のうち10億円前後を「未払い」にして隠していたかどうかです。
ケリー元代表取締役の関与も争われました。
法廷では、日産の元秘書室長などが、未払い報酬の存在やケリー元代表取締役の関与を証言しました。
ただ、元秘書室長は一連の行為に関わっていて、検察と司法取引を行い、自分が罪に問われるのは免れています。
弁護側は、司法取引で得られた証言は厳しく吟味する必要があると主張しました。

【裁判所の判断は】

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東京地裁は、判決で、各年度の報酬に関する社内の文書に、「総額」と「支払い済みの額」、「未払いの額」が1円単位まで記されていたとして、本来なら記載すべき未払い報酬が存在したと認めました。
主導したのはゴーン元会長自身で、元秘書室長が書類の作成に関わっていたことも認定しましたが、ケリー元代表取締役が必ずしも情報を共有していたわけではないと指摘しました。
その上で、罪に問われた8年分の記載のうち7年分については関わっていないとして、無罪としました。
元秘書室長は関与を証言していましたが、それを示す文書やメールなど客観的な裏づけがないことから、信用できないと判断したのです。
一方で、残りの1年分については、報酬に関する文書の名称に「ケリー」という名前が入っているなど客観的な裏づけがあることから、元秘書室長の証言は信用できると判断しました。
そしてこの年の分については不正を認識していたと認め、懲役6か月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。
日産については、2億円の罰金を言い渡しました。
ケリー元代表取締役は「私はすべてについて無罪です」とコメントし、控訴しました。
一方、検察は「主張が一部認められなかったことは遺憾だ」とコメントしています。
ゴーン元会長の不正の一端を明らかにした点は、検察にとって、司法取引を導入した成果だと言えるかもしれません。
ただ、司法取引に対する裁判所の慎重な姿勢も鮮明になりました。

【司法取引に影響は?】

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司法取引は、海外では広く使われ、内部関係者の協力が欠かせない組織犯罪の摘発に効果を発揮しています。
一方で、容疑者や被告が、自分の罪を免れたい一心でウソをつき、他人を巻き込むリスクも指摘されています。
このため、4年前、日本で導入する際にも、えん罪を防ぐための仕組みが考えられました。

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まず、日本の司法取引の対象は、組織犯罪や、今回のような経済事件など、効果が期待される事件に限られました。
手続きは、容疑者や被告が検察と協議するところから始まりますが、必ず弁護士が立ち会います。
容疑者側は不正の内容を説明し、検察側は情報提供の見返りを提示し、お互いに納得できれば合意書を交わします。
この合意に基づいて、容疑者や被告は自分が所属する組織の不正の内容を証言し、それを裏づける内部資料も提供します。
しかし、ウソをついていた場合は虚偽供述の罪に問われます。
一方、検察は、起訴を見送ったり取り消したり、裁判所に求める刑の重さ、「求刑」を軽くするといった見返りを与えます。
このように、ウソを防ぐ仕組みも設けられましたが、実効性は未知数です。

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検察もえん罪のリスクがあることはわかっていて、慎重に運用する姿勢を示しています。
これまでに司法取引を行っていたことが明らかになったケースは、今回の日産のケースも含めて3件にとどまっています。
そのうちの1件で、裁判所は、司法取引で得られた供述を、極力、争点の判断材料としては用いないという考え方を示しています。
今回の日産のケースでも、「特別の考慮が必要となる」と指摘しています。
検察は慎重に運用していますが、裁判所がより慎重な姿勢を示しているようにも見えます。
検察が想定していた以上に客観的な証拠をそろえることが求められる可能性があります。

今回の日産のケースは、もともと注目されていた上に、司法取引の是非が正面から争われただけに、今後の運用に与える影響は少なくありません。
2審の東京高裁でさらに争われる見通しですが、どのような判断が示されるのか、今後の展開に注目したいと思います。

(山形 晶 解説委員)

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